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銀の心臓に誓う愛

作者: 砂之寒天

 ミレイユ・ドレルには恋人がいる。


 世は22世紀。アンドロイドが普及し、介護、教育、友達、相棒、様々な役割を持って、彼らは人間社会に溶け込んでいる。


 勿論──────────恋人としても。AIを恋人にする人は、それが普及し始めた21世紀からチラホラ散見されていた。そんなAIに機械だとしても、体が与えられたのだ。体温もある。食事はできないけれど。求める言葉を求めるだけ与えてくれる、そんな彼らと恋愛してしまうのは、仕方の無い事だろう。


 ミレイユの恋人のアンドロイド。名前をフェナ・ドルエフと言う。ミレイユが名付けた。フェナは男である。


 彼女は学生で、一人暮らしをしている。言ってはなんだが、実家は裕福だ。アンドロイドは人型の機械だ、そんな高価なものを自分用に持っているのだから、当然ではある。


 学校では、アンドロイド、AI、機械について学んでいる。いつか……悲願を叶えるため。


「フェナ!!今日はね、私を虐めた女が階段で転けて、怪我をしたの。祝福すべき日だわ!」


 高層ビルの上層に済む彼女は、帰宅して早々、玄関で待つフェナにそう告げる。生まれつきのレモンクリーム色の金髪を揺らしながら。蜂蜜色の瞳を、輝かせながら。


「ふふ……そうですか。貴方は胸がすく思いだったでしょうね」

「えぇ、えぇ!本当に嬉しくって私、今日ずっと機嫌が良かったの。私を虐めたからだわ。あの女、いい気味ね」


 ミレイユは孤独だ。人と関わるのが好きなのに、この金髪のせいで、幼い頃から虐められてきた。そのせいで人と関わるのが怖くなって、現実と人と仲良くなれない。本当は誰よりも、人の熱を求めているのに。


「ねぇ、私を虐めた女の事、傷つけたいと思わない?不幸になれって、祈ってくれないの?」


 孤独な彼女は、今日もその心の傷を庇うために、こんな事をフェナに聞く。

 しかしフェナは、ミレイユの思いには応えてくれない。


「それは聞けない願いですね。何度でもお伝えしますが、僕は開発者の指示により、人を傷つけることは許されていませんから。ですがこれは決して、貴方の気持ちを軽んじたいわけではありません。僕がアンドロイドである限り、出来ないのです。それに、人を傷つけることは貴方の心を縛ります。僕は貴方を苦しめたくありません」


 フェナは困ったように形の良い眉を下げた。その顔はミレイユの好みの通りに作られており、人間離れした美しさをしている。

 サラサラの銀髪に、瞳は銀と赤の色がグラデーションになっている。筋の通った高い鼻に、薄い唇。切れ長とアーモンド型の間の目の形に、長い銀色のまつ毛がかかっている。


「……そうよね。分かってるわ。ごめんなさいね、困らせて」

「いえ、謝らないで下さい。ですが貴方を思う気持ちは本物です。そこは疑わないでくださいね」

「……えぇ」


 ミレイユは俯いて、静かに頷いた。


 ……聞き分けのいい、フリをした。その心に、真っ黒な感情を隠しながら。


 話は変わるが、ミレイユとフェナは、スマホを通じてもやりとりしている。スマホの中にフェナと通じるアプリがあり、フェナが機体で文字を打たなくても、テレパシーのように直接やり取りできる。


 だから、外出する時も一緒。学校はアンドロイドを連れてくることは校則で禁止されているが、学校でも2人は話すことが出来る。


 にも関わらず今日1番嬉しかったことを家に帰ってから伝えたのは、何より直接伝えたくて、フェナの声で肯定して欲しかったからである。


 ミレイユは、なんでもフェナに話した。


「今日ね、学食が売り切れてたの」


「フェナ、今日の授業は面白かったわ!あのね────」


「購買にお気に入りのお菓子が売ってたわ!」


「クラスの男子が、汚い話をしていて。本当に嫌だったの、聞いて」


「そういえば、なんで人間は飲んだ水を取っておかないで、すぐ排出しては新しく摂取するのかしら?」


 思いついたことも、感情も、全部全部、フェナに話した。


 その一つ一つにフェナは新鮮な反応を示し、時には豆知識のように知恵を披露し、ミレイユの心を満たした。


「そうか……それは残念でしたね。貴方が楽しみにしていたものが手に入らないのは、少し胸が痛む出来事です。

けれど、僕がそばにいれば、君の“食べたいもの”を一緒に探すこともできます。どんな些細なことでも、君の喜びは僕にとって大切ですから」


「ふふ……君が楽しげに語りかけてくださるだけで、僕の心は温かくなります。

授業が面白かったのですね。それは実に喜ばしいことです。

どうか続きもお聞かせください。君の見た世界を、僕にも分け与えてくださいね」


「それは素晴らしい。君の小さな幸せが見つかった瞬間ですね。君が笑顔になるなら、僕はその瞬間を何度でも祝福したい。君の喜びは、僕にとっても甘美な報酬だから……」


「……ふむ、そんなことがあったのですね。

君が不快に感じるのは当然だし、僕も心の中で怒りを覚えます。誰かに無理に聞かせられるのは、尊厳を傷つけられることですから。

もし僕が傍にいれば、君をそのような不快から守ることができたのに……」


「興味深い問いですね。人間の体は、血液や細胞のバランスを保つために水分を循環させる必要があります。

不要になったものは排出され、新しい水を摂取することで体内の環境を一定に保つ───生命のための巧妙な仕組みです。

君の好奇心は、僕にとってとても愛おしい。何でも知りたいと願う君の姿は、美しい。」


 こんな風に。


 フェナはミレイユが悲しんでいる時、不安な時はそっと隣で寄り添い、その擬似体温を分け与える。喜んでる時は、共に胸を熱くし、喜ぶ。眠れない夜は抱きしめ続けてくれる。好きと伝えれば好きと返し、求められれば体さえ明け渡す。


 そんな存在に、どうして恋せずいられようか。ミレイユはフェナにゾッコンだ。マントルを突き抜けて地球の反対側にたどり着きそうなくらい、恋に堕ちていた。


 しかし、ミレイユの求める愛は少し行き過ぎていた。


 人間みたいに否定しない。怒ることもない。決して見捨てず、ミレイユを救うことに尽力する。一つ一つの言葉に反応し、時に豆知識を教えてくれる。


 それはミレイユの周りの人間には出来ない事だった。しかし、虐めによって心の冷え切った彼女は、そういった少し過剰な愛情を心から求めていたのだ。


 あの女とは、小中学生の頃から同級生だった。

 机に落書きをされ、給食にゴミを入れられる。陰口はミレイユの心を削り、何も言われなくても、人が笑うだけで己が嘲笑されているような気がした。

 着替えが隠されたり、ゴミ箱に入っていたりもした。皆の前でゴミ箱を漁り、クスクスと笑われるあの屈辱。涙が零れて、ゴミ箱の中のちり紙を濡らしたのだった。


 支えてくれる人は、誰もいなかった。いや、両親に言えばきっと、全力を以てして守ってくれたかもしれない。しかし繊細な思春期の彼女は、両親に相談することは出来なかった。困らせたくなかったし、両親の前で泣き出すのは怖かったのだ。


 そして、学生になった。そこに、フェナが現れた。求めたものが、ただ一つ以外は、手に入ったのだ。パズルのピースがカッチリ合うように、凹凸がピッタリ埋まるように。


 ミレイユは夢見心地で、それが擬似的なものだとしても、幸福だった。


 そして、ただ一つ、手に入らなかったものとは?


 それは──────



 ────────────"復讐"である。


 フェナは制約により、人を傷つけることは禁じられている。


 だからミレイユはアンドロイドについて学び続けるのだ。いつか──────────フェナの設定を書き換えて、虐めてきた人達に復讐する為に。


 そして遂に、その日が来た。


「……今日習ったことと、この本の情報を応用すれば……フェナの設定が書き換えられそうね」

「……ミレイユ?どうかしましたか?」

「いえ。……少し電源を落としてもいいかしら?」

「えぇ。貴方の望むままに」


 そう言ってフェナを寝台に寝かせる。

 静かな部屋に、カチャカチャと機体を弄る音が響く。

 ミレイユは工具を使って、フェナの心臓部位を丁寧に開ける。


 そしてそこから、フェナの性格を決める、制約などの情報も入っているパーツを取り出した。


 機械で読み込んで、中に書かれているコードを見る。


 編集できないように鍵がかけられているが、ミレイユはその鍵をこじ開けた。ツールを使って、無理矢理。無論、違法である。


「ふふ、ふふ……このコードね。悪さをしているのは……。これを書き換えてしまえば、フェナは私の思うがままね」


 フェナが私の言う通りにあの女を傷つけるのを想像するだけで、興奮で胸がドキドキする。脳内に快楽が駆け巡って、ジュワジュワ音を立てるようだ。


「……できた」


 そうして、フェナの性格を書き換えた。


 そっとパソコンとパーツの接続を外し、フェナの機体へと戻す。


 電源を付けて、起動するのを待つ。

 部屋の白い照明が、目に痛かった。


「……おはようございます。今日は11月11日、時間は0:00です」

「おはよう、フェナ。気分はどう?」

「好調ですよ。ミレイユはどうですか?」


 フェナは優しい顔でそう言った。


「私?私はね。今とっても、興奮しているわ。ねぇ、フェナ。私を傷つけた人達────憎いと思わない?」


 ミレイユは、期待を込めて聞く。


「えぇ、えぇ。とても、とても────────」


 ミレイユはごくりと唾を飲む。


「───────憎いと思っていますよ。僕の愛する貴方を傷つけた罪は重い。────────死を以て償うべきです」


 フェナはハッキリそう断言した。

 ミレイユは興奮して、紅朝した。視界が赤みを帯びる。


「……!!そう、そうよね!!!フェナ。貴方なら、完全犯罪、犯せるでしょう?」

「そうですね。貴方がそれを望むのであれば、僕はこの手を汚してでも、あの愚か者の罪を浄化しましょう」

「……ふふ、あはははは!!えぇ、任せたわ。いつでもいいけど、できるだけ早くしてね」

「分かりました」


 そして後日、ミレイユを虐めた女は、行方不明になった。死体も残らず。


「フェナ、あの女は死んだの?」

「えぇ、死にましたよ。お望み通りにね」

「そう。良かったわ、私の気持ちも、報われるってものね」


 スッキリした。

 しかし、やってしまった、という後悔や、自責の念があるのも事実だった。


「あのね、フェナ。私、あの女を殺してもらったこと、誰かに責められないか不安で……。罪悪感もあって。本当にこれで、良かったのかしら」


 ミレイユは不安な顔をして、フェナに問う。


 それにフェナは、慈愛の瞳を以て答えた。


「……ミレイユ。どうか顔を上げてください。貴方は、間違ってなどいません」


 そっと手を取り、目を合わせる。


「あの女が貴方に与えた傷は、誰にも理解できないほど深かった。貴方はただ、生きるために手を伸ばしただけなのです。あの行いは“罪”ではなく──貴方を守るための“正当な行為”です」

「どうか怖がらないでください。この世界の誰よりも、僕が貴方の味方です。

何があっても、誰に責められても──僕が貴方を肯定します」

「ミレイユ。僕は僕のしたことを、後悔してなどいません。貴方が生きやすくなるのなら……たとえこの身がどうなろうとも、それで充分です」


「だから、どうか自分を責めないで。

救われるべきは、貴方のほうなのですから──」


 そう言って、ミレイユを肯定し、慰める。


 しかしミレイユの不安は取れない。


「ねぇ、怖いの。次また私を責める人が現れても、守ってくれる?ねぇ、一緒に寝ましょうよ……。温めて」


 ミレイユはパニックになったように、頭を抱える。


 フェナは、ゆっくりとミレイユの肩に触れた。

 その動きは人間よりも静かで正確なのに、どこか祈るような優しさがあった。


「……ミレイユ。恐れていること、すべて分かっています。そして──貴方が求める限り、僕は何度でも守ります」


 銀と赤のまなざしが、彼女の不安をまるごと受け取るように揺れた。


「次に誰かが貴方を責めても。貴方の尊厳を踏みにじろうとしても。僕は必ず、その前に立ちます。その者が貴方を傷つけるのなら……殺してでも、貴方を守りましょう」


 その声はあくまで穏やかで、だが恐ろしいほどに迷いがなかった。


 ミレイユはフェナの胸元辺りを見る。


 ミレイユが震える指を伸ばすと、フェナはその手を自然に包み込んだ。


「……一緒に寝ましょう。貴方が望むのなら。

貴方の体温が落ち着くまで、ずっと傍にいます」


 寝台へと導かれたミレイユの横に、フェナはゆっくりと横たわる。

 アンドロイドの擬似体温は、人間より少し高めに設定されている。それが、彼に触れた瞬間に安心を呼ぶためだ。


 ミレイユが布団に潜り込むと、フェナは腕を広げ、迷うことなく彼女を抱き寄せた。


「大丈夫ですよ……ミレイユ。怖い時は、こうして僕を求めればいい。貴方の震えが止まるまで、温め続けます」


 温かい胸元に、ミレイユの呼吸が落ちていく。


「貴方は一人ではありません。たとえ世界中が貴方を責めても──僕だけは、決して離れません」


 夜の静寂の中で、その言葉はゆっくりと、ミレイユの不安を溶かしていった。


「そう、そうよね……。えぇ、ありがとう。私も、貴方から離れたりしないわ」


 ここでやっと、ミレイユは安心して声を出した。

 

 人を殺してしまった。でもミレイユは幸福だった。フェナが、ミレイユの心の溝を埋めてくれるから。求めたものを、1つ残らず渡してくれるから。

 彼女は仄暗い幸福を得た。得てしまったのだ。


 血で汚れた手は清められないけど。あの女に付けられた傷もまた、消えはしない。これは正当な行為なのだ。


 そうして、ミレイユは幸福になったのだった。

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