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ステルス~夢の世界へ

 お昼ご飯は、チーフが持ってきてくれた。そして、とても残念(?)な知らせと共に…。

「沙希、アメリカでよ、森田とコンパスの佐藤とメシ食いに行くからな。その日だけは沙希に休みやることにしたから。ついでに観光とかしたかったら森田にでも相談しとけよ。」

あー!決定しちゃったの!?今チーフ、”その日だけは休み”って言っていたよね?トモさんとのデートは…はぁ。先送りってことですね。昔お母さんが

『チャンスは逃すな。もう、来ないかもしれないんだからね。』

なんて言ってたけど、まさにその通り。このアメリカデートを逃したら…トモさんとわたしの公転と自転の周期は二度と合わないような気がしている。なぜ天体に例えたのかはわからないけど、とにかくそのくらいの確率でこのチャンスを逃したのは相当大きいと思ってる。

「…了解です、チーフ。」

「やっぱり元気ねぇなぁ。今日はしっかり食って、寝て、休めよ。」

「ありがとうございます。」

はぁ。本当に具合が悪くなってきちゃった。トモさんになんて言おう…。泣きたい。

お昼を食べたらなんだか眠たくなってきてしまった。やることもないし、船内休日を救護室で寝腐るってのも悪くないかな、昼寝するとしようかな…。


 沙希の食べた食器を片づけにきた一つの影が救護室の中にある。しっかり食べているな、そして昼間っからぐっすり眠っているのか…このさきは何を思っているんだか。幸せそうだ。悩みなんてなにもないよう。人生を思いっきり楽しんでいるように俺には見える。羨ましいな、こんな時代俺にもあっただろうか。こんな今を思い描いたことはなかったのにな…なんだかこのさきを見てると、どうにかしたくて苦しくなる。なんでかはわからない。遊びたいとかじゃない。どうしてか、気になって仕方ない。

「・・・彬人あきと。ごめんなさい。」

沙希の寝言だ。はっきり今、男の名前を口にしていた…!でもなんだか、沙希の声ではないような、なんて言うか…とにかく最近の天真爛漫な沙希からは想像もできない声とセリフ。このさきにも、悩みはあるのか。人に言えない秘密もあるんだな。俺にその秘密、全部話しちゃえばいいのに。


 真昼間から爆睡しちゃった…。心音ここね産んでから周り気にせず寝るなんてしたことがなかったな。おっぱいに追われ、家事に追われ、自分の時間なんて全くなかった。全国のお母さんたちは文句を言わず無償の労働に耐え本当にすごい。愛があるから、覚悟があるから結婚して、子供を産んだのだと言われれば、私だってそうだった。でも現実に納得いかず、ちょっとした現実逃避が取り返しのつかないことになってしまった。変な気は起こさないのが一番なんだな、って本当に今更だけど思う。爆睡したけど、悲しい夢を見ていた気がする。内容は…覚えてないや。

「・・・ひまだ、ひますぎる。」

救護室を出て、ハッとした。今日は金曜日、夕方からドレスコードの日だ。船内では毎日終日あちこちでイベントが行われている。優雅な船旅を退屈せずお客様に満喫していただくため、色々なルールもある。その一つが、ドレスコード。カジュアルスタイルでOKな日もあるし、すこしカッチリしたスタイルでしか船内を歩けない日もある。その極みが毎週金曜夕方からのドレスコード、男性はタキシード・女性はドレスを身にまとい颯爽とそして凛と…まぁ、とにかくしっかり決め込まないとならない日。今の私は朝倒れたままのルーズなスタイル…カジュアルなんてレベルじゃない。このままだと船内の空気を乱してしまう。どうしよう。一応、こういう日にふらふら非日常を味わうためにドレスは2着用意してあったみたいなので、(沙希って意外とちゃっかり者~)船員区画まで取りに行って、メイクもバッチリ決めてきたいのだけれど。

(トン・トン。)

あ、誰かがノックしてきた。

「はい、どうぞ。」

(ガチャ・・・)

「よう、生きてっか?」

おや、トモさんとのことをからかってきて好感度ガタ落ち中のチームワッチのヒデさん登場。あなた口が悪いからあんまり関わりたくないです。

「生きてます、でも困ったことがあって…」

「…なんだ?言ってみ?」

「今日そろそろドレスコードですよね。」

「おう、そうだよ。あ~お前、わかった。服着替えたいのか。」

勘がいいですな~。口悪くなきゃその切れ長の瞳に夢中になるとこだったのに。って、この人奥さんいたっけ。

「じゃ、取りに行きますか。皆は知らないとこ、通るぞ」

「えっ、そんな通路あるんですか?」

「そりゃ、あるよ。乗組員も客も知らないとこなんていくらでも。俺たちワッチはそういうとこ巡回するのが仕事だからな。チーフに見つかったら、まずいんだろ?」

「チーフもですし、特に森田さんに見つかったらピンチです…」

「あの色男か。わかったよ。大丈夫だからついてきなさい」

良い子はこういうオジサンについて行っちゃダメですよ。今日の私は悪い子だから、着いていきますとも。救護室を出てすぐ右、トイレのすぐ隣にある壁の凹みをヒデさんが押した。

(ガコ・・・ッ)

取っ手が出た!すかさずそれを慣れた手つきで回し、ドアが開いた…。このオジサン、魔法使いみたい。なにもないただの壁かと思っていたのに。

「階段、急だし足元暗いから気を付けて」

「了解ですっ」

本当に急な階段を下る。船員区画までは結構下がらないと行けないはず。

「お前、居室何号室?」

「206号室です。」

「わかった。一旦出て、また下るから。」

暗くて急な、そして狭い階段を下り…また壁みたいなドアから共有区画へ出て、すぐさま早足でまた別の”魔法のドア”を開ける。この人、頭の中に地図でも入っているんだろうか?また少し階段を下り、ぐるっと回ったところで

「このドアから出れば、目の前206号室だから。20分で支度済ませて。きっかり20分後の一瞬だけ、俺がこのドア開けて迎えにくるから。わかったな?」

「わかりました。ありがとうございます。」

「バレるなよ。」

「はい!」

さっとドアから出ると、本当に目の前には私の部屋が。すごい!急いで部屋に入る。が、物音立てないようにそっとドアを閉めた。

「ふぅ・・・。」

秘密の大冒険をしているよう。暗くて狭い通路だったけど、みんなが知らない船の一面を知れてちょっと楽しかった。さぁ急いで支度しないと…置いて行かれてしまう。


 ワインレッドのカクテルドレスを身に纏った。髪はアップにして毛先を遊ばせ、メイクもいつもより濃いめにしっかりした。これで歩いてもお客様に乗組員だということはバレないだろう。出発の時が迫る…部屋を出て、秘密のドアが開くのを息を殺して待った。3、2、1…ガチャ、開いた!急いで駆け出して魔法の扉の中に入った。

「お姫様、待ったかい?」

暗い階段の秘密の通路。ヒデさんの持つ懐中電灯が、いつもの服装とは打って変わってタキシードを身に纏い、胸元のポケットから覗くピンクのハンカチが相変わらずチャラい感じを照らしてる。時間通りに迎えに来てくれた。この人は口が悪いから、あまり好きではなかったけど…良いところあるかも。なんだかちょっと、楽しい夜になりそうな予感がする!

「お迎えありがとうございます、王子様。」

「階段、上れる?せっかくの休みだし、上のフロアで遊んでみるか?」

「わたし、お財布持ってきませんでした・・・」

「お~お~、じゃ今日は俺出すよ。チームは違えど、先輩だからな。」

「わぁお!ありがとうございます。行きましょう!というか、連れてってください!」

なんだか、ワクワクしてきた。体調悪かったわたしはどこへやら。夜にオシャレして遊ぶなんて、結婚してからずっとしてないから私緊張してる。しかも、彬人以外の男性と…私やってること最低なことばかりだな。落ちるところまで落ちてしまえ、軽蔑するならすればいい、私はこの1年間楽しむのだから!

「連れてってやるよ、お前の知らない夢の世界へ。」

私はヒデさんについて行った。



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