第6話:ふたりとひとり
やっと言いたいことも言えて、それからの授業は順調にすぎていった。
かなこと亜矢も、なんだか嬉しそうな後ろ姿を見ては、二人で目配せし合ってくすくすと笑った。
そんな中、かなこは筆箱で隠しつつ、プリントの切れ端に手紙を書いた。
【DEAR→あや 早坂蒼って、サッカー部らしいョ♪放課後、チョット偵察に行ってみない??もちろんあの娘には秘密でサ★】
【オッケーwちゃんと任せられる相手かどうか、このあたしが見てあげようじゃないか。】
かくして、桃香には秘密の偵察部隊が結成されたのである。
そして放課後になった。
桃香はいつものように、二人のところにやってきて、「かなこ、部活いこ?」と誘った。
ちなみに桃香とかなこは美術部に属していて、亜矢はバレー部だった。
「あ〜、ゴメンっ。今日課題出し忘れててさ、先生に呼ばれてるの。だからすごい遅くなっちゃうから今日ムリ。」
「え〜、何やってるの?ダメじゃん。」
「ゴメンゴメン。」
「え〜、せっかくデッサンしあげようって言ってたのに。」
「明日は行くから。」
桃香は不満げな顔で納得すると、亜矢にバイバイと手を振って、教室を出て行った。
亜矢はじろりとかなこを見下ろして、
「あ〜あ、あんた悪いやつだね。あれ、怒ってないか?」
と言った。
「まぁしかたない。これも桃香のためだ。それに亜矢だって同罪でしょ〜。」
と言い返し、二人はグラウンドに向かった。
桃香は仕方なく一人で美術室に向かったが、誰も来ていなかった。電気すらついていなくて、ひんやりとした室内に、古い絵の具と石膏のにおいが立ちこめている。今挑戦中の石膏はモリエールというおじさんで、薄暗い中、自然な太陽の光が当たっていた。石膏にもいろんな顔があって、男も女も金持ちも貧乏もいる。
その中でも、モリエールは品のよいおじさんといった風体で、たっぷりとした長髪に、口ひげがついた、目の大きい人なのだが、桃香はけっこう気に入っていた。描いている間は長いこと見つめているので、なんだかだんだん惚れてくる気がする。
「いつもよりかっこいい…」
暗い分、陰の部分が広くて、ドラマチックになっている。
がちゃり。
と、そのときドアが開いた。
「お、小谷か。」
「あ、顧問。」
「今日は人が少ないなぁ。まぁわしも今日は帰るわいな。したかったらしていけばいいが、戸締まりはちゃんとしとけよ。」
「あ、はいっ。」
顧問はモリエールの方に目を細めると、うんうんとうなずいて、静かに美術室をあとにした。何となく去っていくのを眺めていたが、ふと静けさに気付いて、無性に寂しくなってきた。
モリエールとあたし。ふたりぼっち。…かなこ来ないし。
たたずんで迷っていたが、
「あたしだけ進んじゃってもダメだ。おしっ、今日は図書館行こう!」
心を決めると、くるりときびすを返して、桃香も美術室をあとにした。