第3話「嘘が紡ぐ、静かな嵐」
夜風が街の路地をくぐり抜ける。
結城紅葉は屋台の明かりをともして座っていたが、どこか落ち着かない。
「……どうして、こんなに騒がしいの」
一日前、蒼月圭の願いを叶えた嘘は、父との会話という小さな奇跡を生んだ。
しかし、その波紋は町全体に広がり、静かな嵐となっていた。
「病院に問い合わせが殺到してる……」
紅葉は呟く。小さな屋台の木製のカウンターに手を置くと、指先に残る疵の痛みが胸まで響いた。
――嘘は、願いを叶えるだけじゃない。必ず、誰かに影を落とす。
その時、足音が近づく。
「紅葉ちゃん、またですか……」
蒼月圭が、心配そうな顔で現れる。
「圭くん、町は大丈夫?」
「うーん……まあ、騒ぎは大きくなったけど、父さんも元気そうだし……でも、ちょっと心配だよ」
少年の声は、心配と期待が入り混じっていた。
紅葉はうなずき、屋台の木箱を開ける。中には、まだ手付かずの小さな道具が並んでいる。
「今日も一つ、嘘を紡ぐことになるかもね」
指先に残る光は、昨日より少しだけ重く感じられた。
その夜、町では奇妙な現象が立て続けに起きる。
「父さんが元気に動いてるって噂、本当?」
「いや、あれは……24時間だけの話じゃないかって」
人々の間で、噂と疑念が交差する。嘘は依頼者の心に寄り添う反面、他人には誤解と混乱を生むのだ。
紅葉は冷たい風に身をすくめ、屋台の明かりの下で考える。
「……どうして、こんなに複雑になるんだろう」
その時、背後から低い声が響いた。
「久しぶりだね、紅葉」
振り返ると、黒羽が夜の影に佇んでいる。
30代前半の大人。嘘屋の過去を知る、謎めいた存在だ。
「君の仕事ぶりは見ていたよ。でも、少しやりすぎじゃないか?」
その瞳には、紅葉の能力と代償の重さを測るような冷静さがあった。
「黒羽さん……」
紅葉は声を潜める。胸に、昨日よりも深い疵を感じながらも、覚悟を決める。
「嘘は、人を救うだけじゃなく、傷も生む……それでも、叶えたい人がいるから」
黒羽は微かに笑った。
「ふむ……君も大人になったね。でも、覚えておきなさい。嘘には必ず代償がある」
その瞬間、紅葉の胸に鋭い痛みが走る。
昨日より少し強い疵が刻まれた証だった。嘘の代償は、静かに、しかし確実に心を削る。
「――やっぱり、私は嘘屋なのね」
紅葉は小さく息をつき、屋台の光を指先で撫でる。
24時間の嘘を操る少女。夜ごと誰かの願いを叶え、代償を抱える少女。
遠く、街灯が一つまた一つと灯る。
紅葉は小さな決意を胸に、次の依頼を待つ。
嘘と願いと代償の連鎖――その嵐は、まだ静かに町を揺らしていた。