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本(と)の世界

 翌日、あたしは朝一番に司令部に呼び出された。

 アリサがメール室まで呼びに来てくれて、一緒に司令部の部屋まで行くと、昨日の偉そうな人の個室に通される。


「カナ、こちら司令部長のアランさん」


 昨日は碌に挨拶もできなかったでしょと紹介をされて頭を下げつつ、改めてその人を見る。アリサのゆうに三倍はあろうかと思われる肩幅をお持ちの超軍人体系のロマンスグレーの叔父様は、その体系に似合わず優しい表情と声色で言った。


「わざわざ来てもらって悪いね」

「いえ、とんでもないです」


 立ち上がって握手をもとめられて、応じると、彼はまた高そうな革張りの椅子に腰掛けた。


「早速ノルドの事なんだが」

「はい」

「昨日あのまま調査を続けたんだけどね、結局あまり進展がなくてね」


 大きく息を吐き出して、司令部長は難しい顔をした。


「4日前仕事が終わってから部屋に帰って行ったのは見かけたものがいた。しかし、その後の足取りが掴めない。建屋の転移装置を彼が使った履歴はないし、彼の部屋で転移魔法が使われた形跡もない。夜中だから目撃者がいないのは仕方ないと思うけれど、外部との見張りをしていた警備も見ていないから物理的にも考えられない。外にどう出て行ったのか皆目見当もつかない状況でね」


 まったく困ったよ、と彼は苦笑気味に言う。その様子はまるで軽い冗談に引っかかった騙されたとでもいうような雰囲気で、深刻であるはずの話の内容との差異に、あたしは少し違和感を感じる。


「結局、ノルドはまだ本部の敷地の中にいるのではないかという結論になった」

「主任、本部の中にいるんですか!?」


 食いつくように聞くあたしに、司令部長は大きく破顔する。今度は純粋に面白いものを見た時に見せるべき笑顔だった。まただ、また何か引っ掛かりを感じるのだ。


「いると思っているよ、だから今朝から建屋と敷地内を捜索するようにしている。人数もいれているから、概ね今日中に調査は終了するだろう」

「じゃあ、主任は大丈夫なんですね!?」

「見つかればね。今日はその事でカナ君にお願いがあって来てもらったんだ」


 大きな革張りの椅子の中で座りなおしたかれは、前傾姿勢になって手を組んでこちらを見た。その顔はもう笑っていない。


「…どういうことですか?」


 はじめ温厚そうに聞こえた声も今は違和感を助長するものでしかない。なんだか不安でアリサを振り返ると、彼女はこちらに体を向けているものの伏し目がちにしていて目が合わなかった


「悪魔の血統の可能性があるウィルくんがいなくなって、今イーリス治安部隊は体制的にも精神的にもやや不安定な状態にある。そして恥ずかしい事ながら我々はまだ彼の逃走経路を掴めていないんだ。そんな中、同じように人がいなくなったとしたら、どう思う?」

「何か大きな事件が起こっていると不安を煽るわけですか」

「それだけならいいけどね」


 あたしに返せる言葉はない。なんとなく、この人が何を言いたいかは想像がつかない訳ではないからだ。


「ノルドも悪魔の血統だったのかもしれない、と思うものが出てくるかもしれない。そうなると、自分以外の誰が人間で、誰が悪魔か疑心暗鬼にならないかい?多くがチームで動いている我々にとって、それは非常に大きな打撃になる」

「では、主任は…」

「今日の夕方には彼のものと思われる死体が見つかる事になっている。損傷が激しく、身元はわからないが両足が義足であったとすればそう断定されるのも不自然ではない。彼は、まだ足があった昔の自分にやや捕らわれているふしがあったからね。昔の戦闘服を引っ張り出し、自ら崖から飛び降りたようだと説明すれば、みんなが納得する理由は彼を知る人々が上手に自分で作ってくれるだろう」

「そんな…」


 あたしは、絶句した。アリサが一歩だけあたしに近づいたのが気配でわかる。それが、あたしの気持ちへの同情なのか、それとも仕事として納得しろという牽制なのかはわからなかった。


「実際に…主任の捜索は続けられるのですか」

「いや、ただでさえウィル君の捜索にも人を割いている今、他の事件も平時同様対応しているのにこれ以上司令部や戦闘職種に割く余裕はない」

「もし、何か事件に巻き込まれているだけだとしたら…」

「そうしたら、きっとそのうち事件の一部が明るみになり、犯人の影が見えたところで、我々はその対応をするだろうね。今までと、これからと同じように」

「主任が普通に生きて帰ってきたら、どうするんですか」

「もし生きていたら、とても喜ばしいね。しかし、我が治安部隊に彼が帰ってこれるようにするのはちょっとできない相談かな。それもそれで、混乱する者が出てくるだろう?」


 司令部長の言葉を聞きながら、あたしは脳天を割られたかのような衝撃を受けていた。ウィルたちのことをどこか遠くに思っていたのと同様に、イーリス治安部隊も完全な正義の味方だと思っていた。

 でも現実にはあたしが文章から想像してたようなキレイな組織ではけっしてないのだ。


「無用な疑心を招きたくないと先ほどは言ったけどね、もう一つこの終着点に納得してほしい理由がある。この組織には強大な力と知性を持った絶対的な正義がいて、世界で一番安全な場所だと思って就職してきた事務方の者も少なからずいる。そうして、そういった利己的だがとても優秀な人材のおかげで、世界の平和は今の水準まで保たれていると私は考えている」

「…それは、あたしのことを指してますか」

「その返事は口にしない事にするよ。しかし、一歩も本部から出たくないと言って憚らないまだ12歳の少女を、どのような配慮と算段があって採用したかはたぶんご想像のとおりだ」


 我々だけが自分可愛さに人を一人を見捨てるわけではない、あたしもそうした保たれてきた組織のお陰で守られている…つまり、今回の死亡フラグを回避できたのだ、ということを暗に言われた。ひいては、お前も共犯だということを。


「以上だ。大丈夫かね」

「…はい」

「うん。やはり優秀な人材でありがたいよ。アリサ君と君は親しい友人だと聞いている。もし今後何かあったら彼女に聞いてくれ。あと、人員の加減でしばらくメール室は一人での運用となる。君が休みの日には総務部から応援が行くようにするが、次の雇用までしばらく君に負担がかかってしまうだろう。悪いね」

「…とんでもありません」


 喉が潰れたように声が出ない。いったいこの返答をしているのは誰だろうと自分でも思うぐらい、どこか頭の後ろの遠くから返事をするあたしの声が聞こえた。


「では、朝から時間とって悪かったね。仕事に戻ってくれたまえ」


 その言葉に、頭を下げて歩き出すと、あたしは一直線に司令部を出た。





「カナ!」


 メール室の前の廊下まで来ると、後ろから追いかけてきていたのであろう、アリサに腕をつかまれる。


「何?」

「…あの、大丈夫?」

「大丈夫って何が?」


 彼女は心配をしてくれたのにも関わらず、先ほどの司令部での事に憤りを感じているあたしは、思わず眉間に皺をよせてしまう。


「いや、何かショックを受けてるみたいだったから」


 『何か』という言い方が、遠回しに今回のことはショックを受けるようなことではない、という彼女の意思が感じられた。

 今回の主任が死んだことにするという判断は組織全体のためになるということはわかる。組織全体のためになるということは、つまり、正しいことだということだろう。

 そう理解してもやっぱり気持ちが納まらなくて、あたしは何も言えずに固まった。顔までも強張ってうまく動かないのが自分でもよく分かる。

 

「…ごめんね」


 謝られても、アリサのせいでも、司令部のせいでもないから、頷くことはできない。本当に憤りを感じているのは、何も知らなかったことと、知っても言い返せないくらい自分が可愛いあたし自身に対してなのだ。

 

「…アリサが謝ることじゃないよ」


 ようやくその一言だけ言うと、アリサは少しだけほっとしたようで、あたしの腕をつかんでいた力が緩んだ。


「主任のこと、夜中の緊急会議で話になった時に、もうちょっと捜索続けられるように提案してみたんだけど…なによりも今は時期が良くなくて…」


 先ほど司令部長も言っていた、ウィルの捜索もしている中で主任の捜索に割く人はいないということだろう。同じようにいなくなっても、ウィルと主任ではその重みが違うのだ。

 何せ、主人公とモブなのだから。


 そんなの、重々承知の上で、この15年間ないしは30年間生きてきたじゃないか。


 小説の本筋、つまりこの世界の主役はウィルやマックやアリサ達で、主任やあたしのようなモブではない。文章に書かれていることはドラマティックで人の興味を引くことで、だからと言ってその裏に平和な日常があるだけではない。こんな風に切り捨てられた事件や人の人生があるという話だろう。

 描かれていないことがあるということ、ここは小説の世界だけれど今は三次元で現実であることは、エレノアの時も、ウィルの時も学んだつもりだったじゃないか。

 なのに、どうしても小説通りの面白くて、綺麗で、善悪のきっちりと分かれた世界だと信じて疑わなかった自分がやっぱり恥ずかしい。


「ううん。ありがとう。そうだよね」


 納得はいかないけれど、理解はできてそう返す。アリサも気持ちは察してくれているのかなんとも言えない表情であたしを見ていた。それが逆にいたたまれなくて、彼女の手を腕からやんわりとはずさせた。


「とりあえず、午前の配荷やらなきゃいけないから。ありがとう、またね」

「あ、ごめん。うん、また…」


 そういってアリサに背を向けて、メール室の鍵を開けた。中は昨日あたしが仕事を終えた状態のままで、午前の配荷のために用意をしておいた台車がある。主任のデスクは3日前の夕方のままで、今日こんな騒ぎになるということも、明日主任が死んだことになることも到底現実とは思えなかった。

 台車を引き出して、廊下に出る。一人しかいない日なので、メール室に鍵をかけようとすると、視界の端にアリサがこちらを伺いながら、司令部に戻る様子が見えた。

 その視線に気づかないフリをして施錠すると、あたしはいつも通り仕事をはじめたのだった。

急にシリアス。あ、シリアスできてますか

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