九十二話 100と竜姫の婚約者
睡眠不足の頭を目覚めさせるように、用意されていた朝食を口に運ぶ。
本来ならゆっくり寝れるハズだったのだが……ミナめ。
気付いたら隣で、転がって居て、まだ起きていたミナが……って、やめだ、やめ。
今、思い出しても恥ずかしい。
つか、ミナも終時、顔が真っ赤だったし、この事は忘れよう。
右斜め前を見るとミナもどこか虚ろに食事をしていて、オレと目が合うと、直ぐに反らし、先程よりは多少、目が覚めたように食事を再開した。
……自分で仕掛けて来た癖に。
なんか納得がいかない。
「リュート、眠そうだね~」
「ちょっとな。ルーシーはいつも元気だな」
そういえば、ルーシーが笑顔以外の表情をしている所は見たことがない。
「この子、二人で宛もなくふらふらしてた時も、こんな調子だったんだよ」
「だって、ケーファーと一緒ならどこでも楽しいもん!」
余裕のある時なら、ともかく、今、この二人を見ていると流石に食傷気味になる。
目を逸らして再び朝食を口に運ぶとリズが人数分のカップを持って来てくれていた。
「眠そうですわね。大丈夫ですか?」
「あぁ。今日は特に予定もないしな」
「良かったですわ。今日はリュート様にお客様が居ますの」
……客?オレに?
基本的に旅をしているオレに客人が来ること等、滅多にない。
仕事の話なら商会を通して来るハズだ。
……嫌な予感がする。
「誰だ?」
「会ってからのお楽しみですわ」
リズは、見惚れるような笑顔をした。
よし、逃げよう。
「ご馳走様。ちょっと、でかけてくる」
そう言い席を立ちドアを開ける。
幸いリズが止めに来る様子はない。
リズがオレと引き合わせる相手なんて、今まで一人しかいない!
が、そこで、オレはリズが追ってこない理由に気付いた。
部屋から出てすぐに、金色の髪の爽やかな青年がいた。
見た目は、健やかにして若くなった兄さんと言った所か。
但し、口は悪い。
その金髪の口の悪い青年は非常に嬉しそうにニコニコしながら立っていた。
「リュート様がアルフレッドと会いたがらないのは知っていますから……報告を遅くさせて貰いました」
「久しいな、リュート。まったく、お前は王都に来ても顔を見せもせん」
リズの婚約者。
アルフレッド=アギス
自称、オレの弟子だ。
◆
アルフレッドの扱う訓練用に刃を削った剣が振り下ろされる。
訓練用とはいえ、言わば鉄の棒。
当たれば、それなり以上に痛い。
が、特に工夫もなく速くもない振り降ろしに当たるハズもなく、体を右に捻り、避けたついでに、後ろ回し蹴りを撃ち込む。
アルフレッドは、それを剣の柄で防御し、反動で半歩下がった。
本来なら、此方が攻めれる隙であるが、アルフレッドにソレは通用しない。
押されて半歩下がったハズが、後ろに踏み出した足がバネのように跳ね前方向に素早く踏み出してきた。
それは、後ろ回し蹴りを放ったオレが、体勢を整えるより早い。
この動きはアルフレッドの天性の才とも呼べる物で、体勢を崩した状態から一歩で踏み出し一転して攻めに回れる。
生まれついての強靭な足腰に、幼い頃からの鍛錬が可能にした技術だろう。
この足技のお陰でアルフレッドは、無類の強さを発揮していた。
アルフレッドが剣を横に薙ぐのを、大きく後ろに飛び避ける。
剣で受けても良いんだが、本来アルフレッドが持っている武器は、長い三角形の様な刃がついた薄い大剣であり、魔獣程ではないか、受けるのは辛い。
それを、想定しての選択だ。
「貰ったぞ!!」
その後方跳躍を見越していたとばかりに、アルフレッドは左手一本で薙いだ剣を顔の横に構え、右手を添え捻るように一気に突き出す。
……ッ!
顔を狙ってくれれば良かったんだがッ。
胴体を的確に捉えている突きは体の一部を捻るだけでは避けようがない。
右足を一歩下げ、持っている剣で突き出された剣の軌道を反らす。
だが、アルフレッドは、それこそが目的だったようで、計算通りと言わんばかりに笑う。
「弟子が師を超える時だ!」
通常は突きをする場合、右足で踏みとどまる。
しかし、アルフレッドは、もう一歩踏み込み、剣を持ったまま肘撃ちを仕掛け、オレの後ろ側へと跳んだ。
多少、不意をつかれた……が、反応できない速さでもない。
多少の痛みを覚悟し、腕で受けるが、ほとんど痛みはなかった。
軽すぎる……?
そう思った瞬間、後ろから地面を踏む音が二回聞こえた。
対面した勝負で、切り抜けた場合、互いに背中合わせになる。
こうなると、抜けた側は速さを殺してから振り向かなければならない為、只、振り返る受け側より不利になる為、ある程度、距離を置くのが定石だ。
しかし、アルフレッドにソレは通用しない。
そう気付くのが少し遅かった。
アルフレッドが後ろに抜けて、すでに二回、地面を踏む音が聞こえたという事は、一歩目で振り返り、二歩目で体勢を崩したのと同時に、また攻撃できる体勢になっている可能性が高い。
見ていたら間に合わない……!
完全に先手と後方を取られている。
振り返る余裕すらもなく、左手を地面に付け身を伏せるのと同時に、右手で剣を使い背中側を防御し、上からの攻撃に備える。
「むッ!?」
小さくアルフレッドが驚く声と剣が風を斬る音が聞こえた。
どうやら、空振りしたみたいだ。
オレは、そのまま左手を軸に反転しながら大きく、アルフレッドがいるであろう辺りの足元を薙いだ。
しかし、手応えはなくアルフレッドは2Mは離れた位置に立っている。
どうやら、攻撃が当たらなかった時点で後ろに跳んだようだ。
……コイツ、明らかにオレが同じ年だった頃より強いな。
オレはアルフレッドより三年程早く生まれた。
三年前に、今のアルフレッドと戦っても勝てなかっただろうな。
「流石だな、リュート。俺が考え抜いたリュート攻略方その一を、こうも完璧に避けるとは」
「今のは焦ったよ。後、ニ、三手詰められたら危うかったな。一年前とは見違えた」
「フン。まぁ、良い。それならば、そのニだ」
「あぁ……やっぱりまだあるんだ」
その一とか言ってる時点で、なんとなく予想ついたけどさ。
アルフレッドは剣を横に構え叫ぶ。
「炎よ。我が剣と成れ。我が剣を食らえ。ソードイーター・フレイム!」
アルフレッドの剣を炎が包んだ。
剣術に優れながらも、昔ながらの魔術も守ってきたアギス家だからこそできる……いや、アギス家の中でも優秀な者だけができる、剣と魔法の融合。
オレとミナのとは、また別の形の魔法剣。
「すごいな。魔法を使いながら戦うのはアギス家の十八番だが、まさか剣と同化させるとは……」
「単品同士で使ってもリュートに効果的とは思わなくてな」
余程の自信作なのだろう。
アルフレッドは得意気に笑う。
さて、あぁなった以上、炎の剣を受けるのは厳しい。
振られるだけで、火の粉が飛び鬱陶しいだろう。
「行くぞ、リュート!」
アルフレッドが構える。
普段は余り戦わないがオレも騎士の出。
こう言った展開は嫌いじゃない!
「ミナ!」
座りながらのんびりと片手に顎を乗せて観戦していたミナが、何?と聞くように首を傾げる。
相手が炎の魔法剣を使うなら……本物を見せてやる!
「魔法剣炎竜召喚!」
「嫌」
「ちょっと!?」
慌てて炎を纏った剣を避けて、ミナの方を見る。
ミナは目を瞑りながらそっぽを向いていて、擬音で例えれば、つーん。といった状態だ。
……何故。
結論から言えば、オレはどうにかアルフレッドには勝った。
炎の剣を操るアルフレッド相手に、先祖返りの能力を全力で使い単純な身体能力で圧倒した。
……これ、ミナと会う前のオレだったら勝てなかったんじゃないか?
◆
アルフレッドとの稽古……もとい全力の模擬試合が終わると、公爵家で冷たい飲み物と簡単な肴を用意してくれていた。
対面のミナは、ほぼ無表情に、しかし興味は有り気に出された物を口に運んでいる。
どうやら、機嫌が悪いという事ではないらしい。
「えーと、ミナ?」
彼女は視線だけこっちに向ける。
「その、なんで炎竜召喚を使わせてくれなかったんだ?」
恐る恐るそう尋ねると、ミナは小さく溜息を吐いた。
「あのね、リュート。自分の手札はなるべく見せない方が良いって言ったのリュートよ?私はソレは正しいと思う。ううん、リュートが教えてくれた事はほとんど正しいと思う。でも、リュート、いざ実戦になると、その辺、軽視するよね?」
……はい、すいません。
余りに正論過ぎてジト目で睨んでくるミナ相手に何も言い返せない。
「なんだ。リュートはアレ以上の奥の手があったというのか」
「……ほら、バレた」
アルフレッドの指摘にミナは、もう一度溜息を吐いた。
今のはオレが悪いのだろうか?いや、確かに話題に出したのはオレだけど。
少し思うところがないでもないが、全面的にミナが正しいと思うし、これ以上藪を突けば蛇以上の物が出てきかねない。
「それにしても、どうしたんだ?アルフレッド。リズの家にまで押しかけてくるなんて珍しいな」
アルフレッドは、リズの婚約者ではあるが、まだ自分の未熟を恥じている部分もあり、滅多に自分からは会いに来ない。
オレに負けて以来、リズの家に来た事は両手で数えれる程だ。
「あぁ、最後になるかもしれないからな。リュートにどうしても稽古をつけてほしかったのだ」
「最後って……確かに最近、危ない目に合っているが、そう簡単に死ぬつもりはないぞ?」
「いや、リュートがではない。俺が、だ」
そう答えるアルフレッドの目は真剣そのものだが、どこか穏やかな雰囲気を持って笑っていた。
「……貴族様が何しでかすつもりだよ」
「ちょっと魔王を倒しにな」
軽い嫌味を持って聞くと、気軽にそんな言葉が返ってきた。
「リュートも知っているだろうが、すでに聖殿都市は戦争の準備に明け暮れている。普段は魔界の中腹程度までは命賭けの冒険者が入り込んでいる物だが、深入りできない状況に……。いや、違うな。深入りした者は帰って来なくなっている。俺も聖殿都市へ行こうと思ってな」
「ちょっと、待て。お前、実戦経験はッ」
「ない」
アルフレッドは余りにもあっさり、そう言った。
アルフレッドは確かに強い。が、実戦経験と言うものは単純な強さに勝る重要な要素だ。
理由は単純。
初陣では、ほぼ確実に自分の力を出し切れない。
冷静な判断ができず、考える頭が鈍る。だというのに、それすら自覚できない事が多い。
「何も今じゃなくったっていいだろう」
「そう言って、いつまで待てば良い?リュートにもあったハズだ。初陣というものが」
「だからって、こんな一番危険な戦い……」
馬鹿げている。
そうとしか思えない。
「ハァ……。人の言う事を聞かないのは相変わらずか。せめて理由を教えてくれないか?」
アルフレッドの事は苦手ではあるが、好感は持てる。
そんな彼がどうして、ともすれば命を捨てに行こうとするのか。
そもそも、彼は無理して実戦に出ずとも、剣の腕を磨き魔法の力を求めるだけで、大きく国に貢献できるのだから、戦いで功をあげる必要等ないハズだ。
それに対してアルフレッドの答えは、自分自身の事だけを考えた非常に簡潔な物だった。
「強くなりたいからだ。リュートは強い。だが、本来は商人のハズだ。商人としても有能である事を俺は知っている。修練に費やしている時間は間違いなく俺の方が多い。俺は負けず嫌いでな。才で劣っているとは思いたくはない。だったら、答えは単純だろう」
「……確かに、オレの剣の腕は実戦で磨いた部分が大半だよ」
「そういうことだ。そのついでに魔王を倒してくれば、大陸も平和であろう。何、地を這いずってでも、生きて帰ってくるさ。リズもいる事だしな」
アルフレッドはそう言って、リズに視線を向ける。
リズが、会話の方向が自分に向かって来るとは思っていなかったようで、少し驚いたように目を大きくした後に、一言、待っています。とだけ言って柔らかく微笑んだ。
やり取りは単純だが、リズにとっては最大限の見送りだろう。
オレ自身が、何度もそう言って送り出して貰っている。
魔王が此方にいるとは言っても、魔族、特に魔人との戦いは激戦になるだろう。
その戦いに、オレ達からは見えない所で多くの人が身を投じようとしている。
……オレ達は、これでいいのか?
そう一抹の疑問を胸に抱いた。