第4話 霧の街で鬼ごっこ
「さて、腹ごしらえや。まずはこの街で最高の飯を食おか」
ソラは軽快な足取りを追うように、2人は街のメインストリートへ進んだ。しかし、街に入ってすぐ、霧の奥から複数の甲冑が擦れる音と、低い号令が聞こえてきた。先行していた部隊が戻らないため、別の聖騎士団の巡回隊が追跡を再開したのだ。彼らは訓練されたEランク(アイアン)の兵士たちだ。
「ん、もう来たんかい。よう訓練されてんなぁ」
ソラは面倒くさそうに頭を掻いた。
「ええか、自分ら。ソラ先生のスペシャルレッスン Vol.1や。Fランク程度の自分らが Eランクの連中と『鬼ごっこ』する練習やで。得られる技術は【逃走術】。」
2人は緊張した面持ちでソラの指示を待った。
「自分ら、まだFランク(ブロンズ)で怖いやろうし、さっきの感じ見てたら訓練された集団から逃げた経験無いやろ?初めての経験で手が震える、いたいけな男子みたいなもんやな。対する騎士団はざっと確認した感じEランクはある。こいつらは店の手順通りに動くプロの姉ちゃんや。客が素人でも、決まった手順で確実に仕上げてくるで」
ソラはニヤリと笑い、騎士団の追跡術について解説を始めた。
「組織され訓練された兵隊っちゅーのは、あんたらが想像する以上に定規で測ったように行動する。で、追跡術の基礎は予測可能性とセンサーへの依存や。特にこの街は霧が深いから、こいつらは五感に頼らへん」
ソラは近くの街灯を指差した。
「あの街灯は、初級魔法の『リオ(照明)』 や『ルミ(照明)』 の魔素光子で駆動しとる。騎士団が持っとる魔導偵察具は、その光が消えた身体に付着した魔素残光を感知し、それを追ってるんや。この追跡術は、リオネス(魔力反応可視化) っていう初級の無属性魔法で補強できるねん。まぁ今回も使ってるやろな」
「騎士団の連中は、この魔素残光の先に追跡対象がおると思ってる。これが実は奴らの最大の弱点や」
ソラは空中に手をかざし、魔素残光を2人に見えるように可視化した。
「自分らがすべきは、奴らの位置を絶えず把握することと、奴らのセンサーが問題ないと誤認する瞬間を見極めることや。まぁ2人にはまだ難しいけどな」
ソラは立ち上がると、今度は「ミスディレクション」について講義した。
「ミスディレクションとは、『あんたらの本当の目的から、奴らの意識を意図的に外させる』行為や。これは逃走術の基本やし、戦闘でも使えるねん。例えば、複数で遊んでいる時も、あえて片方を暇にさせて、気が抜けた瞬間に責めるとええ反応するやろ?」
「いや、意味わからない!とりあえずどうしたら良いか教えて。」
少し慣れてきたからか、少女は答えた。
「ええか、例えば、あんたらがこの裏路地の奥にある最高の食材を狙っとるとするわな。でも食材の近くには騎士団がおるねん。自分らどうする?」
「正面突破は無理です!」少年が答えた。
「当たり前や。ほんなら、あんたは『隠し撮りされた情事の証拠写真』を、街の目立つ場所にわざと落とすんや」
2人は困惑する。
「騎士団長さんは秩序を愛する人やろ? 汚い真実を見たら、団長さんだけやのうて、騎士団全員が追跡任務なんて放り出してでも、その恥部を隠蔽しようと必死になるはずや。あんだけ尊敬されてるみたいやしな。これが理性という名の『予測可能性』を逆手に取ったミスディレクションや。目的(最高の食事)から、衛兵の意識を『隠蔽』という衝動へ逸らすんや」
ソラは筆をくるりと回し、その穂先を衛兵の接近方向へ向けた。
「ほな団長さんには申し訳ないけど、裸体の彫像バラまかせてもらおうか。まぁ子どもイジメとったんやからええやろ。」
騎士団の足音が、すぐそこの角まで近づいてくる。
「導きの金蛍」
ソラの手のひらから金色の軌跡を描く蛍が現れる。
「こいつが店まで案内してくれる。ちなみに自分らしか見えへんようにしたで。騎士団が混乱している内に、障害物を上手く使って、視線を掻い潜れ」
2人が理解し終えるより前にソラは次の能力を発動した。
「連筆入魂:【重書】写像」
空中に書かれる大量の「写像」。
それらすべてが赤黒い閃光を放ちながら白い光がほとばしはじめる。
光は団長の形となり、色彩含め完璧な彫像となった。もちろん何もまとっていない。
「一筆入魂:【重書】翔」
そしてソラは全ての像に「翔」を書いた。
すると全ての像が大空を滑空する鷹のように、飛び立ち街中に散らばった。
そしてソラは、生徒たちを裏路地の影へと突き飛ばし、自らも軽やかに駆け出した。
「魔素光子を避け、騎士団の動きを先読みしながら蛍を追いかけ。捕まっても次は助けんからな」
絶対的な教師による、食欲と生存、そして世界の理を学ぶための、新たな「授業」が始まった。
騎士団どころか街の住人含めて全員が突如現れた全裸の彫像たちに混乱している。
「あれは団長の、、、全員何としても捕まえて破壊しろ!」
混乱する騎士団の死角を縫いながら、2人は死地へ駆け出した。




