女子会ロング
ウィルが帰って来てから、三ヶ月がたった。主任の事件はミイラ事件と名付けられしばらく重点的に人が投入されたが、まだ解決糸口すら掴めめていないらしくいようで、若干人員を減らしながら調査は続けられている。
「しかしさぁ」
カイリーはワインに口つけながら言う。髪の毛も肩を過ぎるところまで伸び、最新刊挿絵で見たあのかっこいい超絶美人のカイリーまであと数ヶ月と言う感じである。早く見たい。
「暇、でしょ?」
アリサはその言葉に相応しく、肩肘をついて高そうなチョコレートを齧っている。最近、若者の飲み会にちょいちょい顔を出すようにして知ったことだが、彼女の部屋にあるこうしたお菓子は基本的に献上品らしい。そして隊の中に彼女のハーレムがあることも、就職して何年もあるが初めて知った。
「いまそんなに暇なの?」
かくゆうあたしは手製のパンを齧っている。時刻は23時になるが、夜食じゃなくて夕飯だ。今日はちょっと対保安検査郵便が多くて時間がかかった。
今日はここ最近では久しく開かれていなかった女子会だ。主任がいなくなったりウィルが出て行ってバタバタしていたことや、あたしが若者飲みに参加するようになったこともあって、最近ではめっきり開かれていなかった。
ちなみにエレノアも誘ったが、「あたしがそのような会参加すると思って?」と一蹴された。それでもなんとなく憎めないところが、彼女のいいところである。
「んー、別に事件が起こってないわけじゃないのよ、頻度が減ったとかってわけでもないし」
「でも、なんか大型事件がないんだよね。あたしらが就職してからたまたま続いただけかもしんないけど」
「いや、まぁカイリー達が就職してからは特に厄介なのが多かったけど」
アリサがそう言うのにあたしも頷く。まあでも、主人公が事件に巻き込まれやすいのは世というか小説の理で、確かに彼女たちが就職してからは二ヶ月とおかず大きな事件の兆候があった。
「それにしても、ウィルが帰ってきてからは平和よね。一番の課題事件がミイラ事件のままだもの」
一瞬若干気遣わしげな目線を向けたものの、言い淀むことなくアリサが言う。こういう、明け透けと裏表なく言いたいことを言う彼女がとても有難いなと思う。あまり関わりのない部署の人だと未だに腫れ物を触るように、あたしの前でその話題をしないようにしてくれる人も多くて、逆に居心地が悪かったりするものだ。
「そうそう、狼男事件でしょ、変態医師に死のテーマパーク、ジョーカーゲームに新興宗教と…あと、殺人ピエロか」
「そのどれもがカイリー達の班が解決してるってのが、これまた凄いわよねぇ。一年ちょっとで期待の新人通り越してエースだもの」
なんてったってメインキャラの班だから当たり前ではあるが、それでも日常間近で見ていると小説には書かれていなかった並々ならぬ努力をみんなしていて、頭が下がる思いだ。
「いやぁ、でも、いけないなぁとは思うんだけど、こんだけ大きな事件が起こんないとちょっと溜まっちゃうよね」
「大丈夫。言っちゃいないけど、みんな思ってるから。ま、でも司令部とかで言っちゃダメよ。平和なのはいいことだって言うのもそうだけど、悪魔嫌いの部長は大物を捕まえたいのに尻尾すら掴めなくて鬱憤溜まってるんだから」
「大丈夫。超イライラしてるのわかってるから、関わらないようにしてる」
カイリーはピースをすると、どや、と言った様子で大きく歯を見せた。美人なのにこういった動作をするのって本当にズルい。そのギャップにキュンキュンしてしまう。
「ところで、最近ガルデンさんとどーなの?」
カイリーが笑顔のままアリサに聞くと、彼女は頬杖をついたまま当たり前のように「全然ダメ」と答える。
「え!?なんでガルデンさんの話題!?」
「え!?むしろカナ知らないの!?」
個人的には急にガルデンさんの名前が出て来て驚いたのに、逆にカイリーに驚かれてしまった。
「当たり前でしょ。この子超がつくほど鈍いんだから」
「あー…確かに」
二人にちょっと可哀想な目で見られた。あれ?最初はあたしとアリサでカイリーを小学生とか純粋とか言ってたはずなのに、逆転してる気がする。おかしい…。
「ガルデンさん、どう見てもアリサのこと好きじゃん」
「あ、うんそれは…なんとなく…」
主任の事件でお世話になり、顔と名前を覚えたので、配達で司令部に行った時に目につくが、アリサに話しかける時だけ明らかに緊張して背筋が伸びているのがわかる。
「でも、全然ダメって…」
「ちょっと育ててみようかなーと思ったのよ。まぁ期待にはちゃんと答えてくるんだけど、じゃあちょこっとご褒美でもあげるかってすると固まっちゃて全然乗って来ないのよねぇ」
彼女がモテるのも、お付き合いをした人が少なくない事も知ってるが、まさか育てるという言葉まで出てくるとは世界が違いすぎて驚く。
「ガルデンさんが好きなの?」
「まぁあの四角い顔も大男な体型もあの男臭さも好みなんだけどさ、もうちょっと性格的にも男らしくあって欲しいっていうか」
確かにガルデンさんは大男で、髭も濃いし…アリサと並ぶと正直美女と野獣だ。
「意外だよねぇ。ハーレムはみんなイケメン系なのにさ」
「最近は綺麗系男子の方が遊んでて肉食系なのよねぇ。ま、向こうもわかってやってるから害はないしほっといてるけど、あーいうのは好みじゃないのよね」
そう言った彼女はそのハーレムから貰ったお菓子を遠慮なく食べている。
「ほら、あたし一人娘でしょう?しかもそこそこの貴族って言っても家は社交もだけど、商売で生計立ててるし。まだこの仕事は続けるけど、そろそろ適齢期だし、体裁的にとりあえず結婚はしておいた方がいいし。そーいう意味だと家柄とか外見とか穏やかなとことか誂えたようなのよね」
「ガルデンさんは結婚するのにちょうどいいってこと?」
「あんた、やな言い方するわねぇ。大丈夫よ、悔しいけどちゃんと心は振れてるから」
「そっか、よかったね」
彼女なりになんかのプライドがあるのか、ずっと出てこなかった言葉が出て安心する。それでも、ストレートに好きと言わないところが彼女らしい。
あたしが心から言うと、彼女は恥ずかしそうに笑った。年齢に応じた子供っぽさもあるのにどこか大人びて品がある笑顔だった。
「ねねね、カナはどんな人が好み!?」
相変わらず人の恋愛話となるとカイリーはキラキラした目で見てくる。
「んー…あたし昔から好みとかわかんなくてさ」
「えー…」
つまんない、と口を尖らせて言われてもわからないものはわからない。
「あんた昔から人当たりは悪くないのにどこかあたしは関係ありません、みたいなところあるもんねぇ」
「へぇ、そうなの?」
やっぱり、この世界唯一の…今はカイリーとかもいるけど…親友だけあってアリサは鋭い。
「そーよ。まぁガリ勉だってのもあるけどさ、なんか客観的に見過ぎてるというか、自分の周りで起こってることは一切自分を巻き込まないと思ってるみたいな。その場にいるのに舞台見てる人みたいなのよね」
「へー…なんか図書館の君って、近づきづらいイメージはあったけど。一心不乱に勉強してて、生活に興味ありません、みたいな」
「う…」
アリサとカイリーにズバリ痛いところを疲れて言葉も出ない。自分でもどんな人間だとは思うけど、そのどちらも大正解で、小説の中だからと思ってたし、とりあえず死亡フラグを折れたらいいと思ってたのだ。
「ま、でも最近はそんなことないし、いいんじゃない?」
「そうそう。ウィルがいなくなって戻ってきてからだよねっ」
カイリーは嬉しそうに言うが、正確にはエレノアが実はそもそも良い子だったとか、主任事件とかがあったからでもある。勿論、ウィルが悩んでいたのを見てだったりもするが。
「色々あって、ちょっと反省して」
肩を竦めて言うと、アリサに「良い事だわ」と褒められた。そんなやな奴にずっと仲良くしてくれた彼女には本当に感謝しかない。
「最近はウィルに絡まれまくって動揺もしてるしね」
「なんで知ってんの!?」
「馬鹿ねぇ、仕事も生活もこんだけの人数がいるのに噂にならないハズがないじゃない」
そうなのだ。最近ではやたらウィルが甘えてくる。ただし、飲んだ時限定で。
大抵の場合、あのウィルが帰って来た時の飲み会同様、第四研究室の集まりや仕事が遅くなった帰り道に鉢合わせて、数言話すだけなのだけれど、その時「また大丈夫ってしてください」とか言われて手を握ったり、こんな時間まで仕事お疲れ様って頭を撫でられたりする。その度にドキドキしてしまい、彼と別れてから落ち込むのだ。
「あー…でもウィルにはウィルで彼女?いるっぽいし。なんか出て行く時に励ましたりしたから、懐いてくれてるだけだと思うよ。しかも甘えてくるのも酔っぱらった時限定だし」
「あれ?ウィル彼女いるの?」
「うん、何人かの女性と定期的に手紙のやりとりしてるし。あ、帰ってきた日にちょうど届いた手紙もあったから、あれが本命の人なのかなぁ」
二人とも目を大きくして驚いている。どうやら、初耳のようだ。
「そりゃあたち悪いわ。あんた、あたしらが飲み会の時はあたしの部屋泊りにきなさい」
アリサがなぜか凄い剣幕であたしに言ってくる。有無を言わさないその態度にあたしは声もなく頷いた。
「でも、たぶん本当にお姉ちゃんみたいに懐いてくれてるんだと思うよ。今まで、そんな子いなかったし」
こちらはドキドキしている分、相手にされないってことはちょっと悲しい気持ちはない訳ではない。でもそうやって一介のモブであるあたしを慕ってくれて、仲良くしてくれるのは前回の転成じゃ想像も出来なかった話で。正直にすごく嬉しい。
「さっき反省してるって言ったけどさ、本当に今まで勉強と就職の事しか考えないで生きてたのがもったいないなって言うくらい、アリサはずっとだけど…カイリーもウィルもみんな仲良くしてくれて、今すごい幸せ」
ちょっと恥ずかしいけど正直にそう言うと、二人は目を瞬かせたあと、あたしに寄って抱きしめてくれた。
その日を境にアリサのウィルへの指令が一人だけきつくなったとかならないとか言う噂を耳にしたのはしばらく後の話。
女子会話は書いてて楽しくてサクサク書けます(※当人比)