"せっかち"
「『イチャラブ』とはなんだ、助手」
なにかがおかしい
彼は、僕の上司
血に呪われた『地獄の断頭台』の異名を誇りとして名乗る、残虐無道の審問官だ
会話の中に意図が隠されて居る可能性を考え、黙考する
石造りの詰所では、日中は外の陽射しが唯一の明かりだ
今日は雲の流れが早いのか、考えている内に雲が天を覆い、部屋が翳っていく
その影が自分の顔を覆い始める頃、僕はようやく上司の顔を視て「ヘンな物でも食べたんですか?」とだけ答えた
しかし、次に異常行動を取る事になったのは、僕の方だった
「己れは今日、それをお前とやってやると言って居る」
聞いた瞬間
心臓に締め付けられるような感覚と、血流の停止にも似た苦悶が躰に発生した
───何故この男は、僕の気持ちを知っているのか
可能性の枝は、そんなに多く生えては居ない
僕は即座に『答え』に思い当たり、立ち上がると「僕の日記を読みましたね!」と言って、思わず彼の胸倉を掴んでしまって居た
「………失礼しました、ご無礼をお許し下さい」
結局、いつも僕はこうだ
カッとなる事を抑えられもせず、怒ったままで居続ける事も出来ない
めそめそする間もなく、あの固くて大きい手が僕をうるさげに押しやる
上司の機嫌は、今日に限っては損なわれて居ないようだった
「お前にも労いが要ると思ってな、魔女達から押収した惚れ薬を総て飲んだ」
「悦べ」
「平素であれば、思考することさえ赦されぬ遊戯が、いま眼の前にあるぞ」
次々に暴風のように情報が僕の意識に押し込まれていくが、そのどれもが理解を超えて居る
きっといま僕は、邪神の教典を読んでしまった時よりも精神がはち切れそうになって居る
色々と心が落ち着かないが、それだけははっきりと解った
「効力の切れる時間は言わぬ」
「薬を飲む前に固く誓った事であり、それこそがこの残酷なる遊戯の核心なのだ」
「………えっ、そうなんですか」
さらっと恐ろしい事を言って居る
早くしなければ
焦るように上司の手首を掴むと、瞼を降ろして恐る恐る顔を近付けていく
「時間切れだ」
掴んで無かった方の手が、僕の鼻を強打する
自らの頭蓋の中で、軟骨の折れる嫌な音がした




