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王と王妃の婚姻契約  作者: 澤野アイ
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02 王の契約書

『ジグジア国王とユパーナ国第十三王女との婚姻契約書』

  

 ・この婚姻は両国の同盟強化の証である。よって愛は不要とする。


 ・夫婦はお互いの私生活に干渉することを禁ず。


 ・公私を分け、公では良好な夫婦関係を演じること。


 ・妻が望むならば夫はある程度妻の元へ通い世継誕生に努める。


 ・この契約書に署名するならば、王妃の地位待遇と金献上量の減量を約束する。



 上記の契約書を引っ下げ、サイアス王は輿入れしたばかりの王妃の居室へと乗り込んだ。

 ベールで顔を覆った王妃は、突然の王の来訪にやや戸惑った様子である。

 しかし、王が挑戦的な仕草で契約書を突きつけると、素直に契約書を手に取った。


 王には、身分低い侍女であったために、妃に上げられずにいた長年の恋人がいる。

 側室にすることすら許されず、ならばと片っ端から縁談を跳ね除け続けこの年齢まで独身で通してきた。

 ところがとうとう「いい加減に妃を娶って世継を~」と泣き出した臣下たちを丸めこみ。この度異国の姫を王妃として娶ることで、恋人を寵姫として召し上げることを力技で認めさせたのだった。


 彼は生涯に渡り寵姫しか愛さず、また愛せないという強い自信があった。

 そうして考え出した結果が、この契約書である。



  王妃の生国ユパーナは、金山を抱えるだけの小国だ。国土の大部分は砂に埋もれ、気候も厳しい。

 しかし周りを囲む列強諸国にとっては金山は喉から手が出るほど魅力的な宝だ。

 常に国境線でジグジアと睨みあっていたユパーナは、ついにこの度ジグジアの強大な軍事力の庇護下に入り、属国と相なったのであった。

  

  王が求めるのは、彼と寵姫の穏やかな生活を脅かさない、分をわきまえた王妃だ。

  王は、丁寧に契約書に目を通す王妃を静かに観察した。

 ユパーナでは女性は常にベールを被り家族以外のものに素顔をさらすことはない。

 その慎み深いベールで隠され、王妃の表情を窺うことは出来ない。

 しかし、王族であれば正しく政略結婚の意味を理解しているであろうし、悪い条件ではない。

 まして属国からの貢物の王妃だ。聡明であるならば、否を唱えるはずがない。



「つまり、陛下の愛する方はご寵姫さまただひとり。私との間に愛は存在せず、公の場でそれらしく振る舞えば、私の自由を認め、地位待遇や金献上量の減量までお約束して下さると。そういうことでよろしいでしょうか」


 愛らしい声でゆっくりと確認すると、ぴたりと押し黙る。この王妃は思ったよりも聡明なようだ。


 ところが、満足気にうなずく王の後ろでエドワードは青冷めていた。

 まさか王がこのような契約書を作っているなどとは想像もしていなかったのだ。

 さらに追い討ちをかけるように、王妃の侍女のが凄まじい殺気をこちらに向け威嚇している。ベールの下から牙でも飛び出しそうな勢いだ。


「ああ。どうだ、悪い話では無いと思うが」

 王妃は背筋を伸ばし、真っ直ぐに王を向いている。


「はい。大変素晴らしい契約ですね。さっそく署名したいのですが、よろしいでしょうか?そこのあなた、ペンを下さいな」

 ためらうこともなく、弾むような王妃の言葉に、エドワードと侍女を始め、王までもが呆気に取られたように固まった。


「お、王妃さま。その、非常に突飛で不躾な申し出ですが、誠によろしいので……?」

 思わずエドワードがおずおずと口を挟む。

「そうですよ、姫さま。こんっな人を馬鹿にした話がありますか!」

 王妃の耳元で囁く侍女の声もうわずり丸聞こえだ。


 聡明であらば、必ず署名するだろう。しかし一国の姫としての誇りがあるならば、自尊心を傷つけられ憤慨するはずだ。

 まさかこうもあっさり、しかも嬉々として承諾されてしまうとは予想外である。


「もちろんです。喜んでお受けいたしますわ。ありがとうございます」

 慌てて用意されたペンで手早く署名を済ませると、王妃はおもむろに自らのベールを脱ぎ去った。



「改めてまして、シェイラ・アル・ユパーナでございます。サイアス王陛下、これからよしなにお願いいたします。そうですね、出来れば良き友人のような関係で」


 王妃は亜麻色の髪を揺らし、にっこりと微笑んだ。


「あ、ああ。私はサイアス・リィン・ユシア・ジグジアだ。こちらこそ、よろしく頼む」


 間抜けにも口をぽかんと開けたまま、名を返すのがやっとだった。

 王妃はますます笑みを濃くする。そうすると、涼やかな目尻がわずかに下がり、口元には笑窪が出来た。



 な、なんだこれはっ。


 王は突然襲われた動悸に驚き、心臓を押さえた。

 沸騰したように血が逆流し、指先からしびれていくようだ。


 ちょっと待て。ユパーナの民といえば褐色の肌と髪だろう。

 なんだ、あの蜜を溶かしたような黄金色の肌は!

 おまけに、あの目と笑窪は反則だろう、たまらんぞ。


 ああ、あの柔らかな肌に余すことなく口づけ、無理やり組み敷いてしまいたい!!



「陛下?」

 エドワードの呼びかけに、王ははっと正気に返った。

 俺は、今なにを……。いかんいかん、危うく持っていかれるところだったぞ。

「そろそろ失礼しよう。ゆっくり休んでれ」

 王は体にこもる熱を抑えこみ、足早に王妃の居室を後にした。




 この日、めでたく王と王妃の婚姻契約は成立した。

 けれども、まだまだ「めだたしめでたし」とはいかないようで……むしろこの日から、王の苦悩は始まったのである。

  


王さま性格悪いかんじですが

彼が悪いんじゃないんです

そういう風に育てられちゃったんですよー

哀れ

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