仕事とあたし
その後ウィルは研究室の人達に囲まれ、連れていかれてしまった。司令部も何も言わないと言うことは、部長の指示なのだろうか。
始業より少し時間は早いもののみなそれぞれの職場に戻って行く。
カイリーに釣れられて執務棟の方にきたものの、メール室に行くのはやはり憂鬱だ。
「カナさん」
後ろから声をかけてきたのは昨日あたしをほぼ運んでくれた大きな男の人、ガルデンさんだった。
「あ、昨日はありがとうございました!」
碌にお礼もしないまま別れてしまったことを思い出し、慌てて頭をさげる。
「いえ、とんでもないです。探しに行こうかとも思ったのですが、こちらで会えて良かった」
「そーよ、あんた勝手にいなくなるから心配するじゃない」
横からアリサも喋り出す。どうやら書き置きをおいてこっそり部屋を出たのに対してご立腹のようだ。軽く頬を抓られた。地味に痛い。
「ごめんごめん、お風呂入りたくて」
「ま、いいわ。で、ガルデンどーしたの」
ガルデンさんはどう見てもアリサより年上なのだが、このぞんざいな言い方を聞く限り、もしかして後輩なんだろうか。
「はい。昨晩、司令部長から指示がありまして。メール室自体を今日から研究室の一つの部屋に間借りして開設することになります」
「え?メール室、移動するんですか」
「もともと今のメール室のある地下もノルドさんが足を怪我されては配属になった後、比較的医務室に近い空き部屋ということで移されたそうで…もとは不審物は速やかに研究室に預けており、そのため研究室フロアにあったようですよ。今回の事もありますし、カナさんは魔法は使えませんから、以前の運用に戻すことになったようです。ただ、部屋は空いてないので第四研究室に間借りですがね」
正直、あの比較的人気のない場所よりはありがたいけれど、研究室に間借りってちょっと肩身が狭い。しかも第四研究室はいつも不審物を預かってくれるところで、魔法道具や呪いの解析や研究を主にするところだが、万年みんな忙しそうにしている印象がある。
「お部屋に一人ではなくなりますし、しばらくはむしろ良いだろうという司令部長のご判断です。しばらくしたら何処かの倉庫部屋を片付けたりして、個室になると思います」
「あ、ご配慮頂いてありがとうございます」
頭を下げるとガルデンさんは、俺ではありませんからと照れたように頭をかいた。
「すべて、司令部長のご指示です。ちなみに、これもご指示がありまして、メール室にあった道具と昨日の配達物の残り、あなたのデスクは運び終わっています」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「ま、そもそも場所は変えたから今日も働けっていうこと自体が酷かもしんないけど…カナ大丈夫?」
アリサがあたしを覗き込んでくる。心配そうにあたしを見る目は擁護の色が強く、ここで泣き言言ったら強制的にいつまでも休まされそうだ。
「うん、誰かいてくれるわけだし、安心して仕事できそう。ありがとうございます、と司令部長にもお伝えください」
そう言ったら、ガルデンさんはかしこまりました。ご自身でも機会があればおっしゃってください。と言って笑った。
その後案内するというガルデンさんの申し出を、何度も行ったことあるからと断り第四研究室に向かう。
「カナちゃーん!」
扉を開けて、中をこそこそと伺うと中年のおじさん…もといおネェさんが手をぶんぶん降ってきた。
「やーん。一緒の職場になるとか、嬉しいわぁ。ほら、ここって女の子あたししかいないからぁ」
そう言って手を引っ張っていってくれる。連れていってくれたのは研究室の端っこで、すでにあたしの机と、いつもつかっているキャスターや道具が置いてあった。
「ありがとう。アムネムさん」
彼はアムネムさん。第四研究室の副室長で呪いの解析と作成に関して天才と言われている。学園にも何回か特別講師にきたことがあり、その時に魔力もないのに成績の良いあたしに「もしかしたらなんかの呪いで使えないのかも!」と何度か解呪をしようとしてくれて以来の付き合いだ。ちなみに結果は何をしてもあたしに魔力は芽生えず、どうやらあたしは本当に魔力がすっからかんにないということがわかっただけだった。
「ううん。あっ、全員は名前を知らないでしょう?とりあえず紹介するわね」
るんるんと擬音を(自らの口で)つけて、狭い研究室の中をスキップで移動するアムネムさんに引っ張られて、研究室の中央に移動する。
「みんなー!集合!今日からこの研究室を使うことになりました、メール室のカナちゃん。仲良くして差し上げてねぇ!」
そう言うと全員が仕事の手をとめこちらに近寄ってきて、自己紹介をしてくれる。
大変だったなとか、主任ご愁傷様と同情的な人もいれば、危なそうなら早く持ってこいと叱ってくる人もいた。ただ、お叱りの言葉もみんな、心配してくれているのがわかり、その優しさにあり難いなと思う。
十数人と挨拶を交わすとこれが全員だと言われ、あたしは自分のデスクがある場所に戻った。
「よーし」
昨日、保安検査の一番最後にあれを開けたので、保安検査はほぼ終わっているが、仕分けはまだ途中だ。
昨日の分まで取り返すべくあさは腕まくりをして仕事にとりかかった。
仕分けを終え、昨日着分の配達を終えると、時間はすでに三時を過ぎていた。お昼ご飯を食べそびれてしまったが、昨日の今日で食欲もないからと諦め、午後の仕事をこなす。
保安検査は幸いなことに量が少なく、今日の仕事は何もなく平穏無事に終えることができた。
唯一、気になったといえば、ウィルへの恋文がまた来たことぐらいだろうか。彼が出て行ってからパタリと来なくなったのに、今日帰ってきた途端タイムリーに来るということはもしかして、自分探しの旅に出ていた時も連絡をとっていたのだろうか。
(あたしには、手紙くれないくせにさ…)
そう思って、一瞬恥ずかしくなる。アリサがあたしにやるように、自分で自分の頬を抓っていると、後ろからアムネムさんが近寄ってきた。
「何してんのよぉ、カナ。頬っぺた垂れちゃうわよ」
両手で頬っぺたを挟まれむにむにと戻すように押された。
「こんなことアリサにいつもやられてますし、すでに遅いですよ」
「そお?あ、でね。今日、カナちゃんが居候祝いに研究室のみんなで飲み会しようっ言っるんだけど、カナちゃん予定どう?」
ウィルが帰ってきたから、もしかしたら集まるかもしれないとちょっと迷った。でも、あの様子だとまだまだ色々司令部や研究室に聞かれたり調べられたりするのかもとか、そもそもモブのあたしがそんな大事な場面にお呼ばれするかわからないとか、そんな会があるかどうかが不確定なことだと考えると、これからお世話になる皆さんがせっかく言ってくれてるのに断るのはおかしい気がして、あたしはアムネムさんのお誘いに乗ることにした。
「はい、ありがとうございます。喜んで」
「あら!良かった。じゃ、もうちょっとしたらあたしの部屋にみんなでそのまま行くから、仕事終わっちゃったみたいで悪いけどちょっと待っててくれる?」
「あ、運んで頂いたものの整理とかしたいなと思ってたので大丈夫です!」
にっこりと微笑むとアムネムさんは小走りで自分のデスクまで帰って行く。あたしはデスクに向き直ると、ぐちゃぐちゃになってしまってた裾卓の中身などを片付けはじめた。
第四研究室の飲み会は…凄かった。
勿論あたしはお酒は飲めないからジュースを貰っていたのだけれど、他の人はみんな日頃の忙しさを忘れたいのか、浴びるように飲んでいた。ワインの瓶を一人当たり平均四本ぐらい開けてたと思う。
でも大騒ぎはするものの、悪酔いする人はいなくて、終始面白おかしく飲んでいて、お酒を飲んでいないあたしもかなり笑った。あと、何人かは子供がいるとか趣味はなんだとかプライベートな事も覚えることができたのが良かった。
(笑い過ぎて、ちょっと疲れたな…)
今日はゆっくり眠れそうだ。もしかしたら、みんなそんなところまで気を遣ってくれたのかもと思うと、温かい気持ちになって、誰もいないのに少しだけ口角があがってしまう。
自分の部屋のあるフロアにおりようとすると、踊り場に誰か座っていた。
「…ウィル!?」
思わず大きな声を出して、もう夜も遅かったと慌てて口を抑えると、彼は座ったままこちらを振り返って、しーっと指に手を当てた。
こちらを見上げた彼は少し酔っぱらっているのか、頬がうっすらと赤く色づいていた。浮かべる笑みも柔らかい…というかふにゃふにゃしてる。
「どうしたの、こんなところで」
あたしは慌てて階段をかけおりてウィルのところまで行くと、顔を覗き込むようにして問いかける。彼はその問いには答えずぽんぽんと自分の横を叩く。
「まぁまぁ、座ってください」
言葉でも促されてあたしは横に腰を落ち着かせる。座って見ると、首は顔以上に赤い。結構飲んでいるのかもしれない。
「ちょっと前に色々終わってこっち戻ってきたら、今日共同スペースで宴会してる日で。若いやつしかいないからみんな色々聞きたいみたいで、祝勝会という名で飲まされまして」
確かに、共同スペースからはこんな時間だというのになかなか賑やかな声が聞こえている。大丈夫かな、明日怒られたりしないだろうか。
「ずっとしゃべらされてわ飲まされるわだったんで、ちょっと休憩と思って隠れてるんです」
「あ、そうなんだ。お疲れ様」
あたしがそう言ったのを最後に沈黙が来る。喋らされてたと言う彼にまた喋らせるのは恐縮だが、沈黙はちょっと気まずい。
「あ、あのね、今日からメール室の場所が変わることになったんだよ」
「はい、アリサに聞きました。先輩大変でしたね」
「ううん」
ウィルとかの普段の仕事に比べればなんて事ないんだとは思うのだけど、主任の死をそうは言えなくてなんとなく口ごもると、頭をぽんぽんと撫でられる。
マックにもたまにやられるけど、ウィルにやられる方がなんとなくくすぐったくて気恥ずかしかった。
「絶対に犯人捕まえますから」
そう言うウィルに小さくお願い、と頷くと彼は頭を撫でながらもう一方の手であたしの左手をとった。
彼が出て行く前に手の甲にくちづけられたことを思い出しひどく緊張する。手に汗をかきそうで、そしてそれをばれたくなくて、あたしはぱっと立ち上がる。
「さて!あたしもちょっと、お邪魔しようかな!主役がいないとつまらないでしょ!」
勢いよく立ち上がっても離してくれなかった手を自ら握り返すと、階段を数段降りて、彼を引っ張るふりをする。
ウィルは慌てて体制を立て直してあたしの隣に並ぶと、あたし以上にぎゅっと手を握り返して、微笑んだ。
「はい。行きましょうか」
「うん。あ、そうだ」
横に並んだウィルを見上げる。二ヶ月くらいしかたってないから、そんなに変わるはずがないんだけど、ウィルってこんなに背が高くて大人っぽかったっけか。
「おかえりなさい」
「ただいま、先輩」
お互い目を合わせてにっこりと笑うとあたしとウィルは共同スペースの方に向かったのだった。