第8話:出会い(2)
じゃあ何であたし?
ついさっき知り合ったばかりの人に頼むなんて、何かよっぽどの理由があるのだろう。それでも、唐突すぎて、道の真ん中からいきなりピエロが現れたようだ。そのピエロはどうもこちらに話しかけているようで、滑稽な服に包まれて手を振っている。
ここはひとつ、手を振り返してあげるべきなのか。
「そんな簡単に決めていいんですか。」
この人の真意をつかもうと、慎重に言った。
「簡単?ああ、確かに決め方は簡単かもしれない。間違ってるかもしれない。てか、普通しないだろ。けどさ、なんつーか、その、俺にとっては一大決心だった訳よ。」
彼はわずかに困ったように答えた。
「あたしに頼むのが、ですか。」
「はぁ?」
眉根を寄せられて、桃香も少しむっとした。
「何でおまえに頼むのに、一大決心なんかしなきゃいけねぇんだよ。
そうじゃなくって、生徒会長に立候補するってことがだよ。そんなめんどくさいことする気はなかったんだけど、でも、どうしてもやってみたい理由ができてさ。それ、どうしても実現したいんだ。俺にできるっていう自信がある訳じゃないけど、俺しかやろうとしないだろうし、だからこそ全力を尽くす。」
「何をですか。」
「それはまだ言えねぇ。けど、俺が生徒会長になれたら、約束するよ。がんばるから。東高を根本から変えるんだ!」
桃香はあっけにとられて、ひとり熱くなっている少年に見とれた。かける言葉を探していると、ふたりの間の温度差に気付き、彼は涼しげな顔に戻った。
「悪ぃ。誰かに言ったの初めてだったから、つい。駄目だなー、言い出したら止まんねぇや。」
「あたしに立会演説されても困る。」
「まじ?それっぽかった?」
「どっかの政治家っぽかった。」
桃香が口をとがらすと、彼は「ははっ」と笑って、桃香をじっと見据えていった。
「じゃあ、やってくれる?」
「えっ、無理です。第一、あたしあなたのこと何も知らないし。」
すると、彼は待ってました、と言わんばかりに、
「なら、俺のこと知って。」
とにやりとした。
その後、二人は本などそっちのけで話を続けたが、あまりにもうるさくて、司書に注意される始末だった。その結果図書館を追い出され、なお決着がつかず、図書館の入り口のベンチでわいわいと話をした。
そしてとうとう、桃香は言いくるめられてしまった。桃香自身は、まだ了承していないつもりなのだが。
その話の中で分かったこと。「俺のこと知って。」という発言に忠実に、彼が自己紹介をしてくれたので、桃香は多少なりとも彼のことを知った。
名前は宮本瑛太。
外見に似合わず、趣味は読書で、こうやってよく図書館にも通っている。読むのはもっぱらファンタジーものが多く、最近は古典にも興味を持ち始めた。
桃香もファンタジーしか読まなかったが、高校生にもなったのだから、少しは難しそうなのにも挑戦してみたいと思っていたところなので、今度いろいろお薦めの本を紹介してくれる約束をした。
縛り付けられるのがいやなので、部活は入っていないらしい。そのことを教えてくれたあと、付け加えるように「ちなみに彼女もいないよ。」と言ったのがフラッシュバックして、クスリと笑った。
宮本瑛太の情報を指折り思い出していくうちに、ある事実に気が付いて、桃香は愕然とさせられた。
あたし、ほとんどあいつのこと知らない!むしろ、あたしのことばっか話してた!!
組から家族構成から部活から…。全部覚えたなら、桃香のことをかなり網羅したことになる。
メールアドレスさえ交換せずに、バイバイをしてしまったようだ。とくに欲しかったわけでもないが、携帯を握りしめ、何となく後悔をした。