07 王妃のお茶会準備
王妃の居室は朝から何やら騒がしい。
気持ちがはやり、昨日の今日で寵姫をお茶に誘ってしまったが、よく考えれば準備が全く整っていなかった。
「ねぇサーナ。クロスやカーテン、変えた方がいいかと思うの」
「え!今からですか?!」
「やっぱり、そろそろ秋なのに白と青は変です。少し秋らしく、橙で統一しましょう」
「かしこまりました! こうなったら意地ですわ。誰か、すぐにクロスとカーテンを!」
「お茶とお菓子の準備は出来ていますし、後は……」
「王妃さま、でしたらお花も変更でございますね」
「王妃さま、でしたら食器もご変更でございますね」
「ええ、そうですね。お花は温室から早咲きの秋バラを、食器は」
「ひ、姫さまっ」
「そうそう、ユパーナから持ち込んだ特別なものがあるんです。それを……」
「姫さまっ」
「どうしました? サーナ」
「いつの間にか、タキスさまが」
「まぁ」
というわけで、いつの間にか長椅子にタキスが腰かけていた。
所在無げに室内の様子を窺っていたタキスであるが、王妃を始め侍女の誰一人として気づいてくれず、ガックリとうな垂れている。
リッツから頼まれた茶葉を届けに来たのだが、どうや、間が悪かったらしい。
サーナはうんざりとした表情を隠そうともしない。「こんの忙しい時間に来やがって、空気読めよ」と思っているのがダダ漏れである。
「それは、あまり良くないのでは?」
今日の午後に寵姫をお茶に誘ったことを嬉々と報告した王妃に、タキスは微妙な表情で言った。
「……何がですか?」
王妃は首を傾げる。
確かに寵姫への誘いは突然過ぎたかもしれないが、王妃と側室の交流は珍しくもない。それどかろか、後宮をまとめる上では必要なことだ。
王との婚姻契約に『夫婦はお互いの私生活に干渉することを禁ず』とあるため、寵姫のことを王に伺ったことはない。しかし、王妃と側室が挨拶すら交わしたことが無い現状は問題だと思うのだ。
「いや、ですから。王妃は純粋にお茶にお招きしたいのだと思いますが、あちらがどう捉えるか……」
言いにくそうに語尾を濁すタキスに、王妃はさらに首を傾げてみせる。
「ですが、サーナは賛成してくれたのですよ」
今しがた届いた秋バラを活けているサーナに目配せをする。
「はい。陛下のお妃であるお二人が親交を深められることは、大変良いことでございますわ」
サーナが澄まして答えると、なぜかタキスの顔がわずかに曇った。
「私はジグジアに嫁ぎ、民族など関係無く、あなたやリッツという素晴らしい友人を得ることが出来ました。常々、もっとたくさんの方と親しくなりたいと思っていたのです」
「しかし……」
口ごもるタキスに王妃はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。ご寵姫さまはとても素晴らしい方と評判ですもの。きっと私とも親しくしてくれます」
王妃は積極的に王宮内の噂を拾うことはしないが、多くは自然と耳へと入る。
寵姫に関しての噂は、身分のことを除けば良いことばかりで驚くほどだ。
何より王が一途に愛し続けている女性である。素晴らしい方であることは疑いようもない。
サーナの賛成もあり、王妃はぜひ寵姫と親しくなりたいと、一大決心でお茶へと誘った。
しかし、タキスの言わんとしていることも理解している。
「冷遇される王妃」は、王の寵愛を一身に受ける寵姫をうとんじている。事実はどうあれ、世間ではそう思われていることは承知していた。
その王妃が、今まで交流を持たなかった寵姫をお茶に誘う。何を思われるかなど想像はたやすい。
寵姫もさぞ驚いたことだろう。
けれど、情勢の不安定なこの時期に、公のお茶会や音楽会などを開くことは避けたかった。
悪戯に人々の好奇心や敵愾心を刺激し、何が産まれるか分からない。
「お忙しい時に失礼いたしました」
タキスは渋々納得し、王妃の居室を退出すると、サーナを柱の影に引きこんだ。
一見すると、王妃の侍女と軍将校の逢引のようにしか見えない。
実際、この光景を扉の隙間から見てしまった王妃がばっちり誤解していることなど、当の二人は知るよしもない。
もちろん二人の間に甘やかな雰囲気などあるはずもなく。
黒い笑顔で牽制合戦を繰り広げていた。
「一体何を考えているんだ」
「あら、私はいつでも姫さまのことしか考えておりませんわ」
「まぁ、いい。今は難しい時期だ、ほどほどにしておけ」
「本当に失礼ですわね。そちらこそ、ほどほどになさいませんと嫌われてしまいますわよ」
「何の話だ」
「最近寝不足で辛そうですわ~お体もダルそうで~特に腰など~姫さまもとても心配しておられて~」
「……っ」
「余裕、ありませんのね」
タキスはサーナが苦手だ。
王妃さま、脇役に食われてる……
タキスはサーナを腹黒の怖ろしい女だと思ってます。
けど、サーナはタキス気に入ってます。