第5話「嘘の代償と、消えゆく奇跡」
夜の帳が町を包む。
結城紅葉は、小さな屋台の明かりに手を伸ばし、指先に残る光を見つめた。
――昨日までの嘘が、まだ胸に痛みを残している。
疵は深く、精神に刻まれた痛みは、消えない。
「……もう、限界かもしれない」
紅葉は小さく呟く。だが、屋台の灯りを見つめる瞳には、決意が宿る。
願いを叶えるため、少女は今日も嘘を紡ぐ。
その夜、蒼月圭が屋台に現れる。
「紅葉ちゃん、大丈夫? 昨日の町の騒ぎ、まだ影響があるよ」
圭の声には心配と迷いが混ざっていた。
紅葉は微かに笑って答える。
「大丈夫。……でも、嘘には代償がある。知っていてほしいの」
その瞬間、屋台の周囲に淡い光が漂い始める。
昨日までの嘘の残滓――町に散らばった小さな光の粒が、静かに舞い戻ってくる。
紅葉は息を整え、手を差し伸べる。
「全部、回収する……」
光が指先に集まるたび、紅葉の心は痛む。
疵は深まり、体の奥まで重く響く。
それでも彼女は手を止めず、夜空に光を溶かすように、静かに、確かに嘘を消していく。
屋台の奥から、低い声が響く。
「君は強いね、紅葉」
黒羽が影のように立っていた。
「でも、忘れないで。嘘には必ず代償がついてくる」
その瞳には、紅葉がまだ知らない深い世界の示唆があった。
「……知ってる」
紅葉は静かに答え、胸の痛みを抱え込む。
「それでも、私は願いを叶えたいの」
深夜、町は静寂を取り戻す。
父と圭の会話は、24時間の嘘として確かに終わった。
しかし、町に残ったのは、ほんのわずかな余韻。
人々の心には、奇跡の記憶とともに、疑問も少しだけ残った。
圭が紅葉の隣に座る。
「紅葉ちゃん、ありがとう……でも、無理はしないで」
彼の言葉には、依頼者としてだけでなく、一人の少年としての思いやりがあった。
紅葉は微かに笑う。
「大丈夫……でも、少しだけ痛いね」
夜風が屋台を撫でる。
紅葉の肩に、昨日よりも重い痛み――疵――が刻まれる。
その痛みは、願いを叶えた代償。
しかし、彼女はその痛みと共に、小さな奇跡を守ったのだ。
「嘘は、人を救える。でも、代償も確かにある」
紅葉は夜空を見上げ、静かに誓う。
「――私の24時間は、まだ終わらない」
遠くの街灯が一つ、また一つと灯る。
夜の街に、少女の小さな決意と希望が、静かに溶けていった。
24時間の嘘屋――彼女の一日一日の嘘は、今日も誰かの未来をそっと変えていく。
お読みいただきありがとうございました。




