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お嬢様の思考

 ウィルの出生の話がわかったと聞いてからも、あたしは普段通りに仕事をして、部屋に戻ってを繰り返す日常を過ごしていた。


 友人として心配じゃないかって?そりゃあ勿論心配だけどさ。

 いくら最近仲良くしてもらってたからといって、この話はメインストーリーな訳だし、モブなあたしはお呼びじゃないって。


 だから一週間ぶりの休みもいつも通りのんびり9時頃に起きて、パンを焼きに材料を持って共同キッチンに行った。

 いつもは人の少ない平日の午前中。あたしは意外な人の姿に驚いた。


「エレノア嬢?」


 そういえばカイリーについて来てもらって、彼女の実家からの速達便を届けに行って以来見かけてなかった気がする。

 アリサを通じてウィルたちとちょっと仲良くなってきてたから忘れがちだけど、やっぱり彼女と関わってないっていうのはモブとメインの明確な線引きなんだろうな。


「あら、カナさん。御機嫌よう」


 彼女はいつもぐりんぐりんに巻いておろしている栗色の髪の毛を一つにまとめ、豪華なレースのついた花柄のエプロンをしている。

 どっからどう見ても料理する人の格好である。


「どうしたの?」


 問いかけると彼女はふん、と冷ややかな目をあたしに向けた。


「エプロンをして台所に立っているからには、料理をするに決まってるじゃありませんの。それとも、私が料理なんてするはずないと思って?」


 なにをそんなに攻撃的にと思ったが、そういえばあたし、エレノアからライバル認定されてるんだった。


「そうなんだけどさ、共同キッチンにいるのが珍しいなと思って」


 あたしもそんなに来ているわけではないが、彼女はたぶん始めて来たんじゃなかろうか。メゾネットタイプには立派なキッチンがついてるし、彼女がわざわざ人の多いここに来るとは思えない。


「私、今日は友人のためにご飯を作って差し上げにまいりましたの」

「あ、もしかして、ウィル?」


 あたしが聞くと彼女は胡乱な目でこちらを見た。物語でありがちな、真っ赤になって慌ててごまかしたりなどしないところが、やはり彼女らしい。


「そうですけど、あなたも?」


 彼女はそう言うとあたしの持っているトートバックを見つめた。その視線がちょっぴり怖くて、今日は辞めようかとも思ったけど、ここでやっぱりあたしはいいですと言ったら余計怖そうだ。


「ううん、あたしは趣味のパン作り。自分で食べる分」


 口を開けて、中の材料を見せる。今日はバケットを焼こうと思ってたから小麦粉と塩とイーストしか持ってこなかった。


「あら、そう。では、私はこちらを使いますので」


 共同キッチンの一番真ん中のコンロと作業台は料理番組か!と突っ込みたくなるほど綺麗に並べられた高級食材が陣取っている。


「あ、うん。じゃ、あたし奥借りるね」


 できるだけ、奥の隅っこの方を場所取るとあたしは作業シートを広げてそこに小麦粉を乗せた。




 夏場はいい。パンが発酵しやすいから。

 あの手のひらで捏ねたパン種が何回もの発酵を経て、ゴツゴツベタベタからすべすべふわふわになり、生地を押してふしゅっと息を出した時は瞬間は至福の時だ。

 いつもはそんな至福の時をお茶を用意して本を読みながら待つのだか、今日は違った。


(うん、まぁ予想はしてたけどさ…)


 お嬢様が下手くそな料理を手に傷作りながら一生懸命作るとか、何て言うんだっけ。あ、テンプレだ。

 超豪華食材を前に、魚を捌こうとしては、滑ってまな板から魚が逃げ出し、ニンニクはみじん切りできず、鍋を使えば火傷する。

 ちなみに、すでに見るに見かねてつい手伝おうか?と声をかけたが「結構ですわ」と一蹴された。

 今は昼の1時。あたしと彼女が料理を作りを始めてからすでに3時間くらいたっている。

 そろそろあたしの方は最後の発酵が終わる。彼女が昼食を作りたいのか夕飯を作りたいのかはわからないが、道のりはまだちょっと長そうだ。




「なんで急にご飯作ってあげようと思ったの?」


 ちょうどあたしがオーブンに成形した生地をいれた時、エレノアもオーブンになにやら色んな香草を詰めたお魚をいれて一息ついたので、話しかけて見る。


「落ち込んだ時は何か食べるのが一番ですわ。無理をしてでも食べれば気持ちも力も湧いてきますもの」


 無視されたらどうしようと思っていたので普通に言葉が帰ってきてちょっと驚く。


「腹が減っては戦はできぬ、だね」

「当たり前ですわ。私たちは全員で悪魔に打ち勝たねばならないのですから、こんな風に立ち止まってるわけにはいかないのです」


 ぷりぷりと心底腹をたてている彼女に、思わず笑みを返すとあたしのお腹が音を立てた。…女の子同士とはいえ、ちょっと恥ずかしい。


「そういえばあなた、お昼はそれだけですの?」


 エレノアはあたし側のオーブンを覗き込んで来る。中では50センチくらいのバケットがじっくり焼き上げられていた。

 うん、と返事をすると信じられないものをみるような目で見られた。


「呆れた。今一番の成長期なのに、パンだけとかですからそんなに貧相なんですのよ」


 ぴしゃりと言い切られて、思わず言葉に詰まる。いや、確かに年上とはいえ、カイリーとアリサはすでにグラマラスだし、一つ年下のエレノアだってあたしよりは…明らかにある。

 いや、でもこれは外見も名前も概ねそのまま転生させてくれちゃった死神のせいだと思いたい。え、違うの?


「学園の時から思ってましたけど、あなたって本当生活に頓着ありませんのね」

「え、学園時代を知ってるの!?」


 カイリーに聞いてライバル視されているのは知っていたけど、まさか生活態度まで知られてるとは思わなかった。


「あなた、有名でしたもの。成績優秀なのに時々変な行動をする。一日のうち授業と寝てる時以外は図書館にいるって」


 パンも焼いてたよとかツッコミはあるけど、なにより時々変な行動をするって有名だったことがショックだ。


「こちらに就職したってきいて、さぞ優秀な研究員とかになられただろうと思いましたのに、メール室で配達員やられてて驚きましたわ」

「あー、あたしは魔力がないからねぇ」


 魔力がなくても総務とか経理とか担える部門はあるのだけれど、メール室以外の部門は外部に出ることもあるため自分の中の選択肢になかったのだ。そこを突っ込まれたらなんて言おうと考えてたら、カンッと高い音がなって、オーブンのタイマーが時間を告げる。神様なんてジャストタイミング。


 エレノアはオーブンに戻ると鉄板を取り出した。ローズマリーやタイムなどの焼けたいい香りがこちらまで漂ってくる。


「よし、できましたわね。ちょっと、ウィルをラウンジまで連れてきて頂戴」


 ずーっとキッチンの入り口にいたメイドさんを呼びつけてそう言うと彼女は盛り付け出す。どうやら盛り付けは得意なようで手際良い。


(あたしの方はもうちょいだなぁ…)


 忙しそうに盛り付ける彼女を見守っていると、メイドさんが帰ってきてラウンジにウィルが来たことを伝えた。


「ありがとう。そうだ、あなた。これ残り物だけど食べなさい」


 そう言うと彼女はお皿をあたしの前においた。ワンプレートにちょっとずつサラダや煮物やお肉が乗っていて美味しそうだ。


「お皿は後日返していただければ構いません。では、私は忙しいので失礼いたしますわ」


 そう言うと、彼女はメイドさんと手分けして料理をラウンジに運び出す。


「あ、ありがとう!」


 御礼を言うと、彼女は当然ですわ、と返して来た。


「言いましたでしょ、私たちは全員で戦ってるのです。腹が減っては戦はできませんもの」


 にこっと笑ってキッチンを離れた彼女は、いつもの毅然とした雰囲気とは違い、とってもチャーミングだった。

 




 エレノアがラウンジの方に行ってから10分ほどしてパンが焼きあがる。

 貰ったおかずと一緒にラウンジで食べようと思いパンを袋にいれて抱えて向かうと、入り口のところで先ほどのメイドさんが立っているのを見かけて、立ち止まる。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 そう言いながらも入らないあたしを不思議に思ったのか、メイドさんは小首を傾げる。


「あの、中ってどんな感じですか」

「どんな感じとは…?」

「いや、あなたがここにいるってことはウィルたちは中で食事されてる訳ですよね」


 邪魔しちゃ悪いかなぁと頭を掻くと、無表情だった彼女は少し微笑んで言った。


「中には他にも10人程度人がいらっしゃいましたから、大丈夫だとは思いますよ。ただ、エレノア様とウィル様、双方と顔見知りの方はいないようでしたので、確かにカナ様が入られたらお二人とも気になさるかもしれませんね」


 そういって、彼女は中を覗き込む。つられてあたしも中をのぞきこむと、窓際の席に座る二人が見えた。


 数日ぶりに見たウィルはなんだかちょっと痩せたように見えた。白い肌はよりいっそう青白くなり、日の光に透けてしまいそうだ。

 少しずつゆっくり食べているウィルに対し、エレノアは食べ物に手をつけず、ウィルの向かいに座ってお茶をついだり給仕をしている。

 声までは聞こえないが時折二三言話しては二人は微笑みあっていた。


「確かに、お邪魔しちゃ悪いですねぇ」

「カナ様もそう思いますか」


 そう言うと、メイドさんは娘を見る母親のような目でエレノアを見つめた。


「長年お嬢様に仕えておりますが、お嬢様が私にお料理を教えてほしいなどと仰られたのは初めてでしたの。いつもつまらなそうに勉強やお稽古ばかりされてましたし、同世代のお友達なんていらっしゃらなかったから、私なんだか嬉しくって」


 頬に手を当てる彼女の表情にあたしも思わず、微笑む。そうか、あたしが知らないだけでエレノアの仲間との絆的なものは深まってたんだなぁ。


「よかったですね。あ、じゃああたし、これ部屋で頂こうかなと思うので、またお皿はお返ししに伺いますね」


 そこであたしはあっと思いたち、メイドさんにバケットを一本差し出した。彼女は何のことかわからないようで、また首を傾げる。


「これ、つまらないものですが、お裾分けの御礼です」


 そういうと、彼女はにっりと笑って、バケットを受け取ってくれた。


「ありがとうございます。いい匂い。お嬢様にお渡しいたしますね。」

「あ、もし、エレノアがいらないって言ったらメイドさんが頂いてくださると有難いのですが…」

「かしこまりました。たぶんエレノアお嬢様は喜ばれると思いますよ」


 彼女がそう言ってくれたことに嬉しくなる。

 もう一度室内を見ると、先ほどと変わらず静かに、でも楽しそうに食事をとる二人が見えた。


(よし、頑張れ、ウィルたん!)


 何もできないので、せめて心の中で応援をし、あたしはその場を後にした。

エレノア補給回

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