優しい魔法
祖父が秘密裏に研究を重ねていたのは死者の蘇生ではなかった。
蘇らせたかったのは魂の宿らない生きる屍ではなく、
亡くなった人が最期に大切な人に伝えたかった言葉。遺志。
突然の事故で私の父である息子と嫁を亡くし、その息子が幼い私を遺して逝くことにどれだけの心残りがあったのだろうと、祖父は思いを馳せたのかもしれない。
そして亡くなった者にとっては伝えられなかった言葉、亡くした者にとっては聞き遂げられなかった言葉を、祖父は何とか復元しようとしたのだと思う。
『祖父殿が構築したかった術式は、ご遺骸、もしくは遺品に僅かに遺る残留思念から文字を起こすものだった。その研究途中の書き散らかされた術語や構築式を見た研究機関の職員が、“亡骸を動かす”もしくは“死者を蘇生させる”と読み取って勘違いをしたんだ』
『それで祖父に嫌疑が……』
やっぱり。
祖父は死者を甦らせるような禁忌に手を出すような人ではなかった。
祖父は誰かが自分と同じ悲しみを繰り返さないために、大切な人の最期の思いを届ける方法を探し続けたのだろう。
『祖父は知りたかったんだわ……息子が最期に何を思ったか』
『そしてそれをキミに伝えたかったんだろうな。大切な家族の思いを大切な家族に、繋げたかったんだろう』
クライブの言葉に、私の胸の奥がじんと温かくなる。
寡黙な人だったけれど、穏やかで思いやりのある人だった。いつも私や祖母のことを一番に考えてくれた。
そんな祖父の優しい笑顔が私の脳裏に浮かぶ。
『忌まわしき魔法だなんてとんでもない。キミの祖父殿が構築しようとしたのはとても尊いものだった。亡くなった人と亡くした人、双方を慮る優しい魔法だったんだ』
『おじいさまっ……』
堪えきれず涙が零れる。
故人の思いを甦らせる魔法。
ただ純粋にそれを成したかっただけなのに。
病に侵された祖父にはあまりにも時間が足りなかった。
そして自分の死期を悟った祖父は、一歩間違えれば誤解を受けてしまう可能性のある術式を、私の記憶の中に隠したんだと思う。
もしかしたら、後に誰かが完成させてくれるかもしれない。
もしそうでなかったのなら、私の記憶と共に忘れ去られてしまってもいいと祖父は考えたんだろう。
エプロンで涙を拭う私に、クライブが告げた。
『未完成だった術式は、今回解析に携わってくれた優秀な高位魔術師により完成されたよ』
『えっ……』
『ご遺骸があるほうが確率は上がるが、亡くなってからそれほど時間が経過していない遺品からも残留思念を読み取ることに成功したんだ。残念ながら長くても三年以内のもので、思いの強いものでないと残留思念を拾えないそうなんだが……』
『すごいわっ……おじいさまの術式が……』
祖父が望んだことが実現した喜びに、私の心が震えた。
『この術式が活かされて、誰かの救いになるかしら……祖父はそれを強く願っていたと思うの』
私が口にした言葉に、クライブは力強く頷いてくれた。
『ああ。公表はまだだか、すでに実用化が始まっている。キミの祖父殿の術式を用いて、紛争で戦死した者の亡骸や遺品から残留思念を読み取り、それを遺族や関係者へと渡す作業が始まっているんだ。すまない、時間に制約があるために事後報告となってしまった』
『戦死者の思いが、家族や大切な人のもとに……届けられるのね……』
震える声を抑えられず、囁くような声で告げると、クライブはまた頷く。
『残留思念はラストメッセージと銘打って届けられ、それを受け取った遺族たちから感謝の意を伝える手紙が多数寄せられているんだ。今、キミの元にその手紙を移送する手続きを取っているよ。そして術式にはキミの祖父殿の名が付けられ、その功績が称えられる』
『あぁっ……』
(おじいさま、おじいさま。
聞いておられますか?
あなたが思い描いた魔法が形となり、多くの人の心を救い、感謝されているのですって……)
『良かった……、本当に、本当によかった……』
長年、澱となって溜まっていた蟠りや憂愁がほろほろと解けていく心地がした。
それが一気に放心状態へと陥り、私は目眩を起こしてしまった。
短時間で精神の振れ幅の許容範囲を超えてしまったのだと思う。
『ミルチアッ……!』
すぐにクライブが支えてくれたけど、私はそのまま意識を手放してしまったわ。
そして次に気がついたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
『フィン……!』
ハッとして上半身を起こしたけれど、またふらつきを感じて蹲る私の頭上から女将さんの声が聞こえた。
『フィン坊なら心配要らないよ。託児所にはアタシが向かえに行って、今はウチの人と風呂に入ってるよ』
『か、クライブは……』
『今日のところは帰ってもらったよ。もう話し合いができる状態じゃなかったしね。……フィン坊のことは誰も何も言ってないから安心しな』
それを聞き、私は再び脱力して思わず項垂れる。
『そうですか……』
『……あの人が、フィン坊の父親なんだろう?』
確信に迫る女将さんの問いかけに、私は俯いたまま黙って頷いた。
『やっぱりね……。あんたにもちゃんと考えがあってのことだと理解しているつもりだけど、いつまでも隠し通せるものでもないかもしれないよ……』
気遣わしげに言う女将さんに、私はベッドに座って頭を下げた。
『わかっています……。女将さん、ありがとうございます……』
だけど、私はフィンリーの存在は隠し通すべきだと考えている。
今日のクライブから聞いた話により、諜報員として偽りの関係だったことへの心のしこりは昇華した。
むしろ祖父の汚名を雪いでくれたことへの感謝の気持ちのほうが勝っている。
だけど……私がすでに過去の存在で、これからの彼の人生には不要であることに変わりはない。
ましてやフィンリーの存在を知られて、オーウェン侯爵家に奪われる。
それだけは絶対に防がねばならないと思った。
(心を強く持たなくちゃ……。フィンとの暮らしを守るのよ……)
私は何度も自分にそう言い聞かせた。
ぶわっ…(இ௰இ`。)←コリーン




