再会
とても天気の良い午後だった。
坂の上から陽の光を受けてキラキラと輝く海の水面が見える。
どこからか聞こえてくる練習中のピアノの音色に近くの公園で遊ぶ子どもたちの声。
古い風見鶏が潮風を受けて動くたびにキィキィと鳴いていた。
そして、呆然と立ち尽くす私の目の前には林檎を抱えたクライブの姿が。
彼はゆっくりとした足取りで私に近づき、足元に転がる買い物カゴを拾いあげた。
カゴに林檎を入れ直し、やがて束の間の逡巡の後、私に言った。
『久しぶり、だね……』
港街の伝承にある、海からくる霊の悪戯だったらどれほどよかっただろう。
だけど耳朶をくすぐる低く穏やかな声は紛れもなくクライブの声で……。
私は混乱するあまり逆に平静として彼に答えた。
『ご無沙汰しております……。お元気そうで何よりです』
もう以前のようには話せない。話さない。
彼と私では身分も立場も違うことを、ありありと知った後だから。
そんな私に、クライブはなぜか物悲しげに言った。
『うん……。キミは、元気にしていた……?』
その言葉がこれまでの日々を思い起こさせ、私の心に激しい何かが湧き上がる。
だけどそれも、彼には預かり知らぬことだと思い直して自嘲した。
『……おかげさまで。あ、そうだ。ご戦勝、誠におめでとうございます。あなた様のご活躍の噂はこの港街にも届いておりました』
身の程を弁えて接する私に、クライブは硬い声で言う。
『……ミルチア、出征する前にキミに話したいことがあると言ったのを、覚えてるかな』
覚えているけど、今さら何を話そうというのか。
諜報員として近づいたこと?
私の前で、名も身分も、髪色さえ偽りの姿だったこと?
そんなこと、改めて語られるなんてご免だわと私の心はしんと冷えた。
だから私は敢えて知らないふりをする。
『……どうだったでしょう……。だけどもう全て過去のことです。お立場のあるあなた様にお時間を割いていただく必要はございません』
『聞いて、ミルチア』
『こんな鄙びた港街に何のご用向きで来られたのかは存じませんが、ご栄達の祝意をお伝えできたことを嬉しく思いました。これからも遠くよりご活躍を……『ミルチア、頼む』』
形ばかりの挨拶をしてこの場から去ろうと思ったのに、彼に遮られて最後までそれを口にすることが出来なかった。
クライブがなぜ、何を懇願しているのかがわからない。
わからないからこそ、それに耳を傾けるわけにはいかないと思った。
彼には王弟殿下令嬢との縁談があり、私はそんな二人に知られてはならない秘密を抱えている。
クライブの幸せのためにも、私はその秘密を……フィンリーの存在を隠し通さねばならないのだ。
『……仕事中なので、これで失礼します』
『仕事は何時に終わる?』
『答えられませんっ……』
『ミルチア……!』
呼び止めるクライブの声を無視して、私は走り出した。
林檎のカゴを抱えて路地裏へ逃げ込む。
身体能力は相手より遥かに劣る私だけど、土地勘がある有利さを活かして必死に逃げた。
どうしてクライブがセントクレアに?
彼には全て渡した。
祖父が遺したものも、王都での暮らしも、私の心も……すべて。
それなのにまだ何かあるの?
(まさかフィンの存在をっ……?)
自分の血を分けた……高位貴族の、オーウェン侯爵家の血を受け継ぐ子どもを平民として市井に捨て置くことなど出来ないと?
母親の元で養育するなど心許ないと、有り得ないとして引き取りにきたの……?
そして王弟殿下令嬢との家庭でフィンリーを育てると……?
なんの確証もないのに、そのときの私はそれが正解であるという考えに支配された。
(そんなのはイヤ。絶対に渡さない。あの子は私だけの子よっ……!私が一人て生み、育てる私だけの子なのっ……)
他は何を奪われてもいい、だけどフィンリーだけはあの子だけはと願いながら、私は必死で路地裏を駆け抜けた。
シクベらしくなってきたぁ…!
σᐛ)σキタキタキタ




