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知っていることは幸せなこと

「ねぇ、カナ聞いた?」


 一度マックの部屋でご飯を食べてからは、なんとなく彼の部屋にみんなで集まるのが普通になっていたからアリサの部屋で二人で集まるというのはやや久しぶりな気がする。

 あれから季節は巡り、今はもう初夏になっていた。山奥にある本部は街に比べると比較的涼しいが、それでもじんわりと汗が浮かぶ日が増えてきた。

 定時ちょっと過ぎに仕事を終え、食堂で夕飯をとっていたところで彼女に声をかけらた。お互いさっぱりしたかったので、一度シャワーを浴びてジャージに着替えてから彼女の部屋に遊びにきたのだ。


「なにを?」


 アリサはなんとなく浮かない顔をしている。普段なら、ストレッチやらマッサージやらなんだかんだ自分をお手入れしているのに、今日は珍しく枕を抱きしめたままじっとしていた。


「ウィルのこと…」


 彼女の歯切れの悪さに、彼の出生のことかなとは思ったが、今世で話を聞いたわけではないから、ここで頷くわけにはいかない。


「ウィル、どうかしたの?」

「相変わらず疎いわねぇ…」


 彼女のおどけた冷ややかな視線も今日はどことなく力がなかった。


「何年も前から、ある地域で度々子供が神隠しにあう事件があって、ずっと調査を続けてたのね。今年に入ってからいなくなる頻度があがったから、ウィルたちも一班として、調査に出てたんだけどさ…」


 もともと魔力も強く優秀で、この一年ちょっとでいくつかの大きな事件を解決している彼らは、いまや名実ともに期待のエース班として扱われているらしく、今回も事件が起きている中心地に配置されたそうだ。


 そこからの事件の説明は、小説に書かれた事件の内容とまったく一緒だった。


 まだ三歳の自分の娘に対して性欲を覚えてしまったある男がいた。それに気づいた妻が娘を守るために離縁を迫ると、自分から娘を奪おうとする妻を憎み、殺してしまう。

 手をかけた時は衝動的だったものの、落ち着いて考えるとこれで良かった、これこそ最良の手だったのだと納得し、庭に妻の死体を遺棄してその上に小さな個人用のメリーゴーランドを設置した。

 娘には母親は出て行ったと説明。男は娘と二人で甘い幸せな時間を過ごすが、そんな彼にとって夢のような時間は長くは続かなかった。

 娘は六歳の誕生日、男が二人だけで開いた誕生日パーティーの最中に倒れたメリーゴーランドに押しつぶされ死んでしまう。

 娘の死を受け止めきれない男は、死んだ娘に似た、小さな女の子を攫っては、お誕生日パーティーを開く。その子が六歳になる時に。

 だけど、必ずそのお誕生日パーティーの日に男は子供を亡くすのだ。偶然なのか故意なのか今となってはわからない事故で。

 何年か毎とはいえ、誘拐が続く地域では警戒が強まり、以前より子供を連れてくるのが難しくなった。

 どう連れ去ろうかを悩んでいた男は、必ず子供に好かれる魔法がかけられた変身マスクを悪魔から渡される。サーカスのピエロのような風貌のそれの力は絶大で、男は何をする時でも常に身につけるようになった。

 そして男は闇にとりつかれ始める。はじめこそ、娘に似た少女を探していたが、だんだんと間もなく六歳になる子供を攫い始めた。

 そう、男はいつしか娘の面影ではなく、お誕生日に最愛の子供をなくす悲劇を楽しむようになっていた。

 驚くことに彼は実に20年以上の間、26人の子供達と悲しいお誕生日パーティーを繰り返し繰り返し開いていたのだった。


 捕まえた男は魔法で拘束し、本部に連れ帰られた。悪魔の道具を取り上げられ、尋問されている最中に男はモニターで見ていた司令部に言ったと言う。


 俺を捕まえた紫の瞳の男を昔連れ去ろうとした時、母親だという淫魔に邪魔された。そこで、人を魅了するピエロのマスクをもらったのだと。


「それで、今ウィルは…」

「一応、作戦にも取り調べにも参加させられないから、実質部屋で軟禁状態。まだ本当にサキュバスの子だって証明されたわけじゃないし、彼が今まで何をしたってわけでもないんだけど…」


 司令部、戦闘職種、研究室が協力して男の取り調べとウィルの解析をしているらしい。


「ウィル自身も自分の出生には思うことがあるみたいで…男の言葉に相当ショック受けてるみたいで…。自らを進んで軟禁してる感じ」


 そして、その騒動があってから今日で三日目だが、部屋から一歩も出てないらしい。


「司令部でもね、勿論今までの功績とか彼の人となりを考えれば、そんなことないだろうって人もいるんだけど、誰も『悪魔であってもウィルなら大丈夫』とは言わないし、『彼は悪魔じゃない』とも言えないの。結局、悪魔かもしれない、危険かもしれないって方が勝ってしまっていて…。そんな状況間違ってるってわかってはいるんだけど」


 この世界では悪魔は人間の心の闇を増幅させた存在として出てくる。

 心優しい悪魔とかはいるのかもしれないが、人間の世界に関わり合いがないからか知られていない。あくまで、我々にとって快楽と欲望と悪意を世に増幅し撒き散らすために存在していると考えられている。

 そして、それらは普通に暮らしてる人には思いつかない内容のため、あたしたちは予想外の悪意に対し、常に怖れてを抱いて生きている。


「でもさ、悪魔の子かもって言われたら、やっぱり怖いなって、ちょっと私思っちゃって、信じてあげられないんだ…」


 自分の中でもどうするのがいいのかわからないとアリサは膝を抱えた。出会ってから、特に仕事に関わることに関しては大人でしっかりしている彼女のその姿に、事態の重さを感じる。


 でも、あたしは知っているのだ。


「ウィルは大丈夫だよ」


 あたしは小説で読んだのだから。信じる以上に知っているのだ。

 彼はマックたちの協力を得て、いつまでも軟禁状態の本部を抜け出し、実家や、父親・母親を訪ねて…つまるところ自分探しの旅をし、そして色んなことを乗り越えて、またここに戻ってきてくれること。一緒に戦ってくれること。

 あたしがそう確信を持って言うとアリサもちょっと安心したように笑った。


「あんたはいつも自信なさげで萎縮しがちなのに、時々すごい自信持ってもの言うわよね」


 くすり、と笑うと彼女はおもむろに立ち上がって隊服に着替え始める。


「ぐちぐち言ってすっきりしたわ。とりあえず、あたしにできることもっとしてくる」


 司令部に戻るのだろう、いつもより雑に化粧をはじめるアリサの背中を、あたしは心強く誇らしく思いながら見守ったのだった。

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