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きかん

 翌日、目が覚めるとあたしはアリサの部屋にいた。

 どうやら、ベッドに寝かせてもらったようで、ソファでは、アリサがもともとそんなに大きくない体を丸めて寝ている。


(そっか、昨日は…)


 主任のミイラ?いや、臭いがすごかったからミイラとはまた違うのかもしれないが、とにかく、主任らしきものが送られてきて腰を抜かしたあたしは、ガルデンと呼ばれた男の人に支えられてアリサとともに住居棟に帰ってきた。

 あたしの部屋に連れて帰ろうとするその人に、アリサは自分の部屋に泊めるからと言って、彼女の部屋まで連れてきてもらったのだ。

 帰ってきてからは会話もなく、ただただあたしは毛布にくるまって震えているだけだった。アリサが水をくれたが、飲んだら吐き出してしまいそうで口をつけることができなかった。

 彼女が手を握ったり、背をさすってくれてしばらくは寝れずにいたが、さすがに疲れたのか何時の間にか寝てしまったようだ。


 部屋に戻らなかったために着の身着のまま寝てしまったようで、隊服はしわくちゃだ。腕時計を見ると、時刻は5時過ぎをさしており、あまり寝てないことがわかった。


 もう一度寝ようにも、目を閉じると昨日の場面が思い出されて動悸がしてくる。

 あの匂いが今でも染み付いている気がして、体全部が酷く汚れているような錯覚に陥る。


(とりあえず、お風呂入ろう…)


 まだぐっすりと眠っているアリサを起こさぬようにベッドから出ると、そこら編にあった紙に、泊めてくれた御礼と一度戻る旨を書いて彼女の部屋を出た。





 自分の部屋には畳半分のシャワースペースしかないため、一度部屋に戻って適当に下着などを持つと、共同の大浴場に行く。

 いつもは大概夜に行くため、こんな早くから行くのは初めてだ。

 大きく漢字で男女と掲げられたこの本部に似つかわしくないのれんは、やっぱりこの世界が小説だということを感じさせる。文書で書かれてもわかりやすいもんね。

 女と書かれた暖簾をくぐる。脱衣所にはいくつか荷物がおいてあり、何人か人がいるようだった。


「よかった…」


 普段なら人がいない方が貸切だ!と喜ぶのだが、今日は話さないであっても誰かにいて欲しかった。ベタだけど頭を洗う時とか怖い。






 ゆっくりとお湯に浸かってからあがると、時計はまもなく七時になろうかというところだった。


(仕事…行かなきゃ…)


 そうは思うのだけれど、あそこに行くのかと思うとすごく憂鬱になり、せっかくさっぱりした気分も萎えてしまう。

 とりあえず、隊服を着て一度自分の部屋に戻ると、ほどなくして部屋が慌ただしくノックされる。


「はーい」


 扉を開けるとカイリーがいた。息を切らして、頬が蒸気している。戦闘職種で鍛えてる彼女がそんな状態なのが珍しい。


「カナ!大変!ウィルが帰ってきた!!!」


 飛び込むように部屋に来たカイリーに腕を掴まれると、そのまま司令部の方に連れて行かれる。


「帰ってきたって、早くない!?」


 小説では一年くらい放浪して、お父さんに会い、政治的な云々あって王子として認めてもらって帰ってくるはずだ。

 なのに、まだ出てって二ヶ月くらいしか経っていない。一体どういうことなのだろう。なんかあって途中で帰ってきたとかいうことなのだろうか。


「早くないって帰って来てくれて嬉しくないの!?」


 若干怒りを含んだ声色でカイリーが言う。走りながらだからか、語尾が強めでちょっと怖い。


「や、違くて!こないだこれからどーしようか悩んでるって!」

「いーのいーの!とりあえず帰ってきてくれたんだから!」


 カイリーに比べてあまりに走るのが遅いからか、途中から抱えられて司令部についた。こんな細い体のどこに、そんな怪力があるのだろう。


「ついた!」


 壊れるんじゃないかと思うぐらい盛大な音を立てて司令部のドアを開けると、中にいたすごい人数の人が振り返る。

 その中心に、懐かしい…ウィルがいた。


「カイリー、いま審問中だ」

「申し訳ございません!」


 司令部長に怒られてカイリーが速攻謝ると、彼はまたウィルに向き直る。あたし達は小さく屈んで人ごみを移動し、アリサ、マック、エレノアのいる前列に加わった。


「さて、君が持ってきたこの証書が本物だと確認できた」

「それはよかったです」


 司令部長とウィルが向き合い話している。司令部長の手には高そうな紙があった。


「証書って?」


 カイリーが小さい声で聞くとマックが答えてくれる。


「フォルタナの王が、ウィルの事を第三王子と認知した。フォルタナの血は濃いから、悪魔の血とまじろうが大丈夫。息子を頼む的なやつ」

「フォルタナの王族は封印魔法とか治癒魔法とか聖なる魔法で随一だし。近親結婚も多くて、確かに血は濃いし、外から配偶者を迎え入れる時も家柄、政治よりも魔力で判断するような家系だから」


 アリサが補足すると、カイリーはへぇ、と驚いた。学園で基礎知識として低学年時にやったんだけど、この子大丈夫かな…。


「確かにね。フォルタナの王に、しかもフォルタナの家系を頼むと言われては、こちらとしては願ってもない申し出ではあるが」

「やはり、信用ならないですか」


 司令部長は肘をついて、手を口に当てる。何か思案するというよりは、ウィルの出方を伺っているようだ。


「なにせ前例がないものでね」

「あなたなら、そうおっしゃると思ってましたよ」


 そう言うと、ウィルは持っていた鞄から小さな箱を取り出した。中はよく見えないが、司令部長にそれを渡す。


「父特性の防止策です。これを体に仕込めば、私が本当に悪魔になった時には心臓にささり、息の根をとめます。どうぞ」


 司令部長は研究室の一人を呼ぶと確認するように言ったようだ。彼は何か呟くとしばらく箱を見つめ、うんと頷いてそれを司令部長に返した。


「間違いないようだ」

「はい」


 ウィルは司令部長から箱を受け取ると、中から五センチくらいのやや太めの針を取り出す。


「我が身のフォルタナの血が、悪魔の血に負けた時、心の臓を突き刺し命を止めることを誓います」


 そう言うと服の前を開けてはだけさせると、左の胸に向かってぶすりと刺し始めた。

 いくら針のように細いとはいえ、自分の心臓に向かって何かを突き刺すのは痛々しくて見るに耐えない。思わず目を逸らすと、隣のカイリー達は睨むようにじっとウィルを見ていた。


「くっ、う…」


 手のひらで押し込むように針を入れるとウィルは服の前を広げて周囲に見せる。彼の左胸には何やら小さい魔法陣のようなものが浮き出ていた。


「よくわかった。我々は正式に君の復職を受け入れよう。また職務に励んでくれたまえ」


 司令部長はそう言うと、自分の執務室に戻っていってしまった。

 彼の部屋の扉が閉まると、何人からかは拍手が起こる。ただ、それはこの場にいる人数からすれば酷く小さく、疎らで、まだけして彼の帰還が喜ばれていないことを表していた。

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