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ステルス~見えない恋心 気配


 トイレに行きたくなってきた。ベッドから起き上がり、トイレを探す。ここは救護室だから、6階だったかな…船は巨大なビルのよう。客室区画から船員区画、倉庫や燃料区画、機関部・操舵部・調理室・通信室、カジノにプールにスパ、シアターにイベントホール・バーなどとにかく広い。救護室は比較的上の区画にある。下には大体船員区画。なぜなら船の底面に近づくにつれ海面下になるので、日の光が当たらない。優雅なクルーズをしに来ているお客様をそんな区画に入れるわけにはいかないのだ。

「トイレ・・・」

「あっ」

トレイに朝食を乗せて、森田さん登場。なんでこんなタイミングに現れるのか…。

「おはよう沙希。飯食え、ほら、部屋入って。」

「あ、おはようございます。でも、トイレ行きたくって・・・」

「んあ?そこ出て右にあるから早く行って来い」

「ありがとうございます。」

小走りでトイレへ向かう。っと…

「あ、沙希ちゃん大丈夫?」

ここでトモさん登場!トイレまで5m。だから、こんな時になんで…

「すみません、ト、トイレ言ってきます!」

謎のトイレ行きます宣言をしてしまった。恥ずかしすぎる。

 

 「さっぱりしてきたか?」

ニヤニヤして森田さんが救護室の私が寝ていたベッドに腰掛けていた。ベッドに腰を掛けるなんてセクシィなことやめていただきたい。カッコ良すぎてまた眩暈がします。

「・・・はい。お陰様で。」

ベッド横の椅子にトモさんが座っている。

「沙希ちゃん頑張りすぎだったんだよ。最近、すごい頑張っていたし。」

トモさんが心配そうな顔でこっちを見ている。優しい人だなぁ。

「あ、そうでしょうか…。自分では自覚症状がなくって。」

「今日は休日だろ、ゆっくり休めよ。チーフ心配してたぞ。休みもっとあげたいけど、沙希は戦力になるから、なるべく一緒に仕事したいってさ。」

わたし、そんなポジションじゃなかったのに、数日でかなり頑張ったからかな。少し信頼関係出来てきているみたいでなんか嬉しい。

「ありがたいです、チーフにそんな風に言ってもらえるなんて…。」

「沙希ちゃんの頑張りもだし、笑顔見るの皆楽しみにしているから、早く元気になって。これ食べて。」

トモさんがチョコレートをくれた。うわぁ、久々のチョコレート…おいしそう。

「ありがとうございます。これ食べて元気出します!」

ニコッと笑ってみた。トモさんが目をそらした。あ、デートの返事・・・

「お菓子は飯食ってからにしろよ。じゃ、昼また来るから。トモ、戻るぞ。」

「あっ、はい。それじゃ沙希ちゃんまたね。」

「わざわざありがとうございました。」

ベッドから立った森田さんが、ふと足を止める。ベッド横の机に目をやる。

(いちごミルク?・・・あいつか。)

「沙希。」

急に森田さんが強めの口調で言った。

「関わる人間は、しっかり選べよ。」

「は?はい…。」

なんだったんだろう。トモさんに警戒しろってことなのだろうか。いや、私が変なことに首突っ込んで夜更かしでもして体調崩したとでも思っているのかな。私は大丈夫ですよ、森田さん。ちゃんと、情報通のコンノさんから情報随時仕入れてありますから。


 森田さんのご飯はおいしいな。さすがあの若さでチームシェフの副チーフ。完食し、周りを見渡す。喉がかわいたなぁ…って、おいしそうないちごミルク発見!そうそう、誰かが差し入れてくれていたんだっけ。ごくごく…おいしい!久々にこういう甘ったるいの飲んだ気がする。はぁ~、他人就業も楽じゃないな。今頃彬人なにしてるんだろう、心音は誰が面倒みているのだろう。軽い気持ちでこんなことしてしまったけれど、本当に胸が痛む。世の中の子育て中のお母さん達全員から、冷たい目で見られるだろうな。でも、誰もが1度は思ったはず。人生やり直せたらな、とか…。はぁ、もし私を彬人が見離して、安楽死なんてさせたりしたら本当にどうしよう。私死んじゃうんだ。心音の成長を近くで見守ることもなにも出来ず…彬人を支えることも出来ず…死んでいくのか。今更後悔したって遅いのに、わたしの頭の中が私でいっぱい。


 「しっ、失礼しまっす。」

あれ?誰だこの声。今までに聞いたことのない…自信の無さそうな、そして全くやる気がないような、そんな声。救護室に入ってきたのは小太りで、顔も髪もなにもかも地味~な同年代くらいの男の子だった。

「自分、チームクリーンの、牟田口むたぐちと言います…。清掃に、参りました。」

元気が、というか生きる意欲というか…もう覇気が全くない。私よりこの人が救護室で寝ていたほうがいいんじゃないだろうか。

「どうも、わたしはチームママの立花たちばなです。」

・・・返答がない。牟田口くんは、持ってきた道具をちゃちゃっと出し、さっさと掃除を始めた。これは、無視か?私が邪魔とか?

「あの。私ここから出て行った方がいいですか?」

「いえ、別に、どっちでも…。」

目も合わさずに黙々と掃除をしている。どうりでこの部屋こんなに綺麗なわけだ。それにしても、この人大丈夫かな?クリーンの仕事は本当に目立たなくて、地味で、嫌になるような汚れ仕事ばかり。でも私個人的には素晴らしい仕事だと思う。私には出来ない。掃除苦手だし、育児休暇中も家の掃除洗濯サボってばかりで、彬人が帰ってくるのギリギリになってから慌てて掃除してたっけ。“デキる妻”と思われたくて、もがいてた…。クリーンの人が毎日一生懸命仕事をしてくれるお陰で、わたし達は船内生活を気持ちよく送ることができる。お客様に最高のサービスを提供することができる。

「終わったので、これで失礼します…。」

あ、掃除終わったみたい。

「こんなに綺麗にしてくれて、どうもありがとう。」

「・・・どうも。」

牟田口むたぐちくんは救護室を出て行った。一度も目を合わせてくれなかった。


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