始めての就職活動 振り返り!
パン屋の娘として生まれたあたしは、必死に努力した。
一回目の転生では、学校なんて通わずに店を手伝っていたけれども、親を泣き落として血を吐くほど必死で勉強し、奨学生として12歳までこの世界では最高学府の学園の幼稚舎に通った。
この世界では、普通の子供の大多数は学校に通わない。学校に行けるのは、魔法や特殊能力の才能が見出されてスカウトされた子供か、あとは貴族のおぼっちゃま・おじょうちゃまぐらいだ。
そんな中、才能どころか魔法すら一切使えない一般庶民のあたしが奨学金を得ながら、最高学府の学園に通えたのは偏に前世の記憶があったからに他ならない。なんてったって今回の人生は三回目なのだ。生まれた時から30年の経験がある。覚えるときはあんなに大変だった九九が、中学校に入る頃には楽勝に出来るようになるのとたぶん同じだと思う。
入学してからはお貴族様にいびられたり、魔法が使える同級生に冷たい目で見られたが、そんなことは気にしない。
あたしには、譲れない目標があるからだ。
そう。将来メインキャラが所属することになるこの世界の特殊治安部隊。イーリス治安部隊になにがなんでも就職するというーーー…
転生三回目の私は生まれた瞬間考えた。今回はどうやって自分の身を守るかと。
パン屋の娘をやってる限り、別に誰もこの身を守ってくれやしない。そうなると、どんなに自分で気をつけていても、隙ができてしまう。前回、事件にあった日は引きこもったりして乗り越えることができたとしても、その後また早々に死んでしまったら意味がない。
そこで思いついたのが、主人公たちが所属する組織に就職してしまうことだった。
彼らが所属するイーリス守護部隊は、一風変わった組織だ。この世界には魔法使いや騎士のような人が集まった自警団や、政府のような官僚組織が存在する。それらの多くは国に所属する各国固有の組織である。
一方で、所在地や発祥地はどこかに国にあれども、実質的に国に所属しない組織もいくつか存在する。前々世でいう国連のような国際組織。
イーリス守護部隊は魔法や特殊能力が使えるものを集め、世の中一般に怪事件と呼ばれる危険な事件や、悪魔退治を専門に事件を解決する、どの国にも帰属・加担しない特殊組織だ。総帥を頭に、一国と言っても過言ではないほどの力を持っている。その力の範囲は悪魔が起こした事件・もしくは悪魔が手を引いている事件を専門とし、人間同士の争いなどには参加しない。
その特殊さ故、一般隊員にも危険が及びやすいこともあって、お給料は高い。そして何より、その危険さと機密事項の多さに、全隊員出入りは自由だが、住居は本部内に構えて住み込みで働くことが必須条件なのだ。
これを思いついた時は3歳だったが、血が沸騰するかと思うほど興奮した。住み込みで働いてしまえば、寝ている時だって組織の中にいる事になる。悪魔に最も対抗する組織の総本山で、そうそう死亡フラグが立つ事もあるまい。特に、滅多に外に出る事のない本部内の職種につけば完璧だ。
そうして私は学園の幼稚舎を卒業した年、成績表とありあまりすぎる熱意を持って、本部の扉を叩いたのだった。
成績優秀、でも一般庶民で、魔力もなく、研究とかにも興味ない。そして、まだ12歳。なにより、外勤もしたくないというあたしにあたえられる職は総務部のメール室だけだった。
本部である、だだっぴろい建物を一日かけて歩き回り、お届けものをする仕事。どうやら、この世界にいる人はあまりやりたがらない職種らしいが、あたしは歓喜した。
外に出なくていい、でも組織の中を動き回ってよくて、あわよくば主人公たちを見かけられるかもしれない。
萌えなんていい、とりあえず、死亡フラグを立てないだけだ!そんな風に思っていたあたしは、思わぬラッキーなオマケに小躍りしながら、二つ返事で組織に就職したのだった。
「カナ、いるー?」
あまり広くないメール室で、いつものように午前中の配達を終えて午後の回収と出荷の準備をしていると開けっ放しの入り口から声がかかった。
声をしたほうを見ると、ふわふわとした長い金髪の美少女が笑顔でこちらに手を降っている。
「アリサ、どうしたの?」
手を止め入り口まで行くと、彼女はなんだか興奮を必至に抑えている様子だった。
「今日は一緒に食堂でランチしよーって話だったじゃない」
「あれ?そうだっけ?」
あたしがそう首を傾げると、彼女はぐっと距離をつめて小声でつぶやいた。
「今日は新人が入ってくる日だよ!見に行かなくてどーすんの!」
ひそひそと声を潜めながら、でも力強く、オマケに私の腕をつかんでくる。
(そうか。今日は主人公たちが、この組織に入ってくる日……)
あたしが学園の幼稚舎にいた頃、主人公たちは学園では二つ下の学年にいた。
勿論こんな無能一般人のあたしと関わる事はなかったが、それでも彼らを見かけるたびに、さすがメインキャラ、オーラがちげぇ!とか、噂を聞くたびに、なにこれ番外編!エピソードゼロ!とか興奮したものだ。
そして、このアリサはそんな時に一緒にハスハスしてくれた大事な貴重なオタ友…もとい親友だ。勿論彼女は純粋なこの世界の人間、かつ貴族だが、どうやらオタク体質なようで、明らかにオーラの違うメインキャラを見てはカップリングやらなにやらを妄想して高まっていたらしい。そういう意味では私よりレベルの高い腐女子かもしれない。なんせ、彼女にしたら三次元BL萌えだ。
類は友を嗅ぎつけるのか、勉強ばっかりして友達がおらず、でも時々一人でハスハスしていたあたしを見付け出して仲良くしてくれた。彼女が残念な美少女で、本当に感謝している。
その上、彼女はモブではなく、まごう事なき脇役様である。
本編では、この組織の中でもエリートが働く本部の司令室で働く優秀なオペレーターとして、一つの巻に何場面かは名前が出てきた。事件での活躍やラブな話などにメインで関わるエピソードはなかったけれど、司令室で書類を渡したり説明したりするクールな口調と金髪美少女という外見のギャップは、大きなお友達に人気があった。一度挿絵に出た時はお兄さんたちがネットで歓喜していたし、公式で抱き枕が発売されていた。
(まさか、こんな中身がオタクとは思わなかったけど…)
そんな事を考えているうちにアリサは私の手を離して、もう一人のメール室の住人、主任に向かって話しかけていた。
「主任、今日カナとランチしたいんですけど~お借りしてもいいですか?」
にっこりと微笑めばいつも気だるげな声しか出さない主任は顔を真っ赤にして頷いた。
おいこら、おっさん。30超えて禿げてるくせに14の美少女に耳まであからめてるんじゃない。あ、禿げてるのは余計か。
「わ~!ありがとうございますぅ!じゃ、カナ、行くわよっ」
およそ華奢な美少女とは思えない力を発揮したアリサに、あたしは食堂まで引っ張って行かれたのだった。
やっとこ登場人物一人出てきましたが、まだまだ話は進みません。亀ペースですみません…