たちいち
主任がいなくなってから、あたしはとにかく働いた。
あの司令部長があたしに負担を強いることになるとは言っていたが、そのとおり、主任のいない穴はすごかった。
もともと週に2日は主任が休みを取って一人で働いていたからなんとかなると思ったが、それも配達量が少ない日だったから何とかなったようだ。毎日一人で仕分けし、保安検査し、配荷するとなるとその仕事量が半端ない。帰りは夜中まで保安検査と仕分けをして、なんとか毎日仕事が終わった。
休みの日は総務の人が手伝ってくれるとは言っていたが、なんだかあたしも主任もいないメール室に違和感を感じて、そしていないでも回るのだということを見せ付けられるのが悔しくてあたしはその申し出を断って休みを取らずに、働き続けた。
「カナ、あんたちょっとは休みなさいよ」
「カナ、お前飯ちゃんと食ってるか?」
「カナ、これ、差し入れ!」
アリサをはじめ、マックやカイリーが様子を見に来てくれる。
その日も、マックがお昼ご飯を持ってメール室にやってきた。
「ほれ、差し入れ。どれがいい」
マックが差し入れを持ってきてくれるときはいつもおにぎりかお菓子だ。サンドイッチとかであっても、パンを絶対持ってこないのは彼なりの優しさなのだろうか。
あたしは鮭の入ったおにぎりを選ぶと、あとの4つは彼に返した。
「もういっこ取れよ」
「う~ん、あんまり食欲ないんだよね」
そういうと無理やりもう一つおにぎりを渡される。一番ガッツリとした肉の入ったやつだった。
「で、どーよ仕事は」
「忙しいけど、ちょっと慣れたかな。回りも協力してくれるし」
いくつかの部署の人達はあたしの様子を見るに見かねてか、個人のデスクまで届けなくても部署単位でボックスを預かって自分達で取ってくれたり、荷物を出す時に普通の郵便と分けてくれるようになった。本来あたしがやるべき仕事で、他の仕事の時間を割かすのは大変申し訳ないけれど、すごく助かるので甘えている。
「そか。だいたい回るようになったんなら、そろそろ誰かにまかせて休んだらいいのに」
「そうだよねぇ…」
適当に相槌を打っているのがばればれなのか、マックが苦笑した。
「カナが無理しても主任が帰ってくるわけでもないし、今後一生、カナがその仕事をできるわけでもないんだし」
彼の言葉が耳に引っかかる。自分でも、今の自分の状態がただ意固地になっているだけだとはわかっているのだ。それも頭に『無駄な』がつく。
「なんで、そんなに一人でやりたいんだよ」
「なんでだろ…良くわかんないんだよね」
そう言うと、勝手に主任の椅子に座って自分用のおにぎりの包みを開けていた、マックはちょっと驚いた顔をして動きを止める。つられてあたしも封を開けようとした手を止めた。
「なに、どうしたの」
「いや、なんかすげー不思議そうに言ってたから」
「だって本当にわかんないんだよ」
一息におにぎりに噛み付く。中身の鮭に到達できたが、口の中がご飯でいっぱいになった。ちょっと苦しいなと思いながら、それを咀嚼して飲み込んだ。
「なんなんだろうね…。マックは主任が帰ってくるわけでもないってさっき言ってたけど、あたし別に主任が帰ってくることを信じて待ってるわけじゃないんだよ。生きてても組織に帰ってこないだろうって言われたし」
そう言うと、マックは静かに頷いた。主任が帰ってくるという言い方で気になったが、やはり彼は主任が自殺したわけじゃないことを知っていて、その上で、もし主任が生きていたとしてもイーリス守護部隊には戻れないっていうことも、この組織の常識としてわかっているのだ。
「だから、主任のポストを守んなきゃとは思ってないんだけど…良くわかんないんだよねぇ」
「そっか」
しばらく沈黙が続いたのがいたたまれなくて、あたしは一つ目のおにぎりを黙々と食べるとマックにもらった二つ目の包みを開けた。
マックもあわせて一つ目のおにぎりを食べ出す。メール室には沈黙が続き、自分が口の中のものを咀嚼する音だけが頭の中に響く気がする。
「ま、気が済むまでやればいいとは思うけどさ。体壊したらすげー人に迷惑かけるってことだけ分かっとけよ」
彼の言葉が耳に痛い。優しくて面倒見がいい彼が、こうも攻撃的な正論を口にするということは、それだけあたしの現状がよろしくないということなのだろう。
「…うん。ごめん」
「いや、俺は別に偉そうに言える立場ではなかった。ごめん」
あたしは首をふって笑みを見せると、二個目の最後の一口を飲み込んだ。マックはちょうど一個目を食べ終えたとこだった。
「じゃあな、これ間食でも夕飯でも夜食でもいいから残さず食べろよ」
そういって五個持って来たうちの二個のおにぎりをあたしのデスクに置く。ツナマヨと天ムス。ずいぶんとガッツリ系をチョイスしてくれたものだ。
「ありがとう。頑張る」
「おう、過ぎない程度にな」
そう言うと彼はあたしの頭をぽんぽんと撫でてメール室を出て行った。
主任が死んだことになり、密かに埋葬されたことになって半月、前の手紙から一月ほど空いて、ウィルから手紙が届いた。
あたし宛の無記名のそれは女性が好きそうなセンスの良さそうなピンクの封筒に入っていた。ウィルからのものだと思ったが、念のため保安検査をする。何の魔法もかかっていないとわかると、今回はすぐメール室で外封筒を開封した。
中には外封筒と同じデザインの青い色の封筒が入っており、そこにはマックへと書いてある。
(もしかして…!)
中の封筒を取り出して、ちょっと期待しながら、他のものが入っていないか確認する。
なんどもひっくり返して確認したのだが、今回はあたし宛の手紙は入っていなかった。ちょっと期待していた自分が恥ずかしい。
彼が出て行ってからしばらく熱かった唇をつけられた左手が、今はなんだか自分の体温以上に冷めたくなっていくような気がした。
(そういえば、あれはパンのお礼だったもんね)
きっと律儀な彼だからあんな押し付けるようにあげたのに、お礼を書かずにいられなかったのだ。一介のモブに主人公が私信をくれるなど、本当はありえない。
とりあえず、午前中の配荷は終わったが、マックにウィルから手紙が来たことを伝えなければならない。あたしは購買でジュースを買うと、『こないだはおにぎりご馳走様』とメモに書いて司令部に行った。
司令部でアリサにマックは訓練室にいることを教えてもらい、お礼を言って訓練室に向かう。気遣わしげな彼女の目線と、その後ろにいた司令部長の目だけ笑っていない笑顔のおかげで最近の司令部は前以上に居心地が悪い。
訓練室に行くと、10数人の人の中にカイリーとエレノアとマックがいた。カイリーがあたしの姿を見つけて、飛びよってくる。
「カナ!珍しい!どうしたの?」
そういってあたしの手元を覗き込んでくるカイリーに手の中のジュースを見せる。
「マックに差し入れ、と思ったんだけど、3本買ってきたほうがよかったね」
そう言うとカイリーにも差し入れに来た意味がわかったのだろう、ぱっと目が輝く。
「お、何、俺にラブレターくれんの?」
茶化すように言いながらマックが歩いてくる。彼も嬉しそうに笑っている。
「そうそう。はい、こないだのおにぎりのお礼」
ウィルからの手紙はある意味ラブレターだな、と思いながらマックにジュースを渡すと、すぐに開けて飲み始める。汗だくになった彼のたくましい咽が鳴る姿はとてもセクシーだが、最近は見慣れたのかなんなのか、萌え!となることもなくなってきた。
「そういや、ちょうど良かった。今日エレノアの部屋で集まろうと思ってたんだよ。カナもくるだろ」
「そうでしたね、カナさんもぜひいらして」
「うん、わかった」
「あたし達終わるのが18時過ぎだから、18時半に集合ね」
まだ訓練を続けるという彼女らに手を振って、あたしはメール室に戻った。
18時半にエレノアの部屋に行くとなると、仕事のいくつかは明日に回さなければいけない。
「よし!」
あたしは腕まくりをすると主任がくれたいつもの手袋とゴーグルとマスクをして保安検査に取り掛かった。
「どーよ」
あと5分で18時になろうかという頃、アリサがメール室にひょっこりと顔をのぞかせる。
「えーとね、今日の分あとちょっと!」
そう言うと彼女はにっこりと笑って中に入り、あたしのデスクの後ろにある仕分け台に腰掛けた。
「オッケー。じゃ、待ってる」
そう言う彼女に目を振らないで、保安検査をする。取り合えず、怪しそうなものはこの手紙で最後だ。あとは何度か見覚えのある雰囲気のものだから、馴染みの商人や外部の団体からの連絡だったり、家族からの手紙だったりするものだと思われる。
「ほい、封印」
目を凝らしてみると、やはりうっすらと魔法が掛かっていたから封印のはんこを押す。しっかりは見てないけど、開封した人は耳から何か生えてくるような魔法だった。連絡表に記入して、手紙本体を袋にしまうと、アリサに向き直った。
「あれ、そっちはいいの?」
「あっちのはたぶん大丈夫だから、明日に持ち越し」
急いで簡単にデスクを片付けると、ウィルからの来た手紙の外封筒が目に入る。中身はすでにあたしのポケットの中だが、なんとなく未練がましくてもう一度封筒の中を覗いてみるが、やはりそこには何もなかった。
「何してんの」
「ううん、抜き忘れとかあったら悪いなと思って」
へへへと誤魔化すように笑うとアリサも釣られて笑ってくれる。そういえば、ここ最近は気遣わしげに見られるだけで、彼女の笑顔を見るのは久しぶりかもしれない。
「ごめんね」
「なにがよ」
謝ると、怪しげなものを見る目で見られた。せっかく笑ってくれたのに今度はしかめ面にしてしまった。
「なんでもない」
「いーから行くわよ、結構時間ぎりぎりだし。それどうすんの」
「あ、そうだ。こないだのマックみたいにお願いできる?」
手に持っている封筒を指差される。なんだかその封筒を部屋に持って帰るのも空しい気がして、あたしはそれをアリサに差し出す。
アリサが短く呪文を詠唱すると、こないだマックが出したよりは小さなでも青くて高温そうな炎が彼女の手の中で踊っている。あたしはその炎に封筒をいれると、あっという間に塵もなく消えてしまった。
アリサがパンパンと手を叩いて、きちんと燃えつきたのを確認すると、あたしは主任がいなくなってからはじめて、少し早めにメール室を後にしたのだった。
主人公、悩むの会。




