許されない行為
胸が高鳴る。みじん切りの疲れなんて、消えていった。もしかしたら、自分休業を勧めて陥れている犯人はヒデさんなんじゃないかって思ったら、いてもたってもいられなくなった。
早く終わらせて、聞きに行かなきゃ。
「俺は、明るく振る舞う沙希ちゃんに違和感を感じるよ。無理している気がして…」
「そんなことないですよ、ポジティブに生きていこう!と思い直しただけなんです、本当に。」
「というよりは、生き急いでいるような感じがして…見ていて苦しいよ。」
生き急ぐ、か。相武さん、あなたはわたしをよく見ている。
きっとその通りだ。わたしには時間がない。1年経てば、またわたしは主婦のあゆみに戻るんだ。
こんなに刺激的な生活をすることもなければ、毎日腕が痛くなるまで包丁握ることもない。
だれかに抱きしめられることも、胸の高鳴りを感じることもきっとないだろう。
「心配してくれて、ありがとう。でも大丈夫だから。今度、飲みにでも…行こう?」
「え、お誘い?嬉しい…行きます、絶対行きます。明日でもいいくらいです。」
「展開早いね~!お互い休みの日に、行こう!今日は本当にありがとう、助かりました。」
「どういたしまして。あの、失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい。今の沙希ちゃんも素敵だから…それだけは誤解しないでほしくって」
「あはは、いいのいいの、気にしてないから!」
気にしているよ。だってその通りだから。見透かされているようで怖いもん。
わたしのことは、ほっといて欲しいの。好きにさせて。
興奮状態から少しさめて、腕のしびれをまた感じ始めた。
前田さんの居室の前を通り過ぎようとした時だった。
ガ・・・チャ。
前田さんの居室のドアが開く。
「誰も、いない?」
「いない。」
「じゃ、また。」
サッと前田さんの部屋から、飛び出してきたのは高橋さんだった。
コンノさんが、はじめに”この人には気を付けたほうがいいよ”と言っていた、男。
美人妻との間に娘が3人いる…見た目もイケてない、中身も最低の男。
そんな人がなんで、前田さんの部屋から出てくるの?
高橋さんは、周りを気にしながら早足で去って行く。追いかけたかったけど、かける言葉が見当たらなかったから、やめにした。
ボイスレコーダーが仕掛けてあった話をしていた時に、部屋には誰も入れてないって言ってたのに。
あ、確かそのとき前田さんの返答に少し間があったような。まさか…まさかね。
あんな人と、不倫してるんじゃないだろうか!前田さん!
もっとカッコイイ人を選んだほうがいいよ!
ってそういう問題じゃないけど、とにかくあの人はやめた方がいいし、やめてほしい。
上の居室区画に向かう。そこで、トモさんと東海林さんがもめていた。
「お前には、関係ないだろ!」
東海林さんがトモさんの顔面に一発、グーでぶちかましたところだった。
なにが起こっているのかわからなかったけれど、トモさんが殴られてすっ飛ばされたのが心配で思わず駆け寄った。
「トモさん!大丈夫ですか?!」
東海林さんが我に返ったような顔をしてこっちを見ている。
「なんでここに…」
「ただの通りすがりです!東海林さんなんてことするんですか…氷!氷持ってきてください!」
わたしが大きな声を上げたせいで、一番会いたくない人が現れた。
「なぁにー…どうしたの?お前ら。」
高橋さんだった。さっき前田さんの部屋からこっそり出てきた卑しい男。
東海林さんは急にこの場からいなくなった。殴っておいて逃げるとかサイテー。
「トモさん…大丈夫ですか?立てますか?」
「あー…派手にやられた。まさか殴ってくるとは…」
「ケンカか?若いなお前ら。ほら、肩貸すから、立て。救護室行くぞ。」
「いやぁ…そんな重症じゃないですって。大丈夫です。」
そんなこんなでその場でグチャグチャやっていたら、見回り中のヒデさんが登場した。
あ、ヒデさん確か救急救命士だったっけ。
「おーおー腫れてる腫れてる。一応診るんで高橋さん、救護室にそいつ連れてきてもらえますか?」
「わかったよ、頼むわ。ほら行くぞ、若いの」
「イテ…はい、すいません迷惑かけて」
わたしはなにも出来ないけれど、ヒデさんに聞きたいこともあったのでついて行くことにした。
高橋さんと前田さんのこと、そして、休業する以前のわたしとなぜ頻繁に会っていたのかということを聞くために。




