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休みの過ごし方

 

 今日も昨日好評だった髪型とナチュラルメイクでせっせと働く私。3日目で、大分仕事の流れとか、わたしのポジションが確実なものになってきた。ん?今朝はトモさんを見ていない。船内休日かな?…この職場独特の“船内休日”というものがある。航海期間が長期にわたるとき、船内でお休みをいただくということ。自分の仕事はもちろん、若手乗組員が食事の用意から片づけを手伝ったりする行為、掃除など一切やらなくていい日。労働ナントカ法で決まっていることらしく、船内休日の日は問答無用で休んで良いのだ。でも、ご飯はちゃんとわたしたちチームママがいつも通り用意しているので、ご飯さえ食べに来れば後は寝てて良し、遊んで良し。わたしが乗ってるこの豪華客船はプールがついていて、そのプールも船内休日時なら利用可能(入浴料3000円は必要ですが)!なので、この忙しい船乗り生活のひと時のオアシスが船内休日。トモさんを見ないのはきっとトモさんが今日そのお休みの日だからかなぁ…と思った。

「おい、沙希。朝食1人分余ってるけど誰か食べに来てないんじゃないか?」

チームシェフの森田さんが聞いてきた。こうやって周りをしっかりみているところも仕事ができると言われている理由のひとつなのかな。

「きっと、トモさんだと思います。今朝見ていないので…」

「トモ今日休日か?食わないなら欠食とあいつならちゃんと言うよな。」

休日は寝坊したいから、などご飯いらないよという意思表示を“欠食”を希望するといいます。明日の朝欠食でお願い~といった感じで、大体の人が前日の夜までにチームママの誰かに言ってくれるんだけど…

「欠食希望、きてないんです。」

「それはおかしいな~。トモの部屋見に行ってやれよ。」

「えっ、いや、男性の部屋に行くなんて・・・」

「沙希、俺に行けと言いたいのか?」

あ、森田さん怒った?

「いやいや、そんなつもりじゃなくって。あの、行っていいものかと。」

「いいに決まってるだろ。ほっといて死んでたらどうすんだ」

「わたし、一応女だし・・・」

森田さんが爆笑した。うわ~笑った顔もめっちゃカッコイイ!目の保養になります、感謝。

「一応、ってなんだよ!面白いこと言うなあ~沙希はちゃんとした女だよ。でもトモは恋愛対象外だろ?俺のほうがカッコイイし、トモは不器用な男だしな、だいいち・・・」

遮るように言い放った。

「行ってきます!」

ダーッシュ。森田さんは本当にカッコいいけどチャラすぎる。おまけに自分がカッコイイと自覚しているから、なんだか上から目線。わたし的にトモさんは対象外じゃないし!ちょっと不器用なくらいがカワイイし、付き合っていて互いに成長できて楽しいはず。森田さんみたいに付き合い慣れているような人だと、簡単に弄ばれてポイッと捨てられそうで、怖いもん。

「なんだあいつ、人の話最後まで聞けよな~」

ブツブツ言いながら1人前余った朝食の片づけをする森田さんでした。


 確かこっちだったよなぁ…トモさんの部屋。男性の居室にノックするなんて初めて。ノックは今野さんと智里さんへしかしたことがない。ドキドキ。居室のドアに“TOMO”と立体的なシールが貼ってある。ここだ。

(トントン。)

し~ん。反応なし。寝ているのかなあ?なら放っておいていいか。ふとさっきの森田さんの言葉が頭をよぎる。

(「ほっといて死んでたらどうすんだ」)

ドアノブに触れる。ごめんなさい。無断でドア開けること、後でちゃんと謝りますから。

(ガ・チャ・・・)

あいた!鍵がかかってなかったみたい。小さな声で、

「失礼しま~・・・す。」

部屋は暗い。カーテンが閉まりっぱなしなんだ。トモさんの私物かな?パソコンが待機状態になって熱をもっている。昨日から電源が入りっぱなしなのかな、本当に心配だよ~。

「トモさ~ん、沙希です、体調崩されてるのですか・・・?」

作り付けのベットでぐったりしているトモさんを発見。

「あ、沙希ちゃん?今、何時?」

トモさんがしゃべった!良かった、死んじゃってるかと思った(森田さんのせいで本当に不安になったんだから…あとで文句いってやろう)。

「今、7時半です。」

「うわっ、マジかよ」

起き上がるトモさん。暗くてはっきり見えないけど、寝癖?で髪型が崩れている気がする。カーテンをあけたところで、なんだかフラついている。明るくなった部屋で、はっきりわかった。

「トモさん・・・熱があるでしょう!顔が、真っ赤です、横になっていてください!」

「え?えーっと、うん、頭が痛いね、風邪かな」

「今、体温計と、なにか冷やすものと、薬もらってきますから」

「あ~、助かる。今日休日だから仕事は大丈夫なんだ」

「仕事より自分の体の心配してください、またすぐ来ますんで!」

通路は狭くて走ると危ない。早足でチーフのところに行く。今の時間だと…食材選びで冷蔵室にいるかな?階段を下りる。乾物庫、米庫、野菜室、冷凍室…やっぱり冷蔵室にいた!

「チーフ、トモさんが高熱でダウンして…朝も食べれてないんです」

「なんだって?!」

チームママ、なぜママと呼ばれるかというと、乗組員のご飯を用意するからが一番の理由。そして乗組員の身の回りのお世話もするからまさにみんなのママなのだ。常備薬などの管理もわたしたちチームママがしていて、どんな人でもチーフに一声かけて薬とか絆創膏をもらっていく感じ。

「トモが風邪だって?」

「そうなんです、ベットから起き上がるのがやっとって感じで…今日は休日らしいんですけど」

「今日休みでも明日にピンピンに治る保証はねえからな。エンジンのチーフには俺から伝えとく。沙希、おかゆでも作ってやれ。俺が氷枕と薬持って様子みてくっから」

「わかりました。出来たら部屋に持って行って大丈夫ですか?」

「おう、頼む。」

チーフが駆け足で階段をあがっていった。わたしも続いて階段をあがり調理室へ急ぐ。調理室には森田さんがいた。あ、ずっと待ってたのかな。

「あいつ、生きてたか?」

「半分死んでましたよ!冗談でもあんなこと言わないでくださいっ。本当に心配だったんですからね!」

「あ~、そんなに心配だったの?妬いちゃうなぁ」

「そういう冗談も時と場合を選んで言ってください。」

「うわ~冷たい!ほらよ、おかゆでも作ってやるんだろ?米は1合炊いておいたからこれ使いな。汗かいて塩分不足するだろうからシラスでもいれてやれよ」

あぁ、またこの人の視野が広い。私の行動見越して準備してくれていたんだ。

「・・・ありがとうございます。そうします。」

「じゃ、頼んだぞ。」

「はい。」

ん?頼んだって?わたし、あの厳しいチームシェフの森田副チーフに、仕事を任せてもらえたんだ…。たとえ小さな仕事でも、任せてもらえるって嬉しいな。お米を柔らかく煮る。森田さんが話した通りにシラスでちょっと後をひく塩加減にした。色味に野沢菜とカニかまぼこをいれてみた。器にふたをして、お盆にセット。おっと、れんげも持っていかないとね。あと…薬を飲むのに水が必要かな。それに、水分補給は回復に欠かせないんだからイオン系飲料でも持っていかないと…。残念ながら、その類のジュースは乗組員も自動販売機で自腹を切るしかない。長い航海だと自分の飲み物とかタバコとかを居室に積み込む人がたっくさんいる。わたしはなんにも積んでいない。まさに船乗り初心者、ジュースやアイスで一息つくにも蓄えがないから毎回自腹。今日はトモさんのためだし、自腹でもいいかな。500mlペットのイオン系飲料を2本、自動販売機で買って…よし、持っていこう。

「あれ、沙希ちゃんおはよう。どこいくの?」

お~っと今野さん登場!どこ行くかチェック入れてきたか…

「おはようございます今野さん。エンジンのトモさんが風邪みたいで、おかゆを」

「持ってくとこなのね、沙希ちゃん、ちょっと待ってて」

今野さんは部屋からマスクを2つ持ってすぐに戻ってきた。ん?2つ?

「はい、これつけて。船内は乾燥気味だし、沙希ちゃんママなんだから風邪うつったりしたら大変よ。自分の体大事にしなきゃ。」

「すみません。ありがとうございます。」

今野さん、しっかりしているなぁ。たしかに調理に携わる私が風邪をひいたらおしまいだ。自分の立場をわけまえて冷静に行動すべきだった。

「んじゃ、行こっか」

あ、今野さんも行くんだ。だからマスク2つもってきたのね~

「はい。」


 トモさんの部屋にはうちのチーフとエンジンのチーフが来ていた。今野さんが通る声で

「トモくんのご飯、持ってきましたよ~」

と言いながら2人のチーフの間に入る。う~ん、強い。

「あ、コンノさん、すみません。」

トモさんがなぜか謝る。

「違うの、沙希ちゃんがおかゆ作ってくれたみたいだよ。それにジュースも買ってくれたみたい。トモくん良かったね!」

「あ、マジっすか。沙希ちゃん、ありがとう。」

今野さんの後ろでお盆を持っているわたしに目を向け、お礼を言ってくれたトモさんの顔は相変わらず真っ赤だ。これは相当つらいだろうに…

「いいえ、とんでもないです!おかゆ、食べてお薬飲んでください」

「おお、沙希気が利くなあ。俺薬だけ持ってきて水忘れてたからよぉ。」

うちのチーフが照れ笑いをしながら言った。わたしがなにも考えずに突っ走ったのはチーフに似たみたい。

「女の子2人もお見舞いに来てもらって~トモ幸せもんだな!」

エンジンのチーフがガハハと笑いながら言う。この人は、エンジニアというより海賊だ。髭もじゃで小太り、いろんな部品をいじってるせいか、爪が黒っぽい…イケてないけど、きっといい人なのだろう。エンジンのチーフを悪く言ってる人、見たことがない。

「飯は食べれるだけ食べりゃいいから、置いとけ。昼にまた沙希に病人食作らせて持ってこさせるからよ」

チーフ、それってまたわたしに仕事任せてくれるってことですよね。1人前でも好きに料理していいって言われるの、とっても嬉しいです。

「本当、ママにまで迷惑かけてすみません。」

「トモ、お前は風邪パリッと治すのが先決だ。それまでエンジン作業も休みだってよ。」

エンジンのチーフ(何度見ても海賊…)がうなづく。

「わかりました。一日も早く治します。」

「それじゃ、またお見舞いに来るね、行こうか沙希ちゃん。」

今野さんがこの部屋を出るようにソフトに促してくれた。

「はい。トモさん、お昼にまた来ますね。」

「コンノさん、沙希ちゃん、マジ感謝です。はやく元気になりますから」


 昼の調理がひと段落したころチーフが耳元でヒソヒソ。

(「沙希、先に飯食べろ。んで、トモの分用意してやってくれ」)

(「わかりました、お先にいただきます。」)

朝はおかゆだけだったし、お昼はいろんな栄養をとってもらいたいけど…熱出ていたらなかなか食欲はわかないもの。具だくさんスープでも作って、少量のリゾットを添えて、あと体冷やす効果のあるトマトのカットでいいかな。キャベツ、ニンジン、シメジ…野菜たっぷりにして、いいダシのでるソーセージも何本かいれて、コンソメと塩コショウで味付け!胃に優しいポトフってとこかな。彬人が二日酔いのとき、作ってあげたのに食べてもらえなくてケンカした時があったな…私はお酒に強い体質らしく二日酔いなんて経験したことなかったから、食べ物見ただけで吐き気がするなんて考えられなかった。懐かしいな、あのときは全然彬人のこと考えてあげれてなかったな、わたし。ただ、作ったもの食べてもらえなかったのが悲しくって。子供みたいに泣いたんだっけ…

「ポトフみたいな顔して~」

ハッ、と我に返る。その変な絡みは

「ヒデさんじゃないですかぁ!」

昼間にヒデさん、というかチームワッチの人見るなんて、珍しい。ワッチの人は夜勤が多いから、昼ご飯食べたら速攻また居室で仮眠。だから、超レアなのだ。

「なに作ってんの?夜食、昼から作るのは早すぎじゃない?」

「これ、エンジンの人に持っていくんです。」

「なんて人?」

「木田さんって人です。風邪をひいたらしくって」

「あぁ~、あいつな。で、手料理を振舞ってんの?」

「チーフに頼まれたんです。」

「これは、チャンスだぞ。」

ん?ヒデさんはなんのことを言ってるんだ?

「何のチャンスですか?」

「あいつをオトコにするチャンスだってことだよ。」

「え・・・?」

「弱ってるところにオンナの優しさって効くんだよな~、昼飯代わりに襲われちゃうかもよ。あいつ自分の女欲しそうにしてるし」

いやらしい言い方。この人確か奥さんいたよね。変な話はしたくないから、乙女チックな話にもっていこうっと

「ヒデさん、奥様と出会ったとき、運命をビビッと感じたりしましたか?」

「そんなのないよ。幻想だね。お前、運命の赤い糸なんて信じてんのか?」

「信じてます。ヒデさんみたいな夢のない大人とは話したくないです。」

「お、言うねぇ~!」

「じゃ、持ってくので失礼します」


 もう、昨日話した感じじゃヒデさん楽しそうな人だと思ったのに、ちょっとヤなとこある人なのかも。トモさん悪い人じゃなさそうなのに…あんなチャラいっぽいこと言ってヒドイ。って、わたしはなにトモさんをかばっているんだろう。気になっているのかな。

(トントン。)

「ふぁ~い」

覇気のない声。まだ薬が効いてこないのだろうか…

「あの、沙希です。お昼ご飯持ってきました」

「おっ」

(ガサガサ…ガチャ)

真っ赤な顔のトモさんがドアを開けてくれた。

「ありがとう。朝のおかゆおいしかったよ~」

笑って話してくれているけど、かなり無理をしているのがわかる。

「座っててください、今用意しますから・・・」

「うん、頼む。」

お盆から器をテーブルに移す。

「どうぞ、具だくさんのポトフです、きっと元気になりますよ!」

「うわ~いい匂い。沙希ちゃん本当にありがとう。」

「いいえ、ママの仕事ですから」

「あのさ沙希ちゃん。今回入港したらどっか行かない?」

今回のこの客船の行き先はアメリカ西海岸。サンフランシスコに入港に3日停泊する。パスポートは私たち船乗りには必要ない。船員手帳という身分を国際的に証明できるものを持っているから、入国は簡単だ。でもアメリカにいきなり一人放り出されても…なにもできないし上陸しなくてもいいやって思ってた。停泊している間のお仕事は交代交代で組まれていて、家族を現地に呼んでいる人には優先的に休みをあげる優しい上司も中にはいるらしい。エンジンのチーフは、見た目はあんなに海賊で恐ろしいのに、実はそういう優しさを持っていたのか…?

「トモさん、それって…」

「デートのお誘い。」

ニヤリと笑ってトモさんがなぜかピースをした。顔が真っ赤なのは熱のせい?それとも…

「チーフが休みくれるかわからないのでまだなんとも・・・」

「わかった。チーフに俺からお願いしておく。」

「とにかく、トモさんは風邪を治すのが先決!この話はそのあとしましょ!では、また晩ご飯おもちしますからね!失礼しましたっ!」

出てきてしまった・・・。トモさんはチャラくないよね?女の子ならだれでもいいのかな、それとも寂しいのかな。わたし自身は、どうなんだろう。彼氏のことは、ぶっちゃけなんで付き合い始めたのかも謎だ。私的にトモさんは身長がネックなんだよなぁ~、あの身長じゃわたしがヒールのあるパンプス履いたら一発で身長上下関係逆転現象発動しちゃうもん。そんなの絶対にイヤ。


 結局トモさんの晩ごはんは、体調の回復具合をみるためにチーフがいくことになった。昼にブチ込まれた”アメリカデートのお誘い”話は後日にお預けとなった。トホホ…なんだかんだでちょっと行ってみたい自分がいるのに新たな1歩を踏み出せなくって、怖い。それは一体なぜだろう。シャワーでも浴びてさっぱりして寝たら、明日にはこの心のモヤモヤも少しはスッキリするだろうか。どんな休日を過ごそうか、考えながらおやすみなさい…。

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