第4話「嘘が引き起こす、町の小さな嵐」
夜の街は、静かに息を潜めていた。
結城紅葉の屋台に灯る小さな明かりだけが、周囲の闇にぽつんと揺れている。
「……やっぱり、波紋が広がってる」
紅葉は小さなため息をついた。昨日、蒼月圭の願いを叶えた嘘は、町の人々に小さな混乱を生んでいた。
父が元気に会話していると噂を聞きつけ、病院には問い合わせが殺到。
町全体が「奇跡」を期待し始めているのだ。
屋台に顔を出した圭は、少し顔色が悪い。
「紅葉ちゃん……町が、ちょっと大変なことになってるよ」
「知ってる。だから、私が動くの」
紅葉の瞳には、静かな決意が宿る。
屋台の灯りを頼りに、紅葉は町を歩き始めた。
小さな路地を抜け、病院の前に立つ。夜間の病院は、普段よりも静かで、不思議な緊張感に包まれていた。
病室の父は、まだ会話の余韻を残している。
「――ごめんなさいね、突然こんなことになって」
圭は小さく頭を下げる。
紅葉はその背中を見つめながら、手のひらに残る淡い光を感じた。
24時間限定の嘘は、あと数時間で消える。
しかし、町に生じた混乱は、24時間だけの嘘の枠を超えて広がろうとしていた。
「――やっぱり、代償は大きい」
紅葉は小さく呟き、指先に痛みを感じる。
昨日よりも深い疵。心が削られる感覚は、確かに現実だ。
その時、背後に低い足音が響く。
「紅葉ちゃん、やっぱり君の力は危険だね」
黒羽が現れた。
「町に波紋が広がるのは予想通りだけど、君はその責任をどう取るつもり?」
彼の瞳は冷たく光る。嘘屋としての紅葉の未来を測るようだ。
「……私は、依頼者の願いを守るだけ」
紅葉は真っ直ぐに答える。
「でも、嘘は誰かを傷つけることもある。だからこそ、私はそれを知っていなきゃ」
黒羽は無言で頷いた。
「なるほど……君はまだ若いけど、覚悟はできてるみたいだね」
その一言に、紅葉は小さく息をつく。
胸に刻まれる痛み――疵――を振り払うように、夜の街を歩き続けた。
町の路地で、紅葉は嘘の残滓を拾い集める。
小さな光の粒が空気中に漂う。
「――少しずつ、収めていかないと」
彼女の手が光を集めるたび、心の痛みも増す。
しかし、それは彼女にしかできない仕事だ。
夜が深まる頃、町の混乱は徐々に静まる。
父と圭の会話は、確かに一日だけの奇跡として終わった。
しかし、町の人々の心には、ほんのわずかに不安と疑問が残った。
それも、嘘の一部だ。
「……今日も、終わった」
紅葉は屋台に戻り、背を丸める。
肩に感じる痛み――疵――は、彼女の胸に深く刻まれる。
それでも、彼女は微かに笑う。
「少しは救えたかな……」
遠く、街灯が一つ、二つと揺れる。
紅葉の屋台の灯りは、夜の静寂に優しく溶け込む。
24時間だけの嘘屋――少女は今日も、小さな奇跡と代償を抱えて歩き続ける。