フィンリーとコリーン
「こんにちは~」
カランコロンとツバメ亭のドアベルを軽快に鳴らして、コリーンが店に入ってきた。
昨日に引き続き今日もミルチアを取材するためだ。
そんな彼女の姿を見て、ツバメ亭の女将がテーブルを拭きながら声をかける。
「いらっしゃい。生憎だけどね、ミルチアちゃんは今、店に居ないんだよ」
「え?お休みですか?」
昨日は確かそんなことは言っていなかったはずだと記憶を手繰り寄せたコリーンがそう尋ねると、女将はパタパタと片手を振り否定する。
「そうじゃなくてね。託児所の都合で、子どもを昼過ぎ頃までしか預かってもらえないらしいんだよ。今日は他に頼める人もいないらしくって、それでランチの繁忙時が過ぎてからフィン坊を迎えに行ってるのさ」
「あぁそういうことですか。じゃあミルチアさんが戻ってくるまで、私はランチを食べて待っていようっと」
ミルチア不在の理由を知ったコリーンが近くのテーブル席に着き、メニュー表を広げた。
「今日は“イカとは思えないほどフワフワで柔らかいフリット”と“やはりピラフといえばエビピラフだろ”をお願いします。というか、やっぱりここのメニューって面白いですねぇ」
コリーンが笑いながら料理を注文すると、女将は「風変わりなオッサンが考案するメニューだからね」といって含み笑いを返した。
するとまた厨房から店主が顔を出し、「誰が変人……「もういいから、さっさと調理しな」……ハイヨ~」
と昨日と同じ絡みをしようとするのをバッサリと女将に切り捨てられた。
「あははっ!」
店主夫妻のやりとりを見て笑うコリーン。
やがて注文した料理が届き、彼女は舌鼓を打つ。
メニュー表記に偽りなし。
イカは本当に驚くほど柔らかく、衣もフワカリッと香ばしく揚げられている。
エビピラフもエビの旨みを吸ったライスがふんわりとしていて、刻んで一緒に炊き込まれたパプリカの香りがアクセントになった奥深い味わいだった。
ずばり、フリットもピラフも他店とは比較になないほど美味しい。
お調子者らしい店主だが料理の腕は確からしいと、コリーンは手帳に書き記した。
いつか何かのネタに使うかも……しれない。
そうしてコリーンがちょうどランチを食べ終えた頃に、息子のフィンリーを連れてミルチアが店へと戻ってきた。
勝手知ったる母親の職場。生まれる前からツバメ亭に通っていたフィンリーは、慣れた様子で店主夫妻に「たぁいま!」と自宅のように挨拶をした。
孫に等しい年齢のフィンリーに、店主夫妻の目尻が下がる。
そして声を揃えて「「おかえり、フィン坊」」と優しく出迎えた。
フィンリーのコートを脱がせているミルチアに、コリーンが声をかける。
「こんにちはミルチアさん。今日もお邪魔してます」
「お待たせしてごめんなさいね。ランチはもう食べたの?」
母親と会話しているコリーンを見て、フィンリーはお目目をまん丸にして指をさす。
「あ!そふとりいーむのおねーたん!」
「フィン、人に対して指を差してはダメよ」
ミルチアは母親として優しく息子を諭すと、フィンリーはこくんと小さな頭を縦に揺らした。
「あい!」
フィンリーは素直でいい子だ。
愛情をかけて大切に育てられているのが、コリーンにもよくわかる。
コリーンはフィンリーの前にしゃがみ込んで目線を合わせて、微笑んだ。
「こんにちはフィンくん。ソフトクリームインパクト以来だね」
ソフトクリームインパクト。
それこそが、ミルチアとコリーンが出会うきっかけとなったひょんなアクシデントだ。
ソフトクリームを食べていたフィンリーが近くに飛んできた鳩を見ようと動いたときに、セントクレアに到着したばかりのコリーンとぶつかった。
そして彼女のスカートにソフトクリームがベッタリと付いて汚してしまったのだ。
当然母親として平謝りのミルチアに、コリーンは「幼い子どものしたことだから」と寛容に告げる。
だけどそれでは済まされないと、ミルチアはクリーニング代を支払おうとした。
コリーンは『じゃあそれならば……』と恋愛経験を聞かせてほしいと、ミルチアに交換条件を持ちかけたのだった。
それがソフトクリームインパクト、ミルチア親子とコリーンの馴れ初めだ。
「フィン、お手手を洗ってオヤツにしましょう」
託児所で昼食を済ませているフィンリーだが、オヤツと聞いて目を輝かせる。
「まま、ちゃろっとけーち」
ツバメ亭でのオヤツといえば、母親が作るキャロットケーキだと、彼はちゃんと理解している。
託児所に預けられる前まではフィンリーを背負いながらツバメ亭で働いていたミルチア。
フィンリーにとってツバメ亭は第二の家ともいえるのだ。
「はい。かしこまりました」
ミルチアがエプロンをつけながら返事をすると、女将がフィンリーの背中を優しく押して促す。
「じゃあ用意してもらってる間に、フィン坊はおばちゃんとお手手を洗おうね」
「うん!」
「ちゃろっとけーち♪ちゃろっとけーち♪」
フィンリーはご機嫌にお歌を歌いながら、女将と厨房の中へと入って行く。
それを微笑ましげに見送りながら、コリーンがミルチアに告げた。
「ミルチアさん、私にもちゃろけーちをお願いします」
「ふふ。かりこまりました」
息子の舌足らずの言葉を真似るコリーンを笑いながら、ミルチアはお茶の支度をはじめた。
本日のキャロットケーキは、定番のシナモンとナツメグとグローブの他、ジンジャーを効かせている。
その生地にはレーズンがたっぷりと入っていて、人参との優しい甘味のバランスが絶妙だ。
幼いフィンリー用にはスパイスは入れず、アクセントにオレンジピールが入ったキャロットケーキを焼いていた。
そして店主夫妻も交え、休憩も兼ねて皆でお茶とキャロットケーキを楽しんだ。
その後店主はディナーの仕込みで厨房に戻り、「女将はフィン坊と昼寝をする」と言って、フィンリーを連れて二階へと上がっていった。
店に二人残されたミルチアとコリーン。
コリーンは手帳を開き、ミルチアに向き直る。
「ではミルチアさん。今日もお話、よろしくお願いします」
テーブル席の、コリーンの向かい側に座るミルチアが小さく頷いた。
「昨日は確か、私の生い立ちと王都で暮らすようになった経緯を話たんだったわね」
「そうです。そして、とある男性と出会った……というところまでお聞きしました」
「そうね。……とある男性、その人の名前はクライブというの。右目は黒、左目が青という珍しい虹彩異色の瞳を持つ人なのよ」
「ヘテロクロミア……」
繰り返すようにつぶやいたコリーンの脳裏にフィンリーの顔が過ぎる。
幼い子ども特有の、青白く澄んだ白目。それでいてもなお印象的なフィンリーの黒と青の瞳を思い浮かべ、コリーンはっとしてミルチアを見た。
「もしかしてっ……その人がフィンくんのお父さん……?」
コリーンの言葉に、ミルチアは小さく肩を竦め、そして頷いた。
ヒーローはどこやねん
('ω'乁三厂'ω')?




