Special episode ① クライブ
「売れっ子作家のコリーン・フレアの代表作、“私は本気の恋だった”が、パパとママの実体験を元にしたお話だっていうのは本当?」
「ぶほっ」
今年で十四歳になる、ミルチアとクライブの長女ミリーが父親にそう尋ねた。
不意を突かれたクライブは思わず口に含んでいたコーヒーでむせてしまう。
そしてナプキンで口元を拭いながら娘へと視線を向けた。
「どこでそれを」
「ということは本当なのね。ツバメ亭のおば様が教えてくれたの」
「女将さん……」
目を閉じて何かに耐えるクライブのことなどお構いなしに、ミリーは夢見心地にうっとりとする。
「あの素敵なラブロマンスのモデルがうちの両親だったなんて……。学校でみんなに自慢しちゃおうっと♡」
「やめてくれ、頼むからやめてくれ」
沈着冷静、質実剛健、温厚篤実と定評のある救国の英雄も、家族の前ではただの人間くさいおじさんであった。
(確かにミルチアは作中で描かれているように、聡明で思慮深く、そして心身共に美しい人だ。……だが俺は、あんな白馬の王子様然とはしていない……)
物語の脚色としても、美化して描かれる自分の様に、いつもクライブは居たたまれない思いをしているのであった。
(そうだ。俺はそんな立派な人間ではない……)
クライブは自分自身の半生を振り返り、つくづくそう思った。
オーウェン侯爵家の当主である父が、つい出来心というやつでメイドに手をつけた。
そのメイドというのがクライブの母だ。
すでに一男一女を設けていた侯爵夫人は激怒し、クライブの母を屋敷から追い出した。
母親がクライブを懐妊したのも、夫人の悋気に触れた要因だろう。
次期宰相と周囲に期待されていた父も醜聞を避け、身重の母に住む所と生活費を与えて没交渉を決め込んだ。
それでも毎月生活費がきちんと振り込まれて完全な縁切りとならなかったのは、クライブが男児として生を受けたからにすぎない。
たとえ庶子という立場であっても、万が一を想定して後継のスペアとして据え置きたい。
クライブの父はそう考えたのだ。
そのため生活費に加え、充分な教育も施される。
マナーやダンスその他の教養、そして剣術や体術なども父より遣わされた講師たちから手解きを受けた。
しかし庶子は所詮庶子。
一族家門からは基本居ない者として看做される。
いずれスペアとしての必要性もなくなれば、そのまま放逐されるのだろうと思っていた。
(それでいい。それがいい。早く自由になりたい)
自分一人の身であったなら、十八で成人を迎える前に出奔していただろう。
だが長年の心労から病を得た母を見捨ててどこかへ行くなど、到底できることではなかった。
生活費の範疇を優に超える母の医療費を、最後に会ったのはいつかもわからない父は払い続けている。
親子であることも忘れるくらいの父親だが、母に対して最低限の責任を果たす以上、クライブもオーウェン侯爵家とは無縁ではいられなかった。
クライブは剣武の才があり、数カ国語を操れる語学も堪能であった。
おまけに魔力保有者で特殊な魔術も扱える。
そんな息子を使わないのは勿体無いと、宰相となった父は直轄の暗部へとクライブを配属させた。
一応侯爵家の血を引く者ということもあり、殺しなど後暗い任務は外されていた。
そして特徴的な瞳を持つがゆえに表立った任務にはつけない。
したがって裏の工作員として情報収集や捜索などを行うために、他国に送り込まれたりした。
そんな生活を数年重ねたある日、母が闘病の末にこの世を去った。
もう母が苦しい思いをせずに済む。そしてこれでやっと自分も自由になれると思った矢先、父に極秘任務を命じられた。
過去に禁忌術式の構築に手を出したと嫌疑を掛けられた元研究員の唯一の身内である孫から、情報もしくは隠し持っている恐れのある禁忌術式を探し出せというものであった。
(死者を甦らせるという禁忌の術式か……。しかしなぜ今さら、また捜索しようというのか)
どうにも胡散臭いと考えを巡らせるクライブは、とある可能性に気づいた。
(隣国との情勢が不安定だと聞く。父上はご自分が宰相の地位に就いている間に、隣国とのパワーバランスで優位に立ちたいと考えているのか……)
そのために禁忌の魔法を欲しているのだとすれば。
そしてその魔法を手にして、何を目論むのかといえば……。
不死の兵を手に入れる。
その考えが頭に過ぎったとき、クライブは悍ましさから身震いした。
(そしてそんな危ういものを隠し持っているかもしれないというライト研究員の孫娘。一体どういった人間なのか……)
どうせ父から命じられては拒否権はない。
そのため仕方なく、クライブはその任務を受けた。
潜入前に面識のある諜報員がクライブに声をかけてきた。
『よぉ、ハジメテのハニトラだって?しかも相手はなかなかの美人らしいじゃないか。ウラヤマシ~』
『……』
『シカトかよ~』
ハニートラップなどとバカバカしい。
色事に持ち込まずとも捜索は可能だ。
しかしそれをわざわざ口にするのも面倒で、クライブは無視を決め込んだのだった。
潜入捜査に当たるに際して、クライブはまず捜索対象者について綿密に調べる。
相手の交友関係や財政状態、それに弱みなどを把握していれば後々何か役に立つかもしれないからだ。
しかしミルチア・ライトという名の研究員の孫娘について調べても、驚くほど何も出てこない。
この仕事をしていて久しくお目にかかっていない、まっさらで真っ当な人間だった。
それでも上は……国や宰相はそんなことでは納得しない。
孫娘に接触し、家の中に探索魔法をかけて所持の有無が明らかになるまで決して捜索の手を緩めないだろう。
(それならさっさと終わらせるか)
クライブはそう思い、孫娘の住む地域の自警団の騎士として潜伏した。
そのために髪色を変え偽名を用いる。
そうして接触したミルチア・ライトは、ひと言……ふた言で言って善良で無害な娘であった。
祖父に掛けられた嫌疑を無念に思い、それにより伏せがちになった祖母に胸を痛める。
そして祖母亡き後も、寄る辺ない身の上でも懸命に日々を生きていた。
そんな健気な娘であった。
(たとえ祖父が本当に禁忌に手を染めていたとしても、彼女には関係ないことじゃないか)
それなのに国は未だに彼女すらも容疑者であるかのように目を付けている。
(ミルチアはただ祖父の無実を信じ、働いて真面目に暮らしているだけなのに)
クライブはいつしか、そんな彼女に庇護欲を掻き立てられていた。
それが自身に初めて芽生えた特別な感情であることに気づかないまま、ミルチアとの接触を続けた。
キャロットケーキを馳走になるという理由で自宅に招かれるように巧みに誘導する。
人参は嫌いだが、自宅に上がり込むにはいい口実となった。
キッチンに立つミルチアの目を盗んで、クライブは部屋の中に探索魔法を掛ける。
(やはりトラップ的な反応は見られず、術語のスペルにも感知魔法はヒットしない。この魔法を用いれば物理的な創作は不要だが、一度や二度との探索では上は納得しないだろうな)
クライブは嘆息し、捜索魔法を打ち切った。
そして何食わぬ顔でテーブルの席につき、ミルチアのキャロットケーキを食べたのだが、その瞬間クライブは驚愕した。
苦手な人参がケーキになると別物のように美味しくなるという事実に目を見張る。
『旨いっ……人参が入っているのになぜこんなに旨いんだっ……?旨いよこれは!スパイスの香りで人参臭さがないし、何よりこの自然な甘みがたまらないっ……。そうか、人参は本来はケーキになるために存在しているんだな。これからは人参は野菜ではなくスイーツの分類として認識するよ。それなら好きになれそうだ』
思わず素の自分になって本心を口にしていた。
おかしなことを口走った自覚はある。だがそれを屈託なく笑うミルチアの笑顔に、胸が高鳴った。
と同時に良心の呵責に苛まれる。
(俺はこんな純粋な彼女を騙しているんだ……)
後ろめたさを感じるも今さらやめるわけにはいかない。
自分がやめたとしても、また他の誰かが送り込まれるのだ。
こうやって自分以外の諜報員がミルチアに接近するだなんて、到底我慢できない。
(とにかく、続けるしかない)
クライブはそう思った。
そうして何度も彼女の家に上がり込み、秘密裏に捜索魔法をかけ続けた。
不審に感じたフォトフレームを調べたが、写真の裏には日付だけ。
写真も、フォトフレームもその日付自体にも、探索魔法は引っかからなかった。
本当にどれもただの思い出の写真、というやつだった。
ある日、ミルチアから自身の祖父の嫌疑について打ち明けられた。
クライブは好機とみてミルチアに質問を重ねる。
同時に検索魔法も展開すれば、偽証であれば反応を示すだろう。
尋問のようだが、真実を詳らかにするためだ。ミルチアはそれを不審に思うこともなく答えてくれた。
(これは完全に白だ。ここまで調べれば、報告ができる。上も納得するしかない)
しかしそれは任務終了を意味する。
それはミルチアと会えなくなるということだ。
捜索終了後に諜報員が捜索対象者に接触することは固く禁じられている。
それを嫌だと感じている自分を認めざるを得ない。
そう思ったクライブに、ミルチアが遠慮がちに言った。
『……大罪の嫌疑をかけられた者が身内にいるのを今まで黙っていたのよ……。本当は呆れてしまったんじゃない?もしくは嫌悪したとか……』
嫌われたのではないかと心配するミルチアに対し、愛しさが込み上げる。
クライブは嘘偽りない自分の本心を口にした。
『祖父殿にどのような嫌疑がかけられていようとも、キミはキミだ。この国に連座制度はないんだから、何も気に病むことはない』
『あなたは、困らない……?こんな訳ありの人間がそばにいて、迷惑をかけない……?』
不安で瞳を揺らすミルチアを安心させてあげたい。
心を軽くしてあげたいと言葉を尽くす。
『何も困らない。困るわけがない。それより、キミの美味しいキャロットケーキを食べられなくなるほうが困るよ』
それを聞いたミルチアの瞳から涙があふれた。
そんなにも思い詰めていたのかと、クライブの胸が苦しくなる。
気づけば彼女を抱きしめていた。
『泣かないで、大丈夫だから』
自分の持てる力の全てでミルチアを守る。
クライブはそんな思いで『大丈夫。大丈夫だよ』と繰り返した。
何も心配はいらないと、彼女の不安を全て取り除いてあげたくて、クライブは優しく繰り返す。
ミルチアが愛しくてたまらない。
彼女を誰にも渡したくない、女性に対して初めて抱く感情だった。
泣き濡れるミルチアの瞳が見つめてくる。
そこに確かな熱を感じ、気づけば互いに唇を寄せていた。
初めて交わした口づけは切なくも甘く、そして涙の味がした。
それから数日。
ミルチアとの将来を真剣に考えるクライブのもとに仲間の諜報員が近づいてきた。
ミルチアに自白魔法をかけるという声があると聞き、怒りが沸き上がる。
しかしここで感情的になっては彼女を守れない。
ミルチアに恋情を抱いたと気取られるとたちまちたちまち任務から離され、彼女から引き離される。
捜索はほぼ終了しているとミルチアの潔白を証拠品と共に訴えたとしても、わずかでも私情が絡んでいるとみなされると却下されてしまうのだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
クライブは心を殺し、ただの諜報員として職務を全うしている体を装った。
それをミルチアに聞かれているとも知らずに。
そしてそれからすぐに、ミルチアから会うのを断られるようになった。
体調不良が原因らしいが、妙な胸騒ぎがして不安ばかりが募っていく。
クライブは毎日ミルチアのアパートに通った。
会えないと言われても、行かずにはいられなかった。
飲み物や食材に不自由しているのではないかと心配もあった。
『ミルチア、感染してもいいから顔を見せてほしい』
彼女に会いたくて。
顔を見て安心したくて懇願するも、ミルチアは応じてくれなかった。
仕方なく、いつものように食料と花束をドアノブにかけて帰る。
せめてこの花が、ミルチアの癒しとなるように願いを込めながら。
ミルチアと会えない日々が続く中、とうとう国境線を巡って隣国との武力衝突が起こった。
逼迫した臨戦状態に突入し、国は前線に派兵を決めた。
クライブは父に、諜報員としてではなく最前線で戦う連隊の副隊長として戦地に赴くようにと告げられた。
オーウェン侯爵家の男子として、華々しく戦地を駆け回って来いと。
大切な嫡男を差し出さなくて済むように、クライブを前線に送り込んで、周囲の理解を得ようと画策したのだ。
(くだらない。父親らしいことは何もしないくせに、こういうときだけ体良く息子扱いをするのか。くだらなすぎて反吐が出る)
だけどそれも、もはやどうでもいいことだ。
それならばこの状況を利用しようとクライブは思った。
『必ずや敵陣にオーウェンの名を轟かせてみせましょう。そして私が功績を上げ我が国が勝利した暁には、父上にお聞き遂げいただきたい願いがあります』
その願いが何なのか。
父は問うてきたがクライブは明かさなかった。
庶子の願いなど大したことはないと決めつけたのか、はたまた出陣前に士気が下がっては面倒だと思ったのか。父はすぐに承諾した。
口約束ではなく書面を交わさせることにも成功する。
内心嬉々とするクライブに、父は出征は三日後であると告げた。
クライブはその足でミルチアのアパートへと向かう。
出征前にひと目だけでも彼女の顔を見たかった。
紛争が終わり生きて帰ってこれたら、彼女に全てを打ち明けようと思ったから。
そのことを彼女の伝えずして戦地には赴けない。そう思った。
久しぶりに会うミルチアは少し痩せていた。
体調は戻ったと言うので多少安心したが、辛いときに頼ってもらえない自分の不甲斐なさを情けなく思う。
(キミに相応しい男になって、必ず帰ってくる……)
そう決意するクライブに、ミルチアは必ず生き延びると約束しろと言う。
それがとても切なげで、そして儚げでまるで今にも消えてしまいそうな気がして、思わず彼女を抱きしめた。
彼女が大切だ。
自分の生命よりも、何よりも。
愛しくて愛しくて、気が狂いそうになる。
これが最期かもしれないと思うと、余計に愛しさが増していく。
そして、ミルチアの手が背中に回され、ぎゅっと力を込められたのがわかると、もうその気持ちを抑えることができなかった。
想いが重なり、肌を重ねる。
本当はこんなことをすべきではないと頭ではわかっていても、心を止めることはできなかった。
必ず。必ず生きて帰る。
キミのもとに、自由になって。
クライブはその想いを、ミルチアに刻みつけた。
ミルチアへの愛を胸に、クライブは鎧を身に纏い騎乗した。
先遣隊はすでに出立している。
その後を追うように、クライブが副長を務める連隊も王都を発つ。
行く道に多くの人が見送りに訪れている。
この中にミルチアはいるのだろうか。
この姿を見て、どう思うのだろうか。
王都に戻ったら説明させてほしい。そして告解を聞いてほしい。
クライブはその思いを王都に残し、前線へと向かった。
つづく
一話が長すぎになるので分けました。
今日で完結としたかったけどごめんなさい。
クライブの言い訳をじっくり聞いてやってくださいね♡
(*´❥`*)ウフ
……といいつつ、明日は更新できなくてお休みです。
˚‧º·(´ฅωฅ`)‧º·˚エーンごめんなさい〜




