九十八話 100と大規模戦闘
簡易的な防衛施設。
アティはそう言っていたが、辿りついた場所は、対魔獣専用としては十分過ぎる程の規模を備えていた。
敵の侵入を阻害する仕掛け罠に魔法兵用の櫓、武具の貯蔵庫まで備えられており、魔界との境界線近くで長年、戦い続けていたフェトム家の入念さが伺える。
「皆さん、時間に余裕はありません!直ちに配置に付いて下さい。弓兵は櫓に!魔法兵は前衛の援護をお願いします!」
アティは、此処に辿りついた直後から忙しなく指揮を取っている。その姿は、騎士団長を務めるコガ兄さんを思い出すようで、やはり同じ兄弟なのだと実感する。
剣の腕こそオレ達には劣るが彼女もまた騎士の家系の生まれであり、十分な戦いの資質を備えている。
「櫓は弓兵に使わせるのか?」
「魔法兵の……絶対的な数が足りないんです。奴らに魔法で効果的で効果的なダメージを上げるには、属性を重ねて攻撃する事が必須ですが、魔法使いと言える程に戦闘に長けた方は僅か十数名しか……」
反面、弓なら効果的なダメージを与えやすい……か。斬るのは一苦労だっがた、刺すのは比較的楽だった。矢なら十分なダメージを与えれるだろう。
「別に良いじゃないの。魔法使い、私じゃ不満?ちょっと自信あるんだけど」
ミナが悪戯な笑みを浮かべてオレの隣に立つ。
「余り無茶はするなよ。ミナは接近戦はある程度できるってだけで、とても前線に立てる程じゃない」
「大丈夫よ。リュートが守ってくれるもの」
「……危ないと思ったらすぐに下がれよ。オレの事を気にする意味なんてないんだから」
りょーかい。と間延びした返事を返したミナは、これからの戦闘に緊張した様子もなく、眼前を見据える。そこには、すでに敵の姿が視認できているが、流石に攻撃が届く程近くもない。ひたすらに、ここで待ち、弓兵の掃射後に、前衛が魔法の援護を受けつつ駆逐する流れだ。
「間に合って良かったな」
「はい。此方の兵の配置もそろそろ終わりそうです」
万全の体制を整えた。その事実は兵達の士気を高め、これからの防衛戦の勝利を疑いない物にさせる。
そう言った意味でも、この防衛施設で布陣できた意味は大きい。
戦闘に置いて士気と言うものは非常に重要であり、今までのような小規模の戦闘なら個々の気力で何とでもなるが、大人数の戦闘ともなればそうもいかず、本来なら勝てるハズだった戦いで敗退する事も少なくはない。
だが、今回ばかりはそんな心配はない。そう思っていた。
「リュート!あれ!!」
ミナが突然、敵の中枢を指す。
数百はくだらないと思われる敵集団。まずは、それを見て違和感を覚える。
人型じゃない……?
オレが知っている白黒は人型だけだったが、今来ているのは、大型な犬や翼の生えた悪魔、どちらかと言えば魔獣に近い混成群だ。
そして、更に目を凝らしてみると、その戦闘少し先を馬らしき物が走っている。いや、らしき物ではない!馬だ、それも人を乗せたっ。
「アティ、誰かが敵に追われてる!馬が少なくとも二匹、誰かを乗せてこっちに逃げてきてる!」
「はい!?なんで、こんな所に……!!」
アティが文句を言いたくなる気持ちもわかる。あんな場所に居られたのでは射程内に入って矢の掃射を浴びせるのは彼らを見捨てる事になる。
味方の安全を考えれば、そうするのが当然だが、そう決断できないのも彼女の欠点だ。だからと言って、オレも見捨てるという選択肢を勧める事はできない。
「ミナ、どちらか片端を消し飛ばせるか?」
「ん、大丈夫。少し時間かかるけど」
「兄さん、何を考えて……?」
心配そうに覗き込むアティの頭に手を乗せ笑う。大丈夫だ、オレは必ず帰ってくるから。そういう意味を込めて。残念ながら、直接言う暇はなく、オレは声を上げて飛び出す。
「追われている者を助けるぞ!腕に覚えのある奴は前に出ろぉ!!」
と、オレが飛び出すのと同時に、もう一つ前に走る巨大な影があった。
銀の鎧に全身を包み、背中には身の丈程もあるバスターソードを背負った騎士。彼は飛び出したタイミングこそオレと同時だが、どんどん加速していき、単機で突出していく。
あの、馬鹿親父……!!
心の中でそう悪態を付くが、口元がニヤけているのが自分でもわかる。
奴は普通の馬よりも一回り巨体な黒馬を豪胆に操り、敵の眼前へと一人で突っ込んでいく。その姿は、思わぬ自体で発生した戸惑いを全て吹き飛ばして余りある程の勇姿。
次いで歓声と怒声と共に、味方の部隊から大凡2割弱の人数が飛び出してオレのすぐ後ろに続く。
オレの声だけで答えてくれた者はどれだけいるだろう?恐らくはこんなに多くはなかったハズだ。
威圧的な黒馬を操り誰の助力も求めず、たった一人で無謀とも言える突貫をこなした騎士にこそ心を打たれ飛び出した者も多いハズだ。
しかし、これだけの人数が飛び出したのは予想外だ。これでは、ミナが魔法を打つスペースがない。
「先行隊、左舷へ!皆、左へと回れ!!」
オレを追い越し、飛び出した強者達の前を白馬が過る。その、騎手、アティは手にした巨大な槍を掲げて叫んだ。
その統率能力は凄まじく高く、声はこの怒声の嵐の中でも良く通り、後光を錯覚する程に煌びやかなその姿は戦場でも良く映え、部隊全員にその意思が伝わるまで、時間はかからなかった。
アティの誘導に従い、右側がぽっかりと空く。本来なら敵に囲まれる危険性の高い、冷や汗が流れる状況だ。現に、指示に従いながらも疑問に思っている者も多い。
だが、数瞬だけ遅れて、そこに光の柱が走った。
光は、敵集団の右側を端の十数匹だけを残して、飲み込んでいく。光に包まれた正体不明の敵は、持ちうるその耐熱性にも関わらず、掻き消えるように姿を無くし、焼き尽くされていった。
その光を目にしたオレ以外の全ての人は目を見開き何が起きたかもわかっていない様だ。その圧倒的な破壊魔法の前には、黒馬を操る騎士も一瞬動きを止める程だった。
そして、光が徐々に細くなり消滅すると……僅かに残った端の残党に、もう一度、先程より若干小さめな光の柱が浴びせられた。
傾国の魔女、最強の攻撃魔法の二連射。
これには流石のオレも驚きを隠せない。
オレは彼女にどちらかを掻き消せ。とは言ったが、その役割は一発目ですでに果たしている。端の十数匹が残った事など、対した問題でもなく、ついでとも言える労力で処理できる物を、魔女は律儀に二発目の暴力的とも言える魔法で文字通り消滅させたのだ。
敵側こそ今までと変わらない進軍速度だが、味方の足は止まり、そして凄まじいまでの歓声。
敵の部隊の2割は一瞬で消し飛んだと言っても良い。それも、たった一人の魔法使いによって。
お陰で士気は最高潮に達し、前衛先行集団は正体不明な敵へと接触する。
一番槍は、リュートの父親。フェトム家現当主。
敵を間近に控えた奴は、黒馬から飛び降り、砂煙を巻き起こしながら着地をする。正直、高速で走る馬から飛び降りる事自体、すでに人間技ではない。
そして、飛びかかってくる魔獣数匹を、纏めて両手にしっかりと握ったバスターソードの一振りで薙ぎ払った。
白黒の敵は、その胴体を切断される事こそ無かったが、まるで砕かれた煉瓦壁のように容易く吹き飛び、地面に叩きつけられ動く事はなかった。
「なんで、馬鹿力だ……」
オレの口から無意識に呆れとも驚嘆ともつかない事が飛び出す。あれで、閻竜の魔法まで使えると言うのだから手に負えない。
バスターソードは二振り、三振りとされると、同じく馬に乗っているアティが、そこに辿りついた。彼女は、馬からは降りずに、群れからはぐれた敵を一匹一匹と確実に刺突していく。
驚くべきはやはり、その速さ。彼女の愛馬である白馬は多数の敵相手に物怖じもせずに、突進し、しなやかに避けている。そして、その馬上からアティは比較的大型で、歩兵で倒すには苦労するであろう種を確実に一突きで仕留めていた。
騎馬兵が、戦闘に参加して行く中、オレ達歩兵はやっと敵の眼前へと辿りついた。
しかし、中央の戦闘を走るオレに馬に乗って逃げてきた者達が話しかけ、仕方なく足を止める事になった。
「ありがたい!もう駄目かと思ったよ!」
「まだ安心するな!後方の野営地まで下がれ!」
「あぁ。おい、もう一人で行けるな?女達を頼んだぞ」
そう言うと馬の手綱を握っていた剣士らしき男は馬から降り、後ろに乗っていた弓を持った男に手綱を握らせる。どうやら、弓手らしき男は怪我が比較的軽いようだが、もう一頭の馬に乗っている女性二人は、どちらも大きなダメージを負っているようだ。
二頭の馬は、今までより走る速度を落として後方へと下がっていく。
「アンタはいいのか?」
「俺はまだ戦える。頼むよ、奴らには、仲間三人を殺られてるんだ」
そう言うと男は背中のロングソードを抜き、構える。装備の損耗も少ないようだ。
戦力は一人でも、欲しい。何より、魔界に侵入して戦っているパーティーの一人であれば、ここにいる殆どの兵よりも強いだろう。
「よろしく頼む。後方に弓手部隊と、残りの前衛陣が控えている。ここは身を守る事を第一に置いてゆっくり引きながら戦うんだ。弓手部隊の援護を受けながら、後方の味方と合流して殲滅するぞ!」
「了解っ!」
そして、オレ達二人は他の兵達よりも遅れて、敵の眼前へと走っていった。
思ったより長くなったので、前後編の全編になります。
後編もすぐにあげるつもりです。多分、ミナ視点。