九十話 1と魔王?
「リュート様と付き合う事になったのですね」
「……うん」
「ふふっ。気にする事はありません。第一、私にはアルフレッド様がいらっしゃいますし」
リズの部屋、一つのベッドに二人で寝て、お話をする。
リズのベッドはすごく大きくて、二人で寝ても、まだ余裕がある程。
「変な事聞くけど……リズはいいの?好きな人と自由に恋愛できなくても」
失礼とも言える私の言葉にリズは小さく笑って答える。
「昔は嫌でしたわ」
「やっぱり?でも今はいいの?」
「そうですわね。私、昔はアルフレッド様の事が大嫌いでしたの」
彼女は楽しそうに喋る。
リズが誰かの事をはっきりと嫌いって言うのも意外だけど、その相手の事を、なんでこんなに嬉しいそうに言えるんだろう?
「以前のアルフレッド様は……悪いのですが、傲慢で無謀で自分が一番強いと思っている子供でした。でも、リュート様に出会って彼も変わったんです。今の彼の事は少し好きです。でも未来の私は、きっと彼の事が、すごく好きです。だから、きっと私は恵まれています」
そう言って無邪気に笑うリズは、普段の威厳なんて無い年相応の少女にしか見えない。
「でも、リュートと出会って変わったって……アイツ何したの?」
「はい。清々しいくらいに打ちのめしてました。物理的に」
「……はい?」
目を閉じて、うっとりしてるリズ相手に思わず聞き返す。
何やってるの、アイツ。
「それ、下手したら大問題じゃない?」
「そうですわね。でも、そのお陰でアルフレッド様は、自分の力量を知り、リュート様と交流を持つことで世界を知り、結果、民を知り成長しました」
「リュートって、運が良いよね……」
「運が悪かったら、もう生きてはいないと思います」
それもそうか。
私と出会ってからに限定しても何度か危ない事はあった。
結果的に不死の王を持つリュートが死ぬハズはないんだけど。
唯一、無効化できる魔剣もリュートの物だし。
「あの頃はリュート様も若くて、勢いで行動してましたから……。そこも恰好良かったのですが」
「……リュートの昔を知っているリズが羨ましい」
「ふふっ。拗ねないでくださいな。今、リュート様の一番近くにいるのは貴女なのですから」
「……ふん」
リズの言葉が嬉しくて恥ずかしくて顔が熱くなる。
そうして、私とリズは遅くまで、お喋りを楽しんでいるうちに、いつの間にか寝てしまっていた。
……。
…………。
「リズ様。旦那様がお呼びです。そろそろ起きて頂かなくては……」
まだ覚醒してない頭に女性の声が染み渡る。
それと少しだけ遅れて隣から少女の声が聞こえてきた。
「もう朝ですの……?」
「いえ、すでにお昼に近いです」
それを聞いた途端に少女……リズは勢い良く起き上がり、必然と私の布団も取られ、目が覚めた。
「今日の予定は……あぁ、もう!急いで準備しなくてはいけないではないですか!」
「リズ……忙しいの?」
まだ眠い目を擦りながら体を起こす。
「ごめんなさい、ミナ。ちょっと、お仕事がありますの。また夜にお会いしましょう」
リズは、そう言い残して、足早に部屋を出ていく。
……着替えさえしてないのは、それ用の部屋があるという事なんだろうか。
とりあえず、リズは忙しそうだし、私も起きよう。
夜更かししたとは言え、いつまでも寝てはいられない。
鞄から制服を引っ張り出して、掛けてあったローブに着替え階段を降りる。
と、客間にはリュートとケーファー、ルーシーがすでに集まって座っていた。
「ミナ、丁度良かった。昨日、公爵と話した事を皆にも伝えようと思う」
「ん」
ケーファーとルーシーが隣合って座っているので、私もリュートの隣に腰を下ろす。
するとリュートは、コホンとわざとらしく、咳を吐き話始めた。
「まず、良い話からだ。ケーファーが、人間と平穏な暮らしがしたいって話だが……どうやら前例があるらしい」
「ぜん……れい……?」
「なに~それ~?」
「過去にも、ケーファー達と同じように争いを嫌った魔人がいるみたいなんだ。そういう魔人と人がひっそりと暮らしてる集落がどこかにあるらしい」
「どこかって……どこよ」
リュートのせいではないんだろうけど、ちょっとアバウトすぎる。
「その辺は公爵に調べて貰ってるが、公爵自身も詳しくは知らないみたいでな。少し時間がかかる。それまで、オレ達と行動して貰うけど、いいか?」
「う、うん!ありがとう、リュート!そんな場所があるなんて知らなかったなぁ」
ケーファーは嬉しそうにリュートの手を握る。
考えてみたら、魔人と人が戦い始めてから数千年。
その間にケーファーみたいな考えの魔人がいても何もおかしくはない。
「そして、もう一つ。悪い知らせだ」
リュートの表情が真剣なソレになる。
戦闘中でさえ、どこか余裕を感じさせてくれるコイツが、ここまで真面目になるのも珍しい。
「魔王が本格的に動き出したようだ」
「へ?」
「ケーファー?」
「……?」
リュートの言葉に三者三様の反応をする。
ちなみに、私は無言で首を傾げた。
だって、意味がわからない。
「魔界って言っても実際には、その中腹くらいまでは、ちょくちょく冒険者連中が立ち寄るんだがな。今は、その辺りが最前線になって魔人が襲いかかってきてるらしい」
「ぼ、僕は何もしてないよ!?」
「わかってる。ずっと一緒に居たんだしな。ただ歴史上、これは魔王が戦争を吹っ掛けてきた時の状況なんだが……何か心当たりはないか?」
「う~ん……。あ、そういえばガルフスが新しい魔王を立てるって言ってたなぁ」
「ガルフス?」
「うん。四天王の一人だよ。って、言っても一人死んだみたいで今は三人だけど」
「へぇ。四天王を倒した奴がいるのか」
「うん。イライザって言って魔獣を操る力を持ってて、本人も結構強かったんだけど、人の街を相手に遊んでるうちにやられちゃったみたい」
……なんか、その魔人、びみょ~に覚えがある。
でも、リュートは気づいてないみたいだし、放っておこう。
「新しい魔王ってのは、ありうる話なのか?」
「う~ん……魔人って、結構強さこそ全てみたいな感覚だから、僕より強いならありうるけど……」
「心当たりは?」
「一人。多分、僕と互角以上に戦える魔人がいるけど、あの人、奥地に引きこもってるからなぁ。それに、ある程度強い魔人とは、もう戦ったしね」
「心当たりは無しと同じか」
「うん。それに僕と同じくらい強い魔人がいるなら、みんな僕との決着を待つと思うな」
結局の所、ケーファーの知識ではわかりそうもない。
「そういえば、リュート。ケーファーが魔王って事、言ってないの?」
「いや、言おうとは思ってたんだが……」
リュートは居心地が悪そうに頭を掻く。
「最初に魔人って言って、後で魔王と言おうとしてたんだけど……途中で、その話が出て言えなくなった」
……うん、気持ちはわかるよ、リュート。
魔王が本格的に動き出したって言ってるのに、今、ここに居るのが魔王です。とは、言えないよね。
「しばらくは現状維持……かな?」
「そういう事になる。いいか?ケーファー」
「うん。僕としては平穏に暮らせる足掛かりが見つかっただけで大進歩だよ」
「よし。じゃ、決まったし、オレは仕事に行ってくるよ」
「ん、市場?」
「いや、飲食店に直接売りに行く」
市場に出るなら、手伝いもできそうな物だけど、これならリュート一人でも大丈夫そうだ。
むしろ、早いかもしれない。
……けど。
「一緒に行っても良い、かな?」
そう聞くとリュートも嬉しそうに答えてくれる。
「勿論」