突然
電話が鳴った。あゆみが倒れて病院に運ばれた、と。急いで心音に上着を着せ、車を病院へ走らせる。さっきまであんなに元気だったじゃないか。友達とランチに行くんじゃなかったのか、事故ではないらしいから、病気なのか、過労なのか…いずれにせよ俺が負担を色々かけていたからこんなことになったのだろう。責任を感じる。今はなにもちゃんと考えられない。いくつもの事象を観察しながら瞬時に判断を下すことが基本の、パイロット失格だ。あゆみ、あゆみ、あゆみ…。
綺麗な寝顔だった。変な管のようなものには繋がれていない。脈拍も正常、顔色もいつもどおりだ。とりあえずホッとした。病室のナースが言った
「ご主人様に、大事なお話があるので、診察室まで来ていただけますか?」
「はい。」
目の前が真っ暗になった。
「・・・原因が、わからない?」
「そうなんです。」
「そんなわけ、ないでしょう、早く治してください!」
「残念ですが…今の科学の力では、原因がわからない限り治療法は・・・」
「あゆみはさっきまで、普通に暮らしていたんだ!そんな、変な、病気とか、そんなわけがないだろう!」
「御辛いでしょうが、まずはご家族が、この現実を受け入れなければなりません。一番無念で辛いのは、奥様なのではないでしょうか」
「お前に、なにがわかるんだ。病気治せない医者なんて医者じゃない、ほかの奴を呼べ!」
「・・・。池田さん、落ち着いてください。」
「落ち着いて、いられるか!」
「ご家族へ、ご連絡をされてはいかがですか?」
ナースが言った。ああ、そうだな、この事態を伝えなくては。
「・・・。」
診察室をでて、電話をした。俺の両親とは、金を貸してくれだの言われてそれを断ってから、なんの連絡もとっていない。あゆみの両親は里帰り出産のときからいろいろお世話になっているし、仲良くしてもらっているから本当に有難い。だからまずあゆみの実家に連絡を…でもまず、なんて言おう。ありのままを言うしかないけど、この現実を受け入れられない。あゆみの両親はすぐにこちらに向かって来るそうだ。車で4時間くらいか、心音の心配もしてくれた。
「彬人くん、とにかく今は落ち着いて、ココチャンしっかり抱っこでもしていてあげて。今後のことは、私たち今から行くから、一緒に、考えようね。しっかりね。」
あゆみの母は、冷静だ。いや、娘の一大事だ、そんなはずはない。でも自分を失わずにいるのはやはり人生の大先輩だからか…医者に強く当たる俺はまだまだ弱いイキモノだ。
「自分、仕事を辞めたり、休んだり、できません…。勤務時間も不定で、あゆみの看病も…家庭が成り立ちません。心音の世話を、どうしてもお願いしたいです。自分、どうしようもない男だって、わかってます、お義父さんお義母さんしか頼れる人がいないんです。」
男が頭を下げるとき。これが2回目だ。1回目はあゆみをくださいと許しを乞うた時。ずっとあゆみを守ると言った。幸せにするとも言った。あゆみ、君は今なにを思ってる?俺、仕事ばっかりで…つまらない男だよな、子育ても仕事言い訳にして全然協力できてなかったかもしれない。家に帰ったら休みたい、と言ってケンカしたこともあったな、育児と家事に休みはないと、君は言ってたけどその通りだよ。俺は今、君を守れなかった。そのうえ娘さえも守れない。旦那がいないと食べていけない、とかそんな時代じゃないなとは感じていたけど…女は働きながらでも育児や家事をこなし家庭を守れて保てて築いていけるのに、男ってのはなんなんだ。結局、仕事しかできないじゃないか。仕事するために、娘の世話さえ出来やしない。俺には、本当、がっかりだ。なにひとつ、守れない。
「私は仕事していないから、もちろんあゆの看病もするし、ココチャンの面倒もみれるよ。でもこっちにも家庭があるからね、どういう形を望んでるかわからないけれど、様子見ながら長期戦になりそうなら、彬人くんのお仕事も考えてもらわないといけないかなとは思うよ」
「はい、そうですよね…」
あぁ、ダメだ。頭が真っ白だ。家庭を守れないで、なにが夫だ、なにが幸せにするだ…。俺、消えてなくなりたい。結局、お義母さんがうちに来てくれることになった。あゆみが早く目を覚ましてくれることを願うのみだ。
俺って、ダメな夫だったな。なに甘えてたんだろう。仕事、仕事って…本当にやらなくちゃいけないこと後回しで。そんな俺なのにあゆみは本当に優しかった。休みの日くらい美容室とか、自由にゆっくり行かせてあげりゃ良かった。あゆみはいつも1~2時間したら帰ってきたなぁ。俺、頼りなくて心音の面倒見きれるか心配だったのかな。いつもかわいい優しいあゆみの笑顔、見たいよ。今までのこと、謝るよ。もっと毎日一生懸命愛してあげればよかった。俺、あゆみがいてくれなきゃ、ダメだよ。