第2話「嘘の現実、24時間の奇跡」
屋台の明かりは、夜風に揺れて小さな影を作る。
結城紅葉は、手のひらに残る淡い光を見つめていた。
――さっき少年・蒼月圭の願いを受けた嘘が、これから現実になる。
「――始めるね」
紅葉の小さな声は、夜の静寂に溶けていく。
懐中時計の針がひとつ進むたびに、空気が微かに震える。
まるで時間そのものが息を吐くように、街の灯りがわずかに揺れた。
やがて、圭の家の病室で、奇妙な静寂が訪れる。
父はベッドに横たわっている。呼吸は穏やかだが、表情は硬いまま。
「お父さん……」
圭が恐る恐る声をかけると、父の目がゆっくりと開いた。
「……久しぶりだな」
その声は、長年忘れられていた温度を持っていた。
紅葉は遠くから見守りながら、胸に小さな痛みを覚える。
嘘を紡ぐたびに、彼女の心には必ず“疵”が刻まれるのだ。
圭の父は、思ったよりも多くの言葉を口にした。
「元気にしてたか」
「学校はどうだ」
「……たまには遊びに来いよ」
それは、嘘として現実化した24時間の会話。
しかし、父の言葉には確かに“真実の気配”が混ざっていた。
――嘘は、願いを叶えるだけでなく、人の心を少しだけ変えることもあるのだ。
だが、外の世界では予期せぬ波紋が広がり始める。
圭の父が元気に会話していると、隣人たちは「奇跡だ」と噂し、病院には問い合わせが殺到する。
小さな町に、嘘が生んだ混乱が静かに忍び寄る。
紅葉は屋台の灯りの下で目を細める。
「……これは、やっぱり想定以上ね」
彼女の指先には、まだ淡い光が残り、心に小さな痛みが走った。
その痛み――“疵”――は、嘘の重さに比例する。
強く願う者がいるほど、現実化は安定するが、代償も大きい。
紅葉はそれを知りながら、今日も嘘を紡ぐ。
夜が更け、24時間の期限が近づく頃。
父の表情は、少し疲れたように見える。
「……もう少し、話したかったな」
圭の瞳には、期待と不安が入り混じる。
時計の針が零時を指す瞬間、空気がひゅっと冷たくなる。
嘘は静かに溶け、父の言葉は消える。
しかし、圭の胸には、たった一日の奇跡が確かに残った。
紅葉は屋台に戻り、深く息をつく。
「――今日も、終わった」
肩に小さな重みを感じる。
それは、嘘を叶えた代償の痛みだった。
夜の風が屋台を撫でる。
「でも……少しは救えたかな」
紅葉は微かに笑う。儚い光を指先で撫で、また次の依頼を待つ準備をする。
遠くの街灯が一つ、二つと灯る。
紅葉の目には、今日も誰かの願いを守るために必要な、静かな決意が映っていた。
――24時間だけの嘘屋の、二日目が過ぎる。