エピローグ 幸せな家族の姿
本編はエピローグです。
久々の文字数の暴力。
よろしくお願いします。
「コンニチワ~!」
いつものようにツバメ亭のドアベルを軽快に鳴らしてコリーンが入店してきた。
ただいつもと違うのは、彼女の手に旅行鞄があること。
その旅行鞄を床に置き、いつもの席に着きながらコリーンが言った。
「宿に知らせをもらって馳せ参じましたが、フィン君はもう大丈夫なんですか?」
ミルチアは申し訳なさそうに眉尻を下げ、彼女に答える。
「ええ。おかげさまで熱も下がって元気になったわ。お店に来れなかったから、話を中断してしまって本当にごめんなさい。今日で帰国する予定なんでしょう?」
「フィン君が風邪を引いてしまったんだから仕方ないですよ~。お母さんがそばにいてあげるのが一番の特効薬ですもんね!」
クライブとの話を恋愛経験談として語って聞かせていたミルチアだが、風邪で発熱した息子のために数日間店を休んだ。
ようやく熱は下がりやれやれと思っていたら、コリーンが今日で帰国の途に就くと聞いて慌てて彼女が滞在する宿に連絡を取ったのだった。
ツバメ亭は定休日だが、落ち着いて話をするのはこの場所が一番ということで店を使わせてもらった。
「船の時間は大丈夫?」
「ハイ。夕方の便なのでまだまだ時間に余裕があります。なので是非、最後まで聞かせてください!」
相変わらず元気にハキハキと喋るコリーンを好ましく思いながら、ミルチアは笑顔でうなずいた。
家で焼いてきたキャロットケーキとカフェオレをテーブルに並べる。
「今日のキャロットケーキはカルダモンがたっぷり入っているから、コーヒーに合うと思うの」
「わ~♪楽しみ!ありがとうございます」
そうしてテーブルに向かい合って座り、二人でキャロットケーキに舌鼓を打つ。
誰も居ない店内。
いつも何かしらの音を響かせる厨房も静まり返っている。
そんな静寂の中、ミルチアは語り始めた。
◇
考えに考え、悩みに悩み抜いた末に、私はクライブにフィンリーの存在を打ち明けることにしたの。
ごちゃごちゃ言い訳めいた言葉を並べるよりも、まずはフィンリーに会ってもらうのが一番だと思ったから。
そしてランチを食べ終えて店を後にする彼に都合を尋ねた。
『あのっ……、明日は何か予定入ってる……?』
『いや、とくに何もないけど、ツバメ亭は定休日だろう?』
『ええ。だから……少しお時間をもらえないかと思って』
私がそう言うと、クライブは表情を明るくした。
『それって、明日も会えるということ?』
彼の言動に気恥しさを感じ、そして同時に大切なことを打ち明ける緊張感を抱いた私は、黙って頷くことしかできなかった。
そして若干早口になってクライブに告げる。
『街の中央広場に噴水があるの。各地を繋ぐ馬車のターミナル駅でもある中央広場よ、わかるかしら?』
『ああ。大丈夫、わかるよ』
『じゃあ正午にそこの噴水の前で……いい?』
『わかった。楽しみにしているよ』
嬉しそうに笑みを浮かべるクライブ。
その笑みを曇らせることになりませんように……と私は心の中で祈らずにはいられなかった。
そうして迎えた翌日。
私はフィンリーを連れて、待ち合わせ時間よりも早めに広場へと向かった。
家にいても落ち着かなくて、とにかく歩いて気持ちを鎮めようと考えたの。
幼いフィンリーの歩幅に合わせてゆっくり歩いて行けるしね。
そうやって手を繋いで隣をとてとて歩く息子を見る。
(あの人はこの子を見てどう思うのかしら……。驚くのは間違いないわね、その後は?知らないうちに自分の血を引く子どもが生まれていたことに憤りを感じる……?)
緊張でフィンリーと繋ぐ手に汗が滲む。
『まま、おうましゃんのぃたい!』
動物が好きなフィンリーが私を見上げてそう言った。
『ごめんね、今日は馬車には乗らないのよ。でも広場は停車場でもあるから、お馬さんを見ることはできるわ』
『わーい!』
無邪気な息子の笑顔に癒される。
(そうよ。すべてはフィンのため。クライブの困惑も怒りも、きちんと受け止めよう)
心を定めて、手のひらの中にある温かくて柔らかい小さな手をきゅっと握った。
やがて広場へと辿り着く。
多くの人々や馬車が行き交う広場を、待ち合わせに指定した噴水までさらに歩みを進めた。
覚悟を決めたはずなのに、一歩一歩足を踏み出すたびに鼓動が速まる。
そして、すでに噴水の縁に座っているクライブの姿を見つけた。
(え?も、もう来ているの……?)
そういえば以前も待ち合わせ時間よりも早くに来る人だったと思い出す。
フィンリーと手を繋ぎながら唖然として立ち尽くしていると、ふいにクライブと視線が重なった。
『あ……』
思わず声が漏れ出す。
私に気づいたクライブが綻ぶような笑顔を見せた……次の瞬間、私の隣に立つフィンリーの姿を見た彼の表情が喜びから驚きに変わった。
『あ……』
また私の口から声が漏れ出した。
愕然とした表情を浮かべ、クライブがゆっくりと立ち上がる。
私たちを隔てる距離は十五メートルほど。
その間を人や馬車が往来する中でも、彼の表情が手に取るようにわかった。
クライブは目を大きく見開き、一心にフィンリーを見つめている。
震える唇が『その子は、まさかっ……』と動いているのが離れていてもわかった。
そしてクライブが私たちの方へと足を踏み出したそのとき、
『あ!おうましゃん!』
『ちょっ……フィンッ!?』
客車に繋がれた馬を見たフィンリーが、繋いでいた手を振りほどいて走り出した。
緊張で私の手が汗ばんでいたことが災いして、制する間もなく手が離れてしまった。
馬を目掛けて駆けていくフィンリーを追おうとして、往来する馬車がこちらに向かって走ってくるのを視界の端に捉えた。
『ダメッ!!フィンリーッ!!』
無意識に体が動いていた。
迫り来る馬車から息子を救いたい一心で駆け出し、その小さな体を抱え込んだ。
それだけで必死だった。
フィンリーを抱きあげたはいいものの、寸前に迫る馬車から逃れる時間はない。
『……っ!!』
私はフィンリーを庇うように抱き、来たる衝撃を覚悟する。
だけどその刹那、私たちの体が大きなものに包みこまれ、そのまま飛ぶように転がった。
一体何が起きたのかわからず混乱したけれど、間一髪で馬車に轢かれるのを回避できたのだと理解する。
慌てて状況を確かめると、フィンリーを抱いた私ごと、クライブは抱え込んで横たわっていた。
自分は肩と背中を強打しながらも、身を呈して私たちを守ってくれた。
『クライブ!大丈夫っ!?』
気が動転するもクライブの無事を確かめると、彼は震えながら私たちごと上半身を起こした。
そして私たち母子を見つめる。
『……待って、待ってくれっ……こ、この子はっ、この子はっ……』
そう言って彼は私たちを決して離さずに熟視した。
私は咄嗟に言葉が出ず、黙ったまま頷くことしかできない。
何かを語るよりも、フィンリーの髪が、その双眸が二人の絆を物語っているのだから。
そしてなんとか声を押し出してクライブに告げる。
『この子の存在を黙っていて、ごめんなさい……』
『っ……』
クライブが息をのむのが聞こえた。
そしてまたフィンリーを見つめる。
フィンリーもまた、クライブのヘテロクロミアの瞳を不思議そうに見つめていた。
クライブは表情をくしゃりと歪ませる。
『ああ……神よっ……感謝します……!間に合って良かった、二人を守れて良かった……!お前たちを失ったら、俺はっ……俺はもうっ……』
彼はそう言って私たちを包み込むように抱きしめた。
耳に触れるクライブの体からくぐもった声が聞こえる。
『すまないミルチア。キミの意思を尊重しようと思っていた……だけど、だけどもう、離してやれない。離れられないっ……』
『クライブ……』
『頼む。今さら夫面も、父親面をするのも烏滸がましいことだとわかっている……。だけど、だけどどうか、二人のそばにいさせてほしい。俺に二人を守らせてほしい……!頼むミルチア、頼む!愛してるんだっ……』
私たちを抱きしめるクライブの腕に力がこもる。
だけど彼の腕の中はとても優しくて温かくて、安心できた。
『烏滸がましいだなんて……。あなたに黙って……隠れてこの子を産んでごめんなさい……。だけど、あなたからもらった一生に一度の宝ものを絶対に諦めたくなかったの』
『ミルチア……』
『決して名乗り出るつもりはなかった。あなたに迷惑をかけるつもりはなかった。あなたの人生のお荷物になりたくなかったから……』
『荷物だなんて、そんなこと』
『うん。今ならわかるわ。あなたはそんなことは思わないって……。でもあの時はどうしようもなかったの……』
堪えきれず涙が滲む私の背を、クライブの大きな手が包み込むように添えられた。
その手が本当に優しくて、子どものように大きな声で泣きたくなった。
『ごめんなさい、ごめんなさいっ……』
『謝る必要はない、悪いのは俺だ……。キミをそこまで追い詰めた。時勢も悪かった。だけど俺たちの縁は繋がっていた。この子が繋げてくれていたんだ』
二人して同時にフィンリーを見る。
フィンリーはなおも不思議そうに大人しく抱かれていた。
あわや大惨事になるところだったと、周囲は騒然としている。
私たちは若干気まずい思いをしながら、心配して駆けつけてくれた人たちの対応をした。
主にクライブが対応してくれたけど……。
そうして落ち着いてから再び、互いに向き合った。
『可愛いな……。というか、笑ってしまうくらい俺にそっくりだな。名前は?名前はなんと?』
クライブが存在を知ったばかりの息子を膝に乗せながら言った。
『フィンリーよ』
『フィンリーか。健康で利発に育ちそうないい名だ』
『うん……』
面映ゆいながらも頷いて、今度はフィンリーに言う。
『フィン、この人はあなたのパパなの』
それを聞いたフィンリーがつぶらな瞳をクライブへと向けた。
『ぱぱ……?たむくんぱぱ、いっちょ?』
『そうよ』
『りぜたんぱぱ、いっちょ?』
『そう。同じよ』
『ばーとくんぱぱも?』
『そうよ』
フィンリーは託児所のお友達とその父親たちを次々に口にする。
幼いなりに父親という存在を認識しようとしているのだろう。
逆にそのくらいフィンリーにとって父親が縁遠いものであったことに胸が痛くなる。
『ぼくの、ぱぱ?』
『……っ、そうよ……』
迫り上がる熱いものを我慢してフィンリーに答えると、フィンリーは見る間に笑顔になった。
『ぱぱ!ぼくのぱぱ!ぱぱ!ぼくの、ぼくのぱぱ!』
ぱぱと呼べるのがよほど嬉しいらしく、フィンリーは何度も呼ぶ。
クライブはそんなフィンリーをそっと抱きしめた。
『フィンリー、今まで一緒に暮らせなくてごめんな。だけど今日からは、何があっても離れない。お前は俺の息子だ。そして俺はお前の父親だ。……そうだよな?ミルチア……二人のそばに、ずっといてもいいよな……?』
フィンリーには力強く言ったくせに、私には弱腰になってお伺いをたてるクライブを見て、肩の力がするりと抜けた。
憤るどころか息子の存在を喜ぶその姿に安堵する。
私は心からの笑みを浮かべて頷いた。
『ええもちろん。私たちは、家族よ……』
『ミルチア!フィンリー!』
クライブは感極まった様子で私たちを抱きしめた。
ここから。私たち家族はここからはじまるのだと、素直にそう思えた。
怖いくらいの多幸感に包まれて、この幸せを二度と失いたくない。そのためならどんな困難も乗り越えていける。
クライブとフィンリーがいてくれるなら、私はどこまでも強くなれる……。
そのとき、私はそう思ったの。
◇
「そうして今がある。私たちは家族になって、今もこの街で暮らし続けているのよ」
全てを語り終えたミルチアがその言葉で締め括ると、コリーンは涙を流しながら拍手をした。
「よかった!本当によかった……!これぞハッピーエンドですね!」
「ふふ。なんだか照れるわね。でも物語ならここで終焉を迎えるんでしょうけど、私たちの人生はまだまだこれからだもの」
「そうですよね。そっかぁ……じゃあ今日もフィン君はお父さんと、クライブ・オーウェン卿と一緒なんですか?」
「ええ二人でお留守番してくれているわ。……そうそう、言い忘れていたけど、夫は今はライト姓を名乗っているの」
ミルチアの言葉を聞き、涙を拭いていたコリーンがハンカチから顔を上げる。
「え?婿養子?……ミルチアさんの戸籍に入られたってことですか?」
「そうよ。オーウェン侯爵家とは完全に縁を切るために、あの人がそう決めたのよ」
「そっかぁ。じゃあオーウェン卿とは呼んじゃダメですね」
「オーウェン姓はともかく。近々、騎士爵を叙爵するそうなの」
「救国の英雄ですもんね!伯爵位以上もらったってバチは当たりませんよ!」
鼻息を荒くしてそう言うコリーンに、ミルチアは微笑む。
「ふふ。でもあの人ったら本当は騎士爵すら要らないらしいのよ。余計な柵に縛られそうだって」
「ああ、なるほど。でも国としてはとりあえず何かしら受け取ってくれ~って感じなんでしょうね」
「報奨金があるし、年金もあるからもう充分だって、あの人は言ってるわ」
そう言って笑うミルチアを見て、コリーンは心から安堵した。
(よかった……ミルチアさん、幸せそう。本当に今は幸せに暮らしてるんだ)
満ち足りた気持ちになりながら、コリーンは手帳を閉じた。
出港時間が迫り、コリーンがツバメ亭を出て港へ向かう頃になると、店主夫妻が二階から下りてきた。
そしてそれぞれ別れを惜しみながら再会を約束する。
「次の長期休暇も、バカンスは必ずセントクレアに来るんだよ」
「ハイ!それはもちろん!皆さんにお会いしたいですし、ここのお料理もまた食べたいです!」
「嬉しいこと言ってくれるね~。おじさん、頑張っちゃうよ~」
「じゃあせいぜい、コリーンちゃんのために店のメニューを増やしときな」
「ハイヨ~」
「ふふふ!必ず、必ずまた来ます!」
コリーンはそう約束して、ツバメ亭を後にした。
ミルチアはそのままコリーンを港まで見送るつもりだ。
二人で楽しく会話をしながら石畳の坂道を下っていく。
そして港に到着し、コリーンが乗船する船の前で固い握手を交わした。
「ミルチアさん、素敵なお話をありがとうございました!」
「こちらこそ、フィンがスカートを汚してしまってごめんなさい。お詫びがお話で本当によかったのかしら」
「いいんです!お代を払ってでも拝聴する価値のある壮大な物語でした!」
「ふふ、大袈裟よ」
ミルチアとコリーンは最後にハグも交わして別れた。
出港の汽笛が港に響く。
ゆっくりと桟橋から離れていく船を、ミルチアは見送る。
コリーンが船の甲板に出て遠ざかるセントクレアを眺めると、桟橋に立つミルチアの姿を見つけた。
「ミルチアさんだ!」
コリーンが大きく手を振ると、それに気づいたミルチアも手を振り返してくれる。
「さよなら、ありがとうございました……!」
もうミルチアには届かないけれど、コリーンは何度目かの別れの言葉を口にする。
そのとき、桟橋に立つミルチアに近づく二つの影が見えた。
夕日を背に、長く伸びた大きな影と小さな影、二人分の影がミルチアと重なる。
「あ……」
自分の影を追うようにミルチアに向かって駆けていく小さな男の子に、コリーンは視線を向けた。
「フィンくんだ。お母さんを迎えにきたのね。……ということは」
コリーンは次に、フィンリーの後を落ち着いた足取りで歩く男性に視線を巡らせる。
「あの人が……クライブさん」
優しい眼差しで妻子を見つめる背の高い男。
彼がミルチアの夫、クライブ・ライト卿で間違いないだろうとコリーンは確信した。
しがみついてきた息子の頭を撫でるミルチアが、夫へと笑顔を向けたのがここからでもわかった。
互いに微笑みあう二人。
母親にくっつく息子をひょいと持ち上げ、肩車をする父親。
肩に乗る息子を片手で支え、もう片方の手で妻の手を握る。
幸せな家族の姿が、そこにあった。
寄り添い歩く姿をコリーンは眺め続けた。
「お幸せにっ……!」
思わず大声で叫んでいた。
声が届かずとも言わずにはいられなかった。
苦労してきた分、二人には幸せになってほしい。
いつか。ミルチアの最初で最後の恋を、物語として描きたい。
きっと誰もが涙する切なくも温かい物語になるだろう。
どんなタイトルをつけようか。
コリーンは考えを巡らせる。
「そうだ!」
“私は本気の恋だった”
これがいい。これしかないと、離れゆくセントクレアの街を眺めながらコリーンは思った。
お終い
次回、クライブside。
ヒーローの言い訳を聞いて(読んで)ラストです。
(*・ω・)*_ _)ペコリ




