黒い手紙
ウィルからの手紙は、母親に会えたこととそこで自分の父親が誰かを知ったことが書かれていた。
伯父に教えてもらった手がかりを辿って会えた母親は自分に良く似ていて、肌は白であったが、目は赤く、一目で普通の人間ではないことがわかった。自分の珍しい紫の瞳も彼女の色素を受け継いでいるのかもしれない。母親自体は、自分に半分悪魔の血が流れていることを酷く恐れている。時折凄く夜中に血が騒ぐことがあるようだが、牛乳を飲めば落ち着くため、山奥で一人牛を放牧をして暮らしているとのことだった。彼女自体はとても良い人で母親に会えてよかったと思っているという一文を聞いて、あたしは彼がちょっと救われたことにほっとした。
父親に関しては、誰かわかった旨だけ書かれていて、今後どうするかはこれから考える、また連絡をするという事で手紙は締めくくられていた。
取り合えず、元気そうで良かったねとみんなで話し合い、新しく購買に入ったどのお菓子がおいしいだの、こないだの任務でのカイリーの失敗談などを話した。どうやらウィルが抜けたチームの穴はエレノアが入ったようで、3人は今同じチームで動いているらしい。
その日は1時間ほど話をして、またマックが魔法で手紙を燃やすと解散となった。
主任がいなくなって一ヶ月半がたった。相変わらずあたしは休みを取らないが、慣れとか力を抜くとことかを覚えて、前よりは少し早く帰れるようになっていた。
「さて、今日の分は…と」
手袋もマスクもゴーグルもつけて完全防備をして保安検査に取り掛かる。警備のおじさんから受け取った袋の中を見ると、明らかに怪しすぎる黒い小包が出てきた。以前エレノアに届けた封筒よりも少し分厚い。しかも、届け先が司令部とだけ書いてあって個人名が書いてないのだ。
「あからさまだなぁ…」
中を見ようと透視の魔法をつぶやくが、黒い封筒自体に魔法がかかっているようで中がまったく見えない。こんなことはあたしが検査をしていてはじめてで、どうしようか迷う。
やっぱり、こういうときに主任がいてくれたら助かるのにと思いながら、しばらく考えてみたがやはり開けることにした。今までなかったとはいえ、今後もないとは限らないからだ。その度に研究室を頼っていたら、お役御免とクビにされてしまう。
スタンプに特殊な液をつけ、これでもかというくらいべたべたと封筒にたくさん押す。封筒全体がだいぶしっとりしたので、中にも浸透したに違いない。
「どれどれ…」
少し緊張しながら封を切る。開けた瞬間何か飛び出たらどうしようかと思ったが、どうやらそれはない様で、中からは黒い色の薄くて長細い…万年筆やネックレスが入っていそうな箱が出てきた。
もう一度透視の魔法を唱えるけど、やはり中はまったく見えない。
非常に弱いもので気休めにしかならない程度の防御の魔法を唱えながら、箱を開けた。
「…なに、これ?」
中には、長さ10センチ程度の茶色い木の棒のようなものと手紙が入っている。木の棒のようなものの表面は酷くしわがれて乾燥したプルーンのようになっていて、三つ又に枝分かれをしているようだ。そして、マスクをしていても分かるほど、なんだか酷く嫌なにおいがする。
これは、危ない。
頭のどこかでは分かっていながら、手紙を開く。華美なほどにエンボスで模様が入った高そうな紙にはこう書かれていた。
***
何度も何度も其方にお手紙を差し上げましたが、
会いに来てくださったのは待ち人ではありませんでしたのでお返しします。
お返ししやすいように、中身は丹念に頂戴いたしました。
我々は、得るべき死の神の加護を得た7匹目の子羊を探しています。
***
中身を丹念に頂戴いたしました、の文に机の上においてある箱に視線をやる。
三つ又の、枝のように見えた、異臭を放つ、それは…
ずいぶんと小さくしぼんだ、両足がない上半身だけの人のミイラだった。
そこからは、一瞬のことはいまいち曖昧だが、取り合えずその場から逃げ出したくてメール室を飛び出した。いつも留守にする時はかける鍵もそのままに司令部まで走っていくと、あれだけ怖かった司令部長に夢中で飛びつき、呂律が回らない舌で今届いたものの説明をする。
すぐに立ち上がった彼は、アリサに研究室の解析班を呼ぶように指示すると、何人かを引き連れてメール室に戻る。あたしは戻りたくもなかったが、現状を話さなければならないため、体の大きな男性に抱えられるようにして、一緒にメール室に向かった。
どうやら、あたしは主任特性のマスクをして守られていたことと、今まで嗅いだことがなかったから分からなかったが、メール室のある一帯が凄まじい死臭につつまれているそうで、何人かは気分を悪くした。その中でも特に酷い二人が指名され、防護マスクを取ってくるように言われて来た道を走って戻っていく。
「これか」
机の上のものを指差されて、あたしはメール室の入り口から頷く。できれば、箱ですらもう視界に入れたくない。
司令部長はあたしが取り落とした手紙を拾うと、中を音読して、箱の横に置く。その時、ちょうどアリサが引き連れた研究室の人たちが箱の中身を確認すると蓋を閉じ、それ自体を包むように防護魔法をかけた。
「どうだ、周囲に何か呪いはかかっているか?」
「いえ。封筒や箱にはきちんと封印の魔方陣や薬が染みてますし…周囲に何か残された形跡はありません」
「単純にこれを送ってきたということか」
その言葉に返事をした研究室の人が頷くと、司令部長はまた手紙を手に取り、目を通した。
「会いに行った…か。まったくノルドは相変わらず勝手に余計なことをしてくれる」
怒りを滲ませたその口調は、あの箱の中身の物体が間違いなく主任だと断言していた。
「とりあえず、本当にノルドさんかどうか念のため確認します。その後どういった魔法や呪いでこうなったかも」
「我々は郵便の出所だな。経路を確認して、投函されたところに近しい地域に、調査隊を派遣するぞ」
「幸いにも比較的人は戻っています。取り急ぎ招集をかけますね」
「装備系はとりあえず一式でまとめはじめろ。あと研究室から追加で何か来た時用のリストもだ」
ばたばたと慌しく指示が出され、あっという間に手紙一式と共に人が出て行く。メール室にはあたしを支えてくれた男の人と、アリサと司令部長だけが残った。
「アリサは取り合えず、今日は彼女のケアに回れ。ガルデン、彼女をアリサと一緒に部屋まで送ってやれ」
そう言うと司令部長は、メール室を出て行った。
いつもと変わらないメール室の静けさが戻ってくる。相変わらずものだけがたくさんあって人気のないこの部屋に、あんなものがあったなんて嘘のようだった。
アリサに頼んで施錠をしてもらうと、あたし達もすぐにその場をあとにしたのだった。
少し短めになってしまいました




