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お手紙ついた

 ウィルが出ていって一週間がたった。

 いないとわかった翌日の騒ぎは大きくて、一日かけて本部の中をひっくり返すような捜索が行われた。メール室も住居棟もその例外じゃなく、メール室は保安検査前の書類に不用意に触れた人が右腕だけゴリラのような剛毛が生えてしまったし(主任と医務室の治療によって今はちゃんと治ったらしい)、あたしの部屋も例外じゃなく調べられた。こんな狭い部屋に隠れられるところなんてあるわけないでしょう。

 どうやらウィルはうまいこと逃げることができたみたいで、その逃走経路や脱出方法は今のところ見つかっていないようだ。

 本人がいなくなって余計に言いやすいのか、「やっぱり悪魔だったんだ」「悪魔がスパイとして送り込んでバレたから逃げたんだ」「いや、きっと本部内で何かを企てていたに違いない」とか声高に言う人がすごい増えた。食堂とかでそんな話を聞くたびに言ってる本人をぶん殴ってやりたくなるが、そこはぐっと我慢している。




「カナ!」


 食堂で夕食をとってからの帰り道、振り返るとマックがいた。小走りの彼を少し待っていると彼はあたしの横に並んで歩き始める。


「なぁ、今日の夜暇?」

「予定は何もないけど…」

「エレノアの部屋で集まるんだけどさ、来ねぇ?」


 エレノアの部屋とは珍しい。共同キッチンでは会ったけど、部屋には一度手紙を届けて以来彼女の部屋には行ってない。


「また珍しい場所だね」

「ま、あいつも落ち込んでるみたいだからさ、みんなでぱーっと盛り上がろうと思って」

「わかった。何時頃いけばいいの?」

「アリサが7時に終わってそのまま来るらしいから、7時半に集合にしようって」


 腕時計を見ると、時刻はもうすでに七時をさしていた。一回部屋に戻って向かったら、そんなに時間はないだろう。


「あと30分後ね、わかった」

「おう、エレノアの部屋直接集合で。じゃ、後でな!」


 マックに手を降ると、あたしは自分の部屋に向かった。





 急いで部屋着に着替えて、返しそびれていた食器と持っていくべきものを持って部屋を出た。

 エレノアの部屋に着くともうすでにカイリーとアリサが来ていた。二人ともまだ隊服を着ていて、荷物も多く、直接ここにきたのがわかる。


「あ、エレノアこれご馳走様でした」


 持って来た皿を差し出すと、またもやメイドさんが来て、横からそれを預かっていった。どうやらおうちからの速達便を直接受け取らなかったのは嫌味ではなく、彼女にとってはそれが普通のようだ。


「お皿?」

「こないだね、エレノアがご飯作った時にちょっと分けてもらったの」

「あー!あの共同ラウンジでウィルにご飯作ってあげたってやつ?」

「私も聞いた!何、あんた現場にいたの?」


 カイリーもアリサも突っ込んでくる。どうやら彼女がウィルにご飯を作ってあげたのは有名な話らしい。


「ううん、共同キッチンで作ってるときに一緒になったんだよね」

「ええ。カナさんはバケットを作ってらしたわ。ああそうだ、おすそ分けありがとうございました。彼女と2人でおいしくいただきましたわ」


 そう言ってメイドさんを指すと、彼女も笑って頭を下げてくれた。いえいえとこちらも笑顔で返す。


「おっ、みんな揃ってるな」


 ノックもそこそこにすぐ入ってきたマックにエレノアは冷たい視線を向けるが、本人は気にしないようで一番手前のソファーにどさっと腰を下ろすと自分で持って来た酒瓶を開けた。


「はー…うめぇ…生き返る」


 ぐっと煽って喉を鳴らす彼にエレノアはさらに冷たい目線をやるも、メイドさんに何かおつまみを出すように指示したようだ。彼女はこういうところが優しいと思う。


「で、なんで今日はエレノアの部屋でなの?」

「いや、みんなに話があるって言ってもよ、俺の部屋にエレノアが来たら不自然だろ。それこそ共同ラウンジにいたってのと一緒で噂になりかねない。だからエレノアが落ち込んでて、それを慰めるために俺らが集まるって吹聴しといた」

「私、落ち込んでなどいませんけど」

「そこはご愛嬌でさ。まぁあの、せっかく手料理で励ましてあげたのにまさか出て行かれるなんてってお怒りだ風な噂が流れているからちょうど良かったんだよ」

「まったく失礼な噂ですわ。そんな話などしている暇があったら、皆様もっと働けばいいのに」


 エレノアが憤慨している。そんな噂が流れていたことすら初めて聞いたあたしはただ驚くしかない。


「ま、この部屋が一番盗み聞きとかされないし。怪我の功名ってことで許してやれよ」

「マックとカイリーの部屋は隣が完全に諜報部が入ってるしねぇ。あたしとカナは今のところちょいちょい様子を見られてるだけみたいだけど」

「えっ、そうなの!?」


マックとかが見張られているのはなんとなく想像つくけど、もともとそこまで関わりがあったわけでもないし、普段通り過ごしているあたしまで見られてるとは全然気づかなった。


「まぁ、あんたはそんなもんでいいんじゃない?下手に気づいたら警戒しちゃって怪しまれるわよ」

「うーん…でも聞いちゃったよ…」


 どうしよう。絶対挙動不審になってしまう自信がある。


「まぁまぁ。一週間たったし、もうそろそろ内部の調査は軟化するだろ」

「で、マック。そろそろ本題」


 カイリーが早くしろと急かすとマックとあたしは目をあわせて頷く。

 ウィルから連絡が来たらどうやってマックに連絡するかは、ウィルが出て行ったその日の早朝マックと決めておいた。

 手紙を直接マックに渡すのは怪しい。郵便物として渡すのも、マック宛のものは一度司令部で内容まで透視される可能性があるからもってのほか。

 その結果、あたしからマック宛になんでもいいからくだらないことを書いて、司令部で見られても気にしないメモとか手紙をデスクに置いておくことになった。堂々と中身が見えるものにしてれば、案外人は疑わない。

 後はマックがこうやってあたしたちを集めて、みんなで読んで、捨ててしまえばいい。手紙が来る頻度があんまり高いと怪しいかもしれないけど、そうそう送ってこれるものでもないだろうし、もし怪しく思われるほどの頻度で送られて来たら、その時はまた相談というところで落ち着いた。

 ちなみに今日のメモは『最近頑張ってるね。ほどほどにね』というメモを手作りのラスクにつけてデスクに置いておくという、前々世のCMで見たようなあれだが、マックはちゃんとわかったらしい。


「はい、これ」


 封筒を開封して、中から封筒を取り出すとマックに手渡した。かれは渡された封筒の短辺を器用に手でちぎって取り出し、中に目を走らせる。


「ほい」


 どうやら口には出さないで、まわすみたいだ。

 カイリー・エレノア・アリサの順番で回ると、最後にあたしの元へ来た。


 手紙には、まず本部を抜け出すのに手伝ってくれた御礼があり、その後は淡々と今までのことが書かれていた。

 抜け出した日の早朝、実家に帰ったこと。昔から似てないと思ったが、父母だと思っていた人は伯父伯母であったこと。伯父の母が昔に男性の悪魔に襲われて子をなし、生まれた伯父の妹が実の母であること。やはり自分には4分の1だが悪魔の血が入っているようであること。今は、手がかりをたどって母親を探していること。

 一枚の用紙の半分ちょっとに収まってしまう程簡潔にかかれているが、実際はどれだけ大変な一週間だったのだかは、想像してもしきれない。

 

「ありがとう」


 読み終わったものをマックに返すと、彼の手の平の中で一瞬にして炎があがる。そうそう炎の魔法なんて目にしないあたしはびっくりしてしまったが、他のみんなは慣れているのだろう平然としていた。あたしが驚いている間に手紙は塵もなく消えてしまう。


「…ま、取り合えず無事ならよかったということで」


 悪魔の血が入ってるとはっきりしてしまった以上みんな喜べないのか、しばらく誰も口を開かなかったが、その沈黙をやぶったのはマックだった。


「そうだね、色々、進んでるみたいだし」

「でもこれから難儀そうですわねぇ」

「ま、ウィルなら大丈夫なんじゃないの」


 みんな口々に同意していると、メイドさんがおつまみのナッツとチョコレートとサンドイッチを持ってきてくれた。


「みなさま、ご飯まだの方もいらっしゃいますでしょう。よろしければ、どうぞ」


 エレノアに言われて私たちはそれぞれお皿に手を伸ばした。


 その後は早々に解散しては不自然だということで、それぞれの仕事や上司の愚痴など他愛もない事を2時間ほど話し解散となったのだ。





「じゃあね、お疲れ様。今日はありがとうね」

「ううん!じゃあね~おやすみ!」


 同じフロアのアリサとカイリーを部屋の前で見送って、扉を閉める。

 電気もつけないまま布団にもぐりこむと、あたしはジャージのポケットに手をやった。中にはあたし宛に無記名で届いた封筒が入っている。ポケットから封筒を取り出すと、あたしは中から一枚、マックに当てられた手紙と同じ用紙を取り出した。

 そう、みんなで手紙を読もうと封筒を開けた時に、始めて気がついたのだが、封筒にはマック宛の封筒の他に、一枚紙が入っていたのだ。

 少しドキドキしながらその紙を開くと、そこにはたった4行だけ書かれていた。


 お元気ですか。

 サンドイッチ美味しかったです。ありがとうございました。

 また、いつか機会があれば貴方の焼いた他のパンも食べてみたいです。

 貴方に言ってもらった大丈夫がとても心強く、支えになっています。


 誰宛とも、記名もない手紙だが先ほどの手紙と同じ文字で丁寧に書かれている。

 彼はとても律儀な人だから、手紙を橋渡しすることへの気遣いだとか、サンドイッチをあげたことへの御礼として他意はないのだろうけれど。

 こうしてあたし宛に…あたしだけ宛に手紙をくれた事がなんだかとても嬉しくて、手紙をぎゅっと胸に抱きしめた。

 

(明日の朝にはちゃんとマックみたいに燃やすから…)


 今日だけは許されるだろうと、あたしはそれを胸に抱え、彼の無事を祈りながら眠りに落ちたのだった。

サブタイトルつけるのが難しくなってまいりました

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