クライブ・ケイン
お見合いの相手はなんとクライブだった。
夜空と青空、二つの瞳を持つ虹彩異色症のクライブ・ケイン。
まさかの再会に、私はただ目を丸くして彼を見た。
そういえば見合い相手が自警団の騎士だとか、相手の年齢だとかは聞いていたけど、肝心の名前を聞いていなかったと今になって思い至る。
唖然とする私に、クライブが話しかけてきた。
『えっと……魔法薬店の、見合いの相手だよね?』
彼のほうの認識がそんなものであったことに、私は意気消沈してしまう。
(なんだ……あの日の夜のことは覚えていないのね……)
……え?どうして私はガッカリしているのかしら。
自分の感情に心の内で首を傾げながら、私は彼に返事をした。
『はい。今日はよろしくお願いします。……私の名前は……』
『ミルチアさん。ミルチア・ライトさんだよね。酔っ払いに絡まれていたあの夜に、そう名乗ってくれた』
『覚えていてくださったんですか?』
『もちろん。キミも憶えてくれていた』
『もちろん!』
私を覚えていてくれた!
たったそれだけのことなのに、私は目の前がパァッと明るくなったような気がしたわ。
『見合いといっても、出会いの場をセッティングする感じのラフなものらしくて、この後のプランは自警団も商工会もノータッチらしいんだ。お膳立てするくせに、無責任だよな』
呆れながらそう言うクライブに、私は笑いながら頷く。
『ふふふっ、本当ですね。せめてお店とかの予約くらいしてくれてもいいのに』
『支払いは自警団と商工会持ちでね』
『ふふっ』
とにかくどこかへ移動しようということになり、行きたい店などの希望はあるかと訊かれた。
とくに無いと答えると、彼はそれならぜひ付き合ってほしい店があると言ったの。
そのお店はスィーツの種類が豊富なことで有名なカフェで、甘党のクライブは前々から行ってみたいと思っていたそうよ。
だけど恋人も姉妹もいないし、まさか同僚の男性騎士とカフェでスィーツを食べるなんて気持ち悪いこともしたくないからと諦めていたらしいの。
『ひとりで行けないこともないが……腰に剣を佩く男がひとりで甘いものだなんて、おかしいだろ?……あ、むさい男とスイーツカフェなんてイヤかな?』
若干バツが悪そうに言うクライブ。
それでもやっぱりスィーツが食べたいと思っているところが何だか可愛らしく思えて、私はそんなことはないと首を横に振った。
『騎士様が甘いものを好んではいけないなんて法律はないのだし、私もそのカフェには前々から行ってみたかったんです。それに、先日のお礼がしたいと思っていました。なので私でよければ、ぜひご一緒させてください』
私がそう言うと彼はたちまち破顔して、逆に私にお礼を言ってきた。
そして二人でカフェへ行き、数種類のスィーツをシェアしあって楽しいひと時を過ごしたの。
結局、代金はクライブが支払ってくれて、お礼がお礼にならずにまたお礼が増えたのだけれど。
だから今度こそお礼をとあれこれ提案しているうちに、いつの間にか私たちは友人と呼べる関係になっていたわ。
『そんなに礼がしたいと思ってるなら……キミが以前話してくれた、祖母殿仕込みのキャロットケーキ……それが食べたいな』
どうしても一度は何かお礼としてご馳走させて欲しいと懇願する私に、クライブがそう言った。
『そんなものでいいの?』
『そんなものではなくそれがいいんだ』
『そう……?』
クライブがそう望むのなら……と、私は自宅アパートに彼を招くことにした。
古くて小さなアパートの一室に暮らしていた私。
1LDKの小ぢんまりとした部屋だけど、祖母と暮らし祖母を看取った思い出の詰まった場所だった。
そこに彼が居ることに、なんだか不思議な気持ちになったわ。
彼はというと、私の部屋の中が綺麗に整えられているだとか温かみがあって落ち着くだとか、そう言って褒めてくれたの。
……後になって思えば、それも彼の思惑だったのだろうけど。
そうしてご馳走した祖母直伝のキャロットケーキを、クライブはとても気に入ってくれた。
『旨いっ……人参が入っているのになぜこんなに旨いんだっ……?』
驚きの表情を浮かべてキャロットケーキを凝視するものだから、私は引っかかりを感じて彼に尋ねたの。
『お好きだから、我が家のキャロットケーキを食べてみたいと思われたのではなかったのですか?』
特に大好物だとかキャロットケーキに目がないとか、そんな風には言っていなかったけれど、お礼としてわざわざ私が作るキャロットケーキを食べたいなんて言うのだからてっきり好物なのだと思っていたの。
だけどクライブの様子からそうではないように見受けられたから尋ねてみたら、彼はやや気まずそうに頭を掻きながら言った。
『いやぁ……白状するけどじつは人参は苦手なんだ……。野菜のくせに甘いし、あの独特の香りも好きではなくて』
『まぁ……それなのにどうしてキャロットケーキを食べたいと思ったんですか?』
『……カフェで手作りの菓子の話題になったときに、キミがとても美味しそうに祖母殿のレシピで作るキャロットケーキを語るものだから、興味を唆られたんだ』
『そうだったんですね。ではこのキャロットケーキは、人参嫌いのクライブさんにもお気に召していただけたと思ってもいいのかしら?』
『もちろんだよ!旨いよこれは!スパイスの香りで人参臭さがないし、何よりこの自然な甘みがたまらないっ……。そうか、人参は本来はケーキになるために存在しているんだな。これからは人参は野菜ではなくスイーツの分類として認識するよ。それなら好きになれそうだ』
『ぷっ……!』
クライブが嬉々としておかしな理論を言うものだから、私は思わず吹き出した。
笑いがなかなか治まらず、ころころと笑う私を、彼は目を丸くして見た後に今度は気恥しそうに頭を搔いた。
そうして一頻り笑った私は、目尻に浮かんだ涙を指の腹で拭って彼に告げたの。
『人参はスイーツではなく野菜ですよ。それも栄養価が高く、料理次第でうんと美味しくなる素晴らしい野菜です。……うーん、なんだかクライブさんの人参嫌いに打ち勝ちたくなってきました。良かったら人参を使った私の料理も色々と食べてみてください』
『打倒人参嫌いか……それならば、受けて立つしかないな。喜んでご馳走になるよ。あ、もちろん食事代は払わせてくれ』
『私が普段食べるものを少し多めに作るだけですからお代なんて結構ですよ。……でもそれで遠慮されてしまうのは嫌なので、食事代は折半ということにしませんか?』
私がそう提案すると、クライブは柔らかな笑みを浮かべて、それから頷いてくれた。
結局ホールで焼いたキャロットケーキは、そのほとんどを彼がペロリと食べてしまったわ。
なんの変哲もないただの庶民のケーキをこんなにも喜んでくれるなんて。
そして自宅で誰かとテーブルを挟んで食事をするというのが久しくなかった私は、そこにも喜びを感じたの。
それから何度もクライブを時々自宅に招いて、人参料理振る舞うようになった。
そして私は……いつしか彼に恋をしていた。
すみません(汗)
体調不良で明日の更新はおやすみします(焦)
熱があった方が書けた……(泣)
下がってからの方がしんどいってどゆこと?(悲)




