第6話 霧の灯《リュミエール・ブリュム》
凄まじい豪炎が、地面に横たわるソラへと襲いかかった。
ルタオは全身の筋繊維を爆発的に隆起させ、その右拳に爆炎を凝縮させた。彼女が放ったのは、周囲の湿気と霧を瞬時に焼き払い、廃屋そのものを溶解させかねない高位魔法「爆裂炎拳」だ。
レンとアインは、灼熱の波動に顔を覆い、体が硬直する。彼らがこれまでに見てきた初級魔法 とは、次元が異なる絶対的な暴力だった。
「ソラァァァアァァァ! 覚悟ぉおおおおお!」
ルタオの怒号が響く。彼女の目は炎のように燃え上がっていた。
ソラは地面に横たわったまま、その巨大な炎の塊を静かに見据えた。彼は慌てる様子もなく、簡素な黒の羽織からのぞく、たくましくも艶やかな右腕を、爆炎に向かって軽く突き出した。
「おやおや。ルタオは相変わらず激情型やな。」
ドォン!という鈍い音と共に爆炎は急速にその形を留められなくなり、ただの熱風となって四散した。ソラは立ち上がり、ゆったりと関西弁で話しかける。
ルタオは、自身の渾身の一撃が、何の苦もなく霧散させられたことに愕然とする。彼女は口角を上げ、ソラに声をかけた。
「チッ……今までの恨みでウェルダンにしてやろうと思ったけど、相変わらず化け物だなテメェは。」
「ルタオこそいきなり暴力はアカンで。ちゃんと言いたいことは口で伝えな」
「あんたら騎士団から逃げてきたガキどもだろ?大変だったね。店に入りな」
ルタオはソラを無視し、2人を店に招き入れた。ソラは悲しそうな顔をしながら2人についていった。
◇
廃屋の扉の奥には、裏路地の非合法な雰囲気とはかけ離れた、清潔で温かい海鮮料理屋「霧の灯 - リュミエール・ブリュム - 」が広がっていた。
ソラは暖炉の近くの椅子に座り、レンとアインを促した。疲労と恐怖で強張っていたレンとアインは、この暖かさに、ようやく逃走を終えたことを実感する。
「ゆっくり座ってな。すぐに飯出してあげるから」
ルタオは調理に取り掛かった。よく手入れされた調理器具と魔法によりキッチンの食材は調理されていく。彼女の炎は、戦闘時のように破壊的ではなく、料理に合わせて精密に温度を調整されており、その技量は卓越していた。
「今ある素材で最高の気分にさせてやる」
ルタオはそう言い放ち、彼らの前に3皿の料理を静かに運び出してきた。
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一皿目: 潮風の記憶
冷たいガラスの器の中には、クリフヘイヴン沖で採れた最上級の海苔と、微かに塩気を帯びた白身魚のコンソメが、繊細なムース状に仕立てられていた。上には、超一流の魔法料理術で調理された魚卵が宝石のように散らされている。
これは、霧の港の朝霧を閉じ込めたかのような、透徹した(とうてつした)一皿だった。ルタオは、水魔法の冷却術式を応用することで、素材の細胞膜を崩壊させることなく、最高の鮮度と旨味だけを瞬間的に凝縮させている。口に含むと、冷たい泡が弾け、逃走によって乾ききった口内に、新鮮なミネラルと凝縮された旨味が優しく満ちていった。添えられたハーブの香りが、疲弊した精神の緊張を、まるで優しく撫でるように解きほぐしていく。
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二皿目:深海の獣王のコンフィ
続いて運ばれてきたのは、肉厚な白身魚のソテーだった。魚の表面は濃密な焦げ目一つなく、しかしカリッと香ばしく、対照的に中は白く瑞々しい。
白身魚の肉質は、まるで熟練の狩人が仕留めた獣肉のように分厚く、しかし口に含むとトロリと溶ける。これは炎魔術と水魔術を融合させた『調理の極致』だ。炎の熱は表面を瞬間的に焼き固める層だけを作り出し、中の身はルタオの完璧な温度制御により、食材が持つ極上の旨味を一滴たりとも逃さずに蒸し上げられている。深海に潜む幻獣の魚を思わせる濃密な味わいは、偽物 が蔓延するこの街において、本物の生命力を持つ奇跡の一皿だった。
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三皿目:星屑の魚醤パスタ
最後に運ばれてきたのは、濃厚な魚介の香りが漂う、クリーム仕立てのパスタだった。パスタには超一流の魔法料理術によって、多彩な魚介類から抽出した旨味が深く練り込まれている。
これは、疲弊した身体へエネルギーを注入するための『魔法のパスタ』だ。ルタオは、炎魔法と水魔法で魚介の持つ旨味成分を極限まで抽出し、それをパスタと、パスタソースの核としている。フォークで巻き取ると、星屑のように微細な魔素が輝くチーズが、ソースと絡み合い、一口食べるごとに濃厚なチーズの味と香りが口いっぱいに広がるとともに、身体の奥から力が湧いてくるのを感じる。それは単なる食事ではなく、治癒術にも通じる回復を促す、贅沢な一皿だった。
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食事を進める中でレンとアインの顔には、生気が戻っていた。ソラは満足げに手を叩き、ルタオに微笑みかけた。
「あぁー、ホンマいつ食べても最高やな、ルタオのご飯は」
ソラはゆったりと足を組み直すと、二人に問いかけた。
「ほな自分ら、ちょっと教えてもらおか」
レンとアインは顔を見合わせた。
「何で聖霧騎士団に追いかけられとったんや?」
レンは息を飲み、俯きながら答えた。
「実は俺たちクリフヘイヴンの孤児院出身なんだけど、、、」
アインが言葉を引き継いだ。
「私たちの親友が冤罪で拘束されちゃったの」




