05 王妃の素敵な仲間たち
「ボロボロこぼすな、子供かお前は」
タキスはリッツの膝上に落ちるパイのクズを見て、思わず手を伸ばした。
「ばっ、誰が子供じゃ!つか、王妃の前っ」
ナプキンを膝に広げてやり、口元についたクズを親指の腹でそっと拭ってやる。あまつさえ、その指をペロリと舐めたタキスに、リッツは耐えきれず声を上げた。
「ん、ああ」
目の前の王妃の存在をすっかり忘れていたタキスは、とりあえず生返事を返す。今度はリッツのパイを食べやすいよう一口大の大きさに切り分けてやっていて忙しいのだ。
「申し訳ありません。つい……」
悪びれもしないタキスに、王妃はにっこりと微笑んだ。
「気にすることはありませんよ。ただ、あまりに仲が良すぎて、少し照れてしまいますけど」
王妃は困ったように、リッツから視線をそらす。その後ろで、ニヤリと嫌な笑顔を浮かべたサーナが、おもむろに首筋に手をやった。
リッツはその意味を理解した瞬間、顔を真っ赤にし髪を掻きむしった。
「王妃っ!そんなこと言わないで下さいよ。ここはガツっと目の前でイチャつかれるのは不快だってはっきり言って下さいよ!!もう、本当すんません。恥ずい真似してすんません。お前も馬鹿だろう!そーゆーことは二人っきりの時以外すんなって言ってんだろ。しかも、目立つとこに跡つけんなってあれほど!!あー穴があったら入りてーつかお前を突き落としてー」
フォークを握りしめたまま立ち上がり吠えるリッツを、王妃はまぁまぁと宥め座らせた。
ちなみに、その口元はしっかりと扇で隠されている。
この東屋は、庭園の奥に位置し人の出入りは少ないが、いつ誰が聞いているか分からないのだ。
そろそろ夏も終わりかという頃。今日は珍しくリッツとタキスが連れ立ち、王妃の元を訪れていた。
気分を変え、散歩がてらこの東屋でお茶をしていたのだが、彼ら二人がそろうと、途端に賑やかになる。
「雨」
王妃はポツポツと降り出した空を見上げ、眉根を寄せた。
「明日は降らずにいてくれると嬉しいのですけど」
「あ、明日っすかお出かけ。そしたら俺、城下の美味いもんリスト作るっすよ」
「お出かけ?」
「城下の孤児院と病院をいくつか訪問する予定なんです。子供たちと外で遊びたいので、晴れてくれるといいのですが」
実は、王妃も毎日お菓子ばかり食べているわけではない。慰問や謁見など、割り当てられた公務はきちんとこなしているのだ。
空を見上げていた顔を戻すと、難しい顔しているタキスと目が合い、苦笑した。
おそらくタキスは、王妃への風当たりが強い中、公務とはいえ城下に下りることを案じてくれているのだろう。
しかし今回の慰問は、しぶる王に無理やり頼みこみ、王妃自ら組んでもらった予定だった。
王妃がジグジアに嫁ぎ、両国の国交は目に見えて盛んになった。
最近では、ジグジアの街でも褐色の肌を持つ芸人や商人、旅行者の姿も珍しくはない。
しかし、未だ異なる色彩を持つ彼らを犬猿する者がいることも事実だ。
私が外に出て姿をさらすことで、民同士の交流をもっと活発に出来たなら……
「それはお出かけではなく公務だ」
「一緒じゃん」
「全く違うだろ」
再びじゃれ合いを始めた二人を、王妃は微笑ましく見つめる。
性別、身分、肌の色、宗教。全てが違うジグジア人の彼らと、こんなにも親しくなることが出来たのだ。
私も、もっと民族の垣根を越え、たくさんの人と親しくなりたい。国民にもそうあって欲しい。
それは遠い未来だとしても、決して不可能ではないだろう。
その夜。就寝の挨拶をするサーナに、王妃が甘えるように抱きついた。
これは、王妃の癖だった。何かあると、こうして生まれた時から側にいてくれるサーナに頼ってしまう。
いくつか年上のサーナは世慣れていて、今までもらった助言に間違ったことはひとつもないと信じている王妃だ。
「ねぇサーナ。私、王妃となったらもっと辛いことばかりと思っていました。けれど、良き友人に恵まれ、サーナも変わらず側にいてくれています。とても幸せ……ですが」
「姫さま」
子供の頃したように背をさすりながら、サーナはにじむ涙をそっと拭う。
毎日を楽しんでいる王妃に、一番安堵しているのはサーナだ。
王の契約書には憤死しそうなほど頭にきたが、今では良かったと思っている。
リッツとタキスについても同様で、毒の無い彼らをサーナは割と気に入っていた。何より、からかいがいのある美味しい連中だ。
「ですから、サーナなおりいって相談があるのです」
王妃は可愛らしい仕草で、サーナの耳元に顔を近付けた。
それから数日後、王妃は見事な爆弾を落としてみせた。
それにより、サイアス王の胃痛はとうとう不治の病となったほどの、破壊力抜群の爆弾である。
リッツは良くキスマークをつけています。
王妃さまはいつも黙って視線をそらします。
そしてタキスはお仕置きを……