第10話:あいつ
恋ってめんどくさいなぁ…。
まだ始まったばかり、いや始まってもいないくせに、桃香はため息をついた。
いらないことで喧嘩するし、メールの内容を考えるのも大変だし、普段より考えなきゃいけないことがいっぱいあるんだもん。かなこは蒼君のこと、好きなんじゃないかな。あたしがいるから遠慮してるのかな。
かなこが怒ってから、何となく気まずくなって、早坂蒼の名前を口に出さなかった。本人とは2,3日に一回はメールを続けているが、自分のことを好きという兆しは全く見えない。亜矢に話しても、チェリーボーイなんだよと決められた。
桃香はベッドにダイブして、足をばたばたさせた。山に向かって、思いっきり叫びたい気分。さもなければ、破壊したい気分。恋という甘ったるい衣装を脱ぎ捨てて、駅の広場で裸で踊り出したい。
たかが恋でこんなに悩むとは思わなかった。
これも桃香が恋に免疫がなさすぎるせいだろう。
もっと簡単に、素直になっていけばいいのに。好きなら好き、嫌いなら嫌い。
胸の奥で、もうひとりの桃香がいった。
素直に?
そう、Take it easyよ。蒼君のこと好きなの?
うーん…。
そのとき、携帯がぶるるると震えて、メールの受信を告げた。
ごろんと寝返りを打って手に取ると、噂の人で、蒼君だった。
【課題終わった?俺、ヤバイ〜今必死でやってるとこ。
話変わるけど、来週の日曜にサッカーの試合があるんだ。よかったら応援しに来てよ。
そしたら頑張る!笑】
読み終わって、返信を押しかけたが、ためらってそのまま携帯を閉じた。
蒼君のこと、まだ好きじゃないみたい。だって、直接話したことないんだよ。
もうひとりの桃香に話しかけたが、胸の奥はしーんと静まりかえって、返事はなかった。
もう寝ちゃったの?おやすみなさい。
桃香も目を閉じた。
翌朝、廊下で久しぶりな顔を見かけた。
図書館で会った、自称次期生徒会長である。名前は宮本瑛太。あいにくの記憶力でばっちり覚えてしまっているが、相手もそんな記憶力を持ち合わせていないといいのだが。さっさと忘れて、別の応援演説者を見つけ出して欲しい。
彼は階段を上がるかと思われたが、目が合うとこっちに向かって歩いてきた。
「おはよう。」
覚えてたぁー。ちょっと渋い顔をしながら、
「おはよう。」と返した。この人、人を見透かしたように笑うから苦手だ。
「考えてくれた?」
「何のことでしょう。」
「とぼけてみたって無駄だって。応援演説、やってみる気になった?」
「あのさ、それやっぱり他の人に頼めないかな。だって、あたしとかムリだよ。知り合いになったばっかだし、それも何か無理矢理っぽかったし。それに、結局あたし、宮本君のことほっとんど知らないままなんだけど。」
「えー、この前だいぶ説明したじゃん。」
「はぁ?どっちかっていうと、あたしばっかり言わされてたよ。後で考えてみたら、宮本君のことで知ってることって、名前でしょ、部活でしょ、それから本が好きってことくらい。」
桃香は指折り数えて、三本指を立てて見せた。「ほら、これだけじゃん。」
瑛太は馬鹿にした目つきでふっと笑った。
「あのとき俺ら、どれくらい話してたっけ?かなり長いこと話してたよな。」
桃香はとまどいながらも、「1時間くらい…、いや、もうちょっとかな。」と答えた。
「それだけ話しておいて、たった3つしか情報をもてないって、おまえどんだけ馬鹿?」
「馬鹿?あたしが?」
「そうとしか言いようがないだろ。俺のこと知るはずが、自分のことばっかぺらぺらぺらぺらと。」
「何言ってんの。もともと、あんたから話さなきゃいけない立場だったんでしょ。聞かれなくても普通自分から言うのが礼儀ってもんよ。それを何がぺらぺらぺらぺらって。あたしだってそんなに話したい訳じゃなかったのに…、てか、もうじゃあ何も言わない。もう自分のクラス行ってよ。」
馬鹿にされたのが悔しくて、桃香は相手を突き飛ばすようにして教室に入ろうとした。
「おい、待てって。」
瑛太に肩をつかまれ、仕方なく振り返ると、
「じゃあ今度は自分から、話してあげるから。」
と、瑛太が言った。
「別にもう興味ないんだけど。」と冷たく言って、肩の手を払うと、瑛太はもう一度捕まえて、
「そう言わずに。自分だけ知られて終わりとか嫌だろ?次の日曜、空いてるか?次の日曜の朝十時に、駅で。」
それだけ言って、すぐに手を除けると、さっさと上の階に上がっていった。