石畳の坂道を二人で
祖父の嫌疑が晴れたとクライブに知らされた翌日、
私は店主夫妻と常連客たちに改めてお詫びをした。
『昨日は色々とすみませんでした……。おまけに目眩を起こして倒れるなんて……きっと皆さんにご迷惑をおかけしたのでしょうね……』
誠心誠意、謝意を込めて頭を下げる私に向かって、みんなは口々に言う。
『そんなの気にするこたぁないよ。どうせ馴染みの客ばかりだ。仕事なんざ押し付けときゃいいんだよ』
『それより体調はもう大丈夫なのかい?』
『ミルチアちゃんのためならなんてことないよ!』
『お前さん、なにもしてねぇじゃねえか』
『あ、そうだった』
『英雄様、サインくれんかのぅ……』
快く謝意を受け取ってくれたみんなに改めて感謝すると、常連客の一人が言った。
『それにしても……オーウェン卿のあの慌てっぷりは見ものだったなぁ』
私が目眩を起こして意識を失ったときのことを、店にいたみんながまた口々に話し出す。
『そうそう!“ミルチアが倒れた!誰か医者を呼んでくれ!”って、血相を変えて二階から降りてきたんだもんなぁ』
『戦場でもっと凄惨な負傷者を目にしてるだろうに、ミルチアちゃんが倒れただけで酷い狼狽えようでさ』
『救国の英雄も、ただの年若い青年なんだなって思ったよ』
『それだけミルチアちゃんのことが大切なのさ』
『英雄様のサイン、欲しいのぅ……』
みんなの話では、クライブの動揺は相当だったらしい。
『そりゃ目の前で突然意識を失っで倒れられたら誰だって驚くわよね』
そう結論付けて私が言うと、店主が『わかってないねぇ……』と嘆息しながら言ったの。
『どんな修羅場を潜った歴戦の猛者でも、惚れた女に関しちゃ形無しなんだよ』
『惚れた女って……』
そんなわけはないわ。
だって彼にとって私はかつての捜査対象者で、それにより罪悪感を抱くだけの存在なんだもの。
第一、クライブには縁談が進んでいるはず。
昨日は有耶無耶になってしまったけれど、もう一度だけ会ってきちんとお礼を伝えて終わりにしよう。
そのとき私はそう思ったの。
昨日女将さんがクライブに、落ち着いて話がしたいのなら明日のランチ終了後に来たほうがいいと告げていたらしい。
そして彼はその通りにして私を訪ねてきた。
クライブも店主夫妻や店の常連客たちに昨日の謝意を伝えて頭を下げている。
救国の英雄に頭を下げさせるなんてとみんなが慌てる様を、私はエプロンを外しながら見ていた。
そうしてタイミングを見計らってクライブに声をかける。
『浜辺まで歩きませんか?』
歩きながら話が済むならそれでよし。
済まなくても浜辺のベンチに座り落ち着いて話の続きをすればいい。
どちらにせよそこが私たちの終着点だと考えながら彼に提案すると、クライブはすぐに快く応じてくれた。
石畳の坂道を二人でゆっくりと下っていく。
セントクレアは海岸線に沿うように小高い山が連立している地形で、その山を切り開いて街は造られたため起伏が激しく坂道が多い。
年間の降雨量も多いため坂道がぬかるんでは危険だと、街の全てが石畳で舗装されていた。
それだけでもこの街が豊かであることの象徴となる。
縁起が良いとされる、途切れることなく繋がる四角形の石を、繁栄や発展を意味する文様を描き敷き詰められた道に私とクライブの靴音が小気味よく響いた。
『セントクレアはいい街だな。景観がいいだけではなく、経済も人の心も豊かだ』
クライブが通りを行き交う人達に視線を巡らせながら言う。
私は隣を歩く彼を見て首肯した。
『ええ。水も空気も、食事も最高なのよ。だからこの街を選んだの』
クライブの表情に僅かな陰りが差す。
『……キミが王都から離れたのは、俺との関係を絶つため?』
『関係を絶つも何も、私たちの間にあったのはまやかしのようなものじゃない……』
『まやかし……』
『違うとは言わせないわ。名前も職業も髪の色さえ偽りと知ったときの私の気持ちがあなたにわかる?』
責めたいわけじゃない。ただ、ありのままの気持ちを彼に伝える。
クライブは苦悶に満ちた表情でそれを受け止めた。
『本当にすまなかった。国と宰相に命じられた任務だったとはいえ、人として最低な行いだった……』
もう二度と目にするとこはないと思っていた、夜空と青空の瞳に後悔の色を滲ませてこちらを見るクライブに、私は小さく嘆息し肩の力を抜く。
『わかっているつもりよ。その上であなたに祖父の術式を託したの。……そりゃあ私が接していたあなたの全てが偽りだった知ったときは、酷く裏切られた気持ちになったけど。だけどそれも全て終わったことで、何よりあなたは祖父の汚名を雪いでくれた恩人だわ』
そんなことを話すうちに石畳の坂道を抜け浜辺へと辿りついた。
防波堤の上にあるベンチへとクライブを連れて移動する。
見晴らしのいい場所に設置されたベンチに隣合わせ、だけど適切な距離を保って二人で腰掛けた。
そんな私たちの間に子どもがいるなんて、誰も想像もつかないでしょうね。
彼自身、考えことすらないと思う。
私はちらりと隣に座るクライブを覗き見た。
(こうやって見ると、まるで大きなフィンリーね)
髪色と瞳の色だけじゃなく、顔のつくりや眉毛の形まで似ているの見ると、否が応でも二人が親子であるとわからされる。
心の中で可愛い息子の姿を思い浮かべながら複雑な気持ちになった。
クライブとフィンリー、二人の間に立つ私が二人の絆を絶っている。
クライブはともかく幼い息子がこれからも父親を知らずに育つのかと思うと、胸がしめつけられた。
(だけど仕方がないのよ……。互いに知らずにいるのが一番いいの。それが皆の幸せに繋がるのだから……)
そんな私の重い心境と同じく、クライブが重い口を開いた。
『だけど、俺の気持ちに偽りはなかった』
その言葉を聞き、私は無言で彼を見る。
『最初は確かに捜査対象者として近づいた。だけどキミと接するうちに、惹かれていく気持ちをどうしても止められなかったんだ』
それは……当時、彼も少しは私に好意を持ってくれていたのだと、素直に受け取っていいのだろうか。
優しくしてくれたのも、心配してくれたのも、甘く口づけてくれたのも、宝ものを扱うように抱いてくれたのも、たとえひと時であったとしてもクライブが私を愛おしいと思ってくれていたと自惚れてもいいのだろうか。
(それなら……本当にもう充分じゃない)
あの潜入捜査があったから彼に出会えた。
そのおかげで祖父の嫌疑を晴らせた。
そして、最愛の息子を授かることができた。
一方クライブは捜査のために神経をすり減らしただろうし、紛争にて何度も命の危機に晒されたのだろう。
そして紛争が終結し王都に戻ってみれば、私は姿を晦まし祖父の術式を託された。
罪悪感と責任からそれを秘密裏に解析し、結果が出てからは祖父の名誉回復のために奔走した。
(か、考えてみれば……彼ひとりに苦労を追わせてしまったわ……)
私はその間、息子と二人のんびり幸せに暮らしていただけだ。
(だから今度はクライブの番ね)
私への罪悪感は全て払拭して、王弟殿下令嬢と幸せになってほしい。
チクリと胸が痛むけれど。やがてそれも時間の経過と共に消え去ったら、きっとこれで良かったのだと思えるはずだから。
その気持ちを込めて、私は彼に感謝の言葉を伝える。
『ありがとうクライブ。孤独だった私に優しくしてくれて。ありがとう、祖父の名誉を回復させてくれて。そして、この国のために戦ってくれて……本当にありがとう』
『ミルチア……?いや、それらはキミのためになるのならばと……がむしゃらだった結果にすぎないんだ』
『だったら尚さら、私という過去の存在に捉われることなく、これからは自分の幸せを一番に考えて欲しいの』
『過去の存在って……』
彼の言葉を受け流し、私は続きを口にする。
『あなたには約束された輝かしい人生が待っているはずよ。それを、あなたに相応しい方と、王弟殿下令嬢と共に歩んでいって……』
許されるなら、本当は私がクライブを幸せにしたかった。
彼のそばで彼を支え共にいきていくのは私であってほしかった。
だけどそれが叶わないことは、誰にも望まれていないことは充分承知している。
彼には彼に相応しい人がいるのだから。
だけど……次にクライブの口から出た言葉は、全く予想だにしないものだった。
『王弟殿下のご令嬢との縁談は、王都に帰還してすぐに断ったよ』
『…………え?』
『それにより父との関係は悪化したけど、元々ほぼ放置されて育って、父子らしい関係なんて築けていなかったからね、今さらだ』
『え?』
『ご令嬢は是が非でも英雄と持て囃される俺の妻になりたかったらしいけど、こっちはそんな婚姻は望んでいないからね。ハッキリと断ったら王弟殿下から、昇進の話を握り潰し王宮騎士団を辞めさせるぞと圧力がかかったけど』
『え』
『庶子として市井で暮らしていたから、王宮騎士団にしがみつかなくてもどこでも食べていける自信はあった。だから自分からさっさと辞めてやったよ』
『えぇっ?』
『だけどそれを知った紛争に関わった全ての騎士や兵士たちからの糾弾が激しくなってきているらしい。近々王弟殿下は何かしらの厳罰に処されるのではないかと、内々に知らせがあったよ』
『えっ?』
『まぁいい機会だからこの波に乗って、オーウェン侯爵家とも縁を切ったんだ。もう何もない、何者でもない本当の姿で、キミに会いたかったから』
『えっ……』
『クライブ・ケインでも、クライブ・オーウェンでもない、ただの平民の男となって、キミに会いたいと思ったんだ。……だから、』
だから、もう一度初めからやり直させてほしい。
クライブは私にそう言った。
サインもらえた… □( ´灬` )ホワ…♡




