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資料室の君

 お目当ての部屋につく頃にはすでに23時をまわっていた。廊下はすでに真っ暗で、うっすらと魔法で灯された灯篭の灯りがぽつぽつと置いてある程度だ。とはいえ、この時間でも司令部や研究室には人がいるようで、それぞれの部屋からは作業や会話の音が漏れている。

 普段まったくそこに来ることがないあたしはちょっと緊張しながらドアを開ける。

 中にはたくさんの書籍とファイルが並んでいた。そうここは第四研究室のとなりにある、第二資料室である。

 資料室といっても、司令部の隣にある事件の調査資料や諜報部隊によって獲得した情報といった職務上で生まれた機密性の高い資料を保存している第一資料室とは違い、機密性は低いが参照性は高い資料が保管されている。例えば地図や各地方の歴史といったものから、これまでに起こった事件の簡単な概要と一部目隠しをされた報告書類、各新聞記事のスクラップ・ラジオの書き起こしなどをファイリングしたものなどが大まかに保存されている。

 一般の人でも手に入れられるような情報のため、いつでも誰でも利用できるようになっており、主任は保安検査をしているときは度々見つけた呪いを調べにこの部屋に行っていた。あたしは封印するだけが仕事だったし、おおよそ魔法の内容は体系だてて頭に入ってしまっていたので中々こなかったが、まだ入隊してばかりの新人の頃に数度仕事を覚えるために連れてきてもらった記憶がある。

 あたしは記憶を辿り、入り口から遠い奥の方にある事件資料が分類されている棚に行く。ファイルは起こった年月日順に並べられていて、青いファイルと赤いファイルが棚に並べられていた。青いファイルには日付が、赤いファイルには日付と事件名が書かれている。確か、青いファイルがさほど情報量もない事件を幾つかまとめてファイリングされているのに対し、赤いファイルは情報量が多い…つまるところ大型の一つの事件についてファイリングされているはずだ。

 あたしは一番最近の資料が保存されている棚の前にたつと、赤いファイルの背表紙に目を走らせる。


(殺人ピエロ、新興宗教、ジョーカーゲーム、死のテーマパーク、変態医師、狼男事件…)


 ウィルたちが来てから最初の事件の名前まで遡っても目当ての事件らしきものはない。たぶん、存在していないということはわかっているが、何処かであってほしいと祈りながら、あたしは一番新しい青いファイルを手に取った。






 ファイルを見始めて5時間ちょっとたって、ようやくあたしの入隊した時期のファイルを手にする。ファイルにすると4~50冊位になるだろうか。ざっと概要に目を通しているだけなのに豪く時間がかかった気がする。窓の外ではうっすらとだが空が明るくなってきていた。


「やっぱり…ないか…」


 これで最後と思っていたファイルを閉じる。固い床に座って休みなく資料に目を通していて、目や肩や腰が痛いが、それよりなにより心が痛かった。この痛みはショックなのだろうか、それとも主任とかを巻き込んだ罪悪感なのかは自分でもわからなかった。


 あたしが乗り越えたと思っていた吸血鬼事件はたぶんまだ終わっていなかったのだ…





 思えば、気になるところはたくさんあった。

 最初に引っかかったのは、主任のミイラとともに来た手紙を読んだとき。


***


 何度も何度も其方にお手紙を差し上げましたが、

 会いに来てくださったのは待ち人ではありませんでしたのでお返しします。

 お返ししやすいように、中身は丹念に頂戴いたしました。

 我々は、得るべき死の神の加護を得た7匹目の子羊を探しています。


***


 『死の神の加護を得た7匹目の子羊』

 手紙では明確にここに待ち人がいると示している。あたしは死神と名乗る彼によって転生しているし、小説の中では吸血鬼事件が発覚した時にアリサが『被害者はすでに七人。パン屋の娘など、どれも一般の若い女性です』と書かれていた記憶があった。その被害者の詳細や死んだ順番まではかかれていなかったが、事件が解決に向かうために7人の死が必要であったとすれば、手紙にある7人目は間違いなくあたしであろう。

 そして、エレノアの妹が狙われて、彼女がこの世界では珍しくまったく魔力がない女の子だと言う事。この世界では珍しいが、あたしと同じように死神によって転生した子があたしと同じように前世と同じスペックでこの世界に生まれてきているのだとしたら、犯人が死神によって転生した子を探すのにまったく魔力がない子というのを一つの手がかりとしている可能性がある。

 他にも、なかなか大きな事件が起きないことや、ウィルがびっくりするほど早く帰ってきたことなどなんとなく小説とは違う気になることは多々あった。それらの小説とは異なる点はすべて、あたしが死んだ日以降からはじまっている。

 それらになんとなく違和感を感じていたけれど、この事件自体が“ミイラ事件”と違う名前をつけられていたし、あの死体の状態で吸血鬼を連想はし辛かったから、同じものだと思わないようにしていた。

 でもそもそも前回の転生では死ぬ直前の記憶しかないから、自分が死んだ後の状態なんてわかりはしないのだ。“吸血鬼事件”では、あたしが最後あの状態だったかもしれない。


(死亡フラグ、折れたわけではないんだなぁ…)


 今までの15年間…、いや30年間はなんだったんだろうと思って、なんだかちょっと自嘲気味に笑ってしまった。

 このまま本部にちっちゃくなって隠れていれば大丈夫なのかな、とか、でもそんな人生は生きてても死んでるようなもんかな、とかそういった考えがぐるぐると頭の中を回る。




 普通でいいから…いや、普通よりもちょっと下でもいいから、長生きがしたかった。


 記憶にある限りのはじめの人生、15歳で死んだときは生きることの執着なんてなかった。

 なんとなく中学校に通って、高校になったらちょっとデビューとかして彼氏作ってなんて妄想しながら、でも何の努力もしてなくて。

 春休みに入っても相変わらずゲームと小説と二次創作に友達ときゃっきゃ言って過ごしてた。

 その時一番大好きだったのがこの小説で、ウィル達の活躍に心躍らせていた。まったく間違いなく夢で見ることができるぐらい、何度も繰り返し読んだっけ。


 前回の人生では、まずこの世界に転生できたことが嬉しくて。

 でもインターネットとかにあるようなチートな能力はあたしには備わってないことに気がついて、それからただの町のパン屋の娘ということに気がつき、主人公たちとも関わりようがないモブだと自覚してちょっと死神を恨んだ。転生ってあたしの都合いいようにしてくれるんじゃなかったのかよー!と叫んだのは13歳を過ぎたある日のことである。今思えば二回目の中二病かもしれない。

 それでもこの世界に生きていることが嬉しくて、たまに町でも主人公たちの活躍を耳にすることができて幸せだった。

 まだまだ自分には未来があると疑わなくて、どこかで主人公をちらりと見かけたり、小説の登場人物ではない人と大恋愛をしたり、パン屋の経営に携わってゲームみたいにすごい儲けたり…なんて身の程にあったと思われる夢を見ていた。


 1回目の転生で吸血鬼に襲われて死んで、とにかく長生きしたいと思った。

 なんども子供をやって、子供らしいフリをしてやっと何かがはじまるかもって時にいきなり幕を下ろされるのはもう嫌だった。

 この世界ならではとか、チートな能力が欲しいとかそんなのどうでもいい、とにかく長く生きるということをしたい。おばあちゃんになりたい。

 子供らしいフリなんてどうでも良くて、とにかく勉強した。一回目の人生での高校受験の比にならないくらい、何を捨てても取り組んだ。

 幼い頃に学園に入らせてもらったから家族だって捨てたようなもんだし、勉強ばっかりしてたから友人だっていない。そこまで深く関わる人がいなかったから恋もしたことないし、自分を顧みたこともない。そんな人生、勿論面白くないけど、でも前回で死んだ日を乗り切ればきっとそこから人生がはじまるんだと思ってた。

 最近ではウィルに甘えられたり、カイリーたちと仲良くなったり、同じモブであろうガルデンさんとか、先輩たちと仲良くなって、すごい幸せだった。


(そんなに贅沢は言ってないハズなんだけどなぁ…)


 窓の外の少し白んで来た空に目をやる。そんなに明るいわけではないけど、夜通し資料を見ていた目にはその明るささえも痛くて、あたしの頬を涙が伝った。





 10分くらい、ぼーっと窓を見てから、あたしは涙を拭く。

 長生きしたい、生きていたいと思って、誰だがわからない神様と、記憶にしっかりと残っている死神の顔に対して散々頭の中で恨み言を並べた。

 

(ま、しょうがないよね)


 よし、と隊服の裾を軽くはたくとあたしは立ち上がる。

 時刻は朝6時になっていた。今から部屋に戻ってシャワーを浴びて、支度をすれば出勤時間まで一時間くらい余裕がある。

 あたしは取り合えず小走りで部屋に戻り、急いで準備をすると、あるお願いをするために、総務部へ向かった。



 どうやっても死んでしまうような人生なのであれば、いくら人を恨んでもいくら隠れても仕方ない。

 だったら、せめて少しでも迷惑をかけないように死にたいと思うのは、けして間違ってないはずだ。

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