第2話 背徳の調教
聖騎士団が放った魔力弾は、未だ霧の空中に縫い止められたままだった。
それは、世界の理が暴力的に捻じ曲げられた、信じがたい光景だ。騎士団員は発砲した姿勢のまま硬直している。その指揮官――精悍な顔立ちのイケメン騎士は、額に冷や汗をにじませながらも、わずかに目を動かしてソラを睨みつけていた。
ソラは筆〈雲断〉を一度軽く振ると、停止した騎士団の列に向かい、ゆっくりと近づいていく。彼の腰に携えられた筆は、黒の本体に走る金色の線が、微かに赤く光ったままだった。
「いやぁ、あんたらええ顔しとるわ。渾身の力で熱く放り投げたのに、寸止め食らわされたみたいで最高やな」
笑いながらソラは、停止した魔力弾を指先で軽く弾いた。弾丸は動かない。
ソラはそのまま、列の最前列にいる指揮官のイケメン騎士の前に立った。騎士の甲冑は、本来、光魔法による防御結界に守られているはずだが、その魔力すら、ソラが描いた一文字の前では、ただの虚飾だ。
「特にあんた。騎士団長さんやろ? そのガチガチに固めた鎧の下で、あんたの心が今、どんな悲鳴あげとるんか、、、すごく興奮するわ」
ソラは筆の穂先を、騎士団長の完璧な甲冑の胸元、心臓の真上ギリギリに触れるか触れないかの距離で止めた。
「秩序を愛するあんたにとって、自分の意志とは関係なく、世界に強制的に停止させられるって、すごく屈辱的やろ? 渾身の衝動を止められて、あんた、今すごく…不完全な状態やろ? その満たされへん渇望の痛み、先生に教えてくれへん?」
「一筆入魂:脱」
胸に書かれた「脱」の字から赤黒い閃光が走り、騎士団長の装備は下着ごと自ら弾けた。
彼の全身から蒸気が立ち上り、周囲の空気が熱で歪む。鍛え抜かれた肉体には無数の傷跡が刻まれ、その一つ一つが彼の戦いの歴史を物語っていた。
「ええ肉体しとんやん。いっぺん今度楽しませてもらおか、美人さんも呼んだるで」
騎士団長は、肉体的な自由を奪われたまま、人生で感じたことの無い羞恥を与えられていた。彼は憎悪と羞恥に顔を歪ませるが、声は出ない。ソラは騎士団長の顎を優しく、しかし有無を言わさない力で持ち上げた。
「大丈夫や。あんたの熱い理不尽、先生が全部受け止めてあげるから。動かん身体で、たっぷり味わうとええよ」
この光景を背後から見ていたFランクの少年少女たちは、息を呑み、反射的に顔を背けた。ソラが持つ力の絶対的な恐怖に加え、そのドSで背徳的なユーモアが、彼らを純粋な嫌悪と畏怖の感情で固まらせていた。
ソラは生徒たちを一瞥すると、関西弁で陽気に言った。
「見てみい。こいつらは、ルールを支配できんかった敗者や。この世界のルールは、常に誰かに支配されとる。自分ら、いつまでも他人のルールの上で踏み躙られたいか?」
その言葉は、生徒たちの逃避行が、絶対的な力を持つ教師による、背徳的な調教の場と化したことを突きつけていた 。ソラの行動に対する本能的な拒絶反応は消えない。
「さて、このまま硬直させとくんも飽きるわ。静止した獲物よりも、興奮して暴れ回る獲物の方が、先生は好みなんや」
ソラは騎士団長から離れ、筆を再び空に構えた。次は、空間にどんな現象を描き出すのだろうか。生徒たちの間に、底知れない不安が広がった。




