武功
私のセントクレアでの新生活は、温かく心休まる日々だった。
優しい店主夫妻に見守られながら、お腹の子に負担がかからないシフトで給仕として働いた。
ツバメ亭の常連客たちも善良な人ばかりで、未婚で身重な私にとても親切にしてくれたの。
時折、紛争地域での戦況が報じられる以外、田舎の港街は平穏そのものだったわ。
クライブは大丈夫なのだろうか。
怪我は、命の危機に晒されてはいないだろうか。
もう関わりのない人なのに、心配ばかりが募っていく。
(決して知らせるつもりはないけど、お腹の子の父親だし……)
願わくば、私の知らないところで幸せに生きてほしい。
安否を確認しようもない場所で、私はそう思っていた。
だけど、そんな心配はすぐに無用となった。
紛争が長引く中、店の客どうしで戦況について論じられることが増えたことにより、彼の状況が自然と耳に入るようになったから。
その日も店の常連客が、読んでいた新聞を畳みながら誰にともなく言った。
『戦況は我が国が有利らしいな』
食事をしていた客の一人がそれに対し、自身の見解を口にする。
『新聞に書かれていることを鵜呑みにしていいものかねぇ。不利な状況下でも我が軍有利!と報じるのが戦時中の定石だろう』
『でも、クライブ・オーウェン副隊長率いる小隊が最前線で数々の武功を上げているそうだぞ』
『宰相閣下のご令息だったっけ?これまで表に出てなかったのに。この紛争で一躍時の人になったらしいな』
『宰相閣下も自慢の息子で、さぞ鼻が高いだろう』
『近々連隊長に昇進するって、新聞に書いてたよ。まだ二十代前半だろ?若いのにすごいねぇ』
それらを耳にしても、私はどこか遠い出来事のように聞いていた。
クライブ・オーウェン。
(それが本名なのね……。クライブという名は偽名じゃなかった……)
まぁそれを知ったところで何の意味はないのだけれど。
その後もこうして前線の戦況を耳にしながら、私の日々は過ぎていった。
そして妊娠三十九週目。
ツバメ亭の店主夫妻に励まされながら、私は男の子を出産した。
元気に産声をあげる我が子を抱きしめたとき、どうしようもなく泣きたくなった。
可愛い。
無から生まれた愛しい存在。
この子こそが、私の生きる理由であるとそう思えた。
私は生まれた我が子に、元気に逞しく育ってほしいと願いを込めてフィンリーと名付けた。
この国の古い言葉で“心身堅固”という意味があるらしい。
瞳の色はまだはっきりと断言はできないけれど、
おそらく左右で虹彩が違う。
どうやら父親譲りのヘテロクロミアを持って生まれてきたらしい。
だけど不思議なのがその髪色だった。
新生児にしてフサフサのベージュグレイの髪色は、私の両親どちらの家系にも存在しない。
(クライブは黒髪だったけど……)
彼の家系に存在する髪色なのだと考えるのが自然だと判断したけれど、
その謎はすぐに解決されることとなる。
長く続いた国境線を巡っての紛争が終結した。
クライブの隊が敵の本拠地を奇襲して、終わらせた……らしい。
そして我が国を勝利へと導いた“英雄”として、その姿は大体的に報じられた。
新聞に掲載された写真の中の彼の髪色は、最愛の息子と同じ色だった。
(あぁ、そういうこと……)
髪色まで偽りだったなんて……。
もはや苦い笑いしか出てこない。
そしてその英雄について書かれた記事は、クライブ・オーウェンが王都に帰還後、すぐに王弟殿下のご令嬢と婚約が結ばれる運びになるという文章で締め括られていた。
٩(๑❛ʚ❛๑)۶ボクうまれた!




