八十九話 100と魔王の未来
「お初お目にかかります。アテイルナ=フェトムと申します。よろしければアティと呼んでください」
「そんな訳でオレの妹だ。名前が発音し難い」
「もう、兄さん。いつも、それを言うんですから……!」
アティが礼儀正しく挨拶した所を、オレかコガ兄さんが崩しにかかる。
昔からの習慣だ。どうにも、コイツは堅すぎる。
「私は、ミナ。リュートの友達よ」
「ルーシーだよー!」
「えっと、僕は……その……」
ケーファーが、こっちに視線を送ってくる。
どちらを名乗ればいいか、迷っているのだろう。
どうせ、今夜にはニーズヘッグ公に打ち明けるつもりだし、本当の名前で良いか。
「こっちはケーファー。少し訳あって一時的にパーティーを組んでる」
「よろしくお願いします。と、言う事は、まだ一人で行動してるんですか?」
「いや、ミナとは結構長い間一緒にいるな。これからも、そうだと思う」
「……うん」
ミナが視線を逸らして返事をする。
「む。お二人は……結婚してるのですか?」
「け、結婚って……。そんな訳ないでしょ」
「そうですか。それは良かったです」
アティが前髪を弄りながら笑う。
久しぶりに会ったが、こういう所は昔から変わっていない。
「リュート兄さん。非常に鬱陶しいですが、婚約の話がまた出てきてます。どうにかしてください」
「婚約?つか、オレはもうフェトムの家名は持ってないハズだけど、どういう……痛い痛い!?」
「……っ」
ミナが無言で睨んで二の腕を抓る。
おい、待て、そこはやめて。マジで痛い!
「ハァ。何やってるんですか?まぁ、いいです。有名な商人であり、勇者としても名をあげて来た兄さんを欲しがる家なんて幾らでもあります。本来なら、うちには、もう関係ないのですが今回の相手は以前の兄さんの婚約者なので父さんも無下にできなかったようです」
「ちょっと、ミナ、タイム!後で言い訳するから放して!」
「アンタは……本当に!」
怒り心頭の様子だが、とりあえずは放して貰えた。
しかし、婚約か。以前の家って事は、結構有名な家だったハズだ。
てか、オレより兄さんに回せよ、そういった話は。
「どうにかって言われてもな。……悪い、オレにはコイツがいるから」
「ふーん。やっぱり、そういう関係ですか」
ポフっとミナの頭に手を乗せるとミナは俯き、アティはジト目で此方を見てくる。
うん、この視線は覚えがあるよ、お兄ちゃん。
ミナがよくオレに向けてくる視線だ。
アティはよくオレに懐いていたし思う所があるのかもしれない。
「……私、ミナさんの事ちゃんと見てますから。認めるかどうかは、それから決めます」
「なんで、リュートとの事を妹にとやかく言われなきゃいけないのよ」
「喧嘩すんな。とりあえず、アティ。断る」
「私に言われても困ります。父さんからの呼び出しなので、連れていけないと私が困ります。兄さん、お願い」
「やれやれ、仕方な……痛いって!?」
「この浮気者!」
「妹だろ!?」
「そうだけど、納得いくかっ!」
言いたい事はわからないでもないけどっ!
「父さんの事だ。オレが行かなくても、諦めないんだろう?言って断った方が早い」
あの頑固親父が折れるとは思えん。
が、オレが直接言って断れば後は関係ないで済ませれるだろう。
婚約相手の家がどう出るかは、それからだ。
「そうですね。私じゃなくて父さんが自ら出向くかもしれません。ちょっと、お勧めしないですね」
「……リュートのお父さんって怖いの?」
「怖いというか、非常に自分勝手で尚且つ強いので性質が悪いです。コガ兄さんより強いのですが、性格に問題があって騎士として上には行けなかったようです」
「そんな人に私、挨拶しに行くの?ちょっと怖いんだけど」
「お前は何しに行く気だ。婚約を断るだけだし、オレは家を出されてるから挨拶なんて必要ないよ」
もう数年まったく音沙汰がないのに、今更だ。
「それで、いつ頃行くんだ?」
「……そうですね。兄さんが帰って来るのも遅かったですし、余りゆっくりでも困ります。一週間は掛かりますし、三日後にでも……」
「十日後に付けば良い訳か」「リュートの実家がどこにあるのか、わからないけど、馬で一週間なら、一週間後にでも出れば良いんじゃないの?」
「そうだな」
「あの……私の話、聞いてました?」
アティが、呆れて此方を見てくるが、ケルロンなら三日もあれば十分だ。
せっかく王都に来たのだから、それくらいは滞在したい。
「大丈夫よ。ケルロン、速いから」
「……まぁ、兄さんの判断に任せますけど、父さんへの言い訳は用意しておいてください」
特に言い訳の必要はないんだが、ケルロンの速さを知らないアティからしたら仕方ない。
それにしても、相変わらず父さんに対して苦手意識があるようだな。
オレが家を出るときに大喧嘩した事が原因だと聞いてはいるが……。
「リュート様、おかえりなさい。それにミナも」
「あら、私はおまけ?」
不意に意識の外側から声をかけられた。
輝く金髪に、透き通るような声。
主の一人娘、リズだ。
答えるミナも、言葉とは裏腹に声は弾んでいる。
「ただいま、リズ。妹が世話になったようだな」
「いえ、私の方こそ、楽しいお話を聞かせて頂きました」
リズは手に掛けた扉を閉め、こちらに歩いてくる。
「リズさんは……兄さんとは仲が良いですか?」
「それは勿論。私の初恋の人ですから」
「なっ、兄さん!」
「怒られる意味がわかりません」
アティは、顔だけを此方に向けて睨んでくる。対してのリズは、くすくすと笑い、ミナは呆れた様子で横目でチラって見てくるだけだ。
「……ミナさんは良いんですか?それで」
「良いも悪いも、リズには婚約者がいるでしょう?」
「……へ?」
「ふふっ……アルフレッド様の事ですね」
「アルフレッドって……」
リズの婚約者、アルフレッド=アギス。
元々は魔法使いの勇者の血を引く家系だったのだが、いつの間にか剣術が発達した変わった家だ。
先祖代々から受け継がれた魔法の血と研ぎ澄まされた剣術の二つを扱う貴族であり、ニーズヘッグ家の婚約者に選ばれるだけあり、中々に国内に名を轟かせている。
確か、アルフレッドの父親が先祖返りだったハズだ。
「恐縮ですが、アルフレッド家に嫁がれるのでしたら兄に対する好意は隠して置いた方が……」
「大丈夫です。アルフレッド様もリュート様を慕っておりますから」
「えぇー……」
アティは理解不能と言いたげに溜め息を吐く。
少し猫被りが剥がれてる気がしないでもないが、この年なら、そんな物だろう。
「そういえば、リュート様。アルフレッド様が今度、王都に立ち寄った際に是非、会いたいそうですわ」
「えぇー……」
リズと同じ様に溜め息を吐いてしまう。
「苦手なの?その人の事」
「苦手……かな。嫌いって訳じゃないんだが……」
「リュート様ったら、以前、アルフレッド様を殴り飛ばしましたからね。あの時のリュート様は恰好良かったです」
「ちょ……兄さん!?」
「お願い。無かった事にして」
結果的に問題にはならなかったが、商人が貴族を殴るなど、とんでもない話だ。
アルフレッドが、その気なら国に居らなかった事は間違いない。
……変わりに何故か慕われたんだけどな。
そんな妙な関係のお陰で、今のアルフレッドは中々に良い男だと思うのだが苦手意識がある。
「明日にでも連絡します。喜んで来る事でしょう」
「……はい」
アギスとニーズヘッグの二つの名前に板挟みになっては流石に反故にはできない。
……諦めて会うとするか。
◆
楽しい時間が経つのは速いもので、ぐだぐだと皆で話していたら、すぐに夕食の時間になった。
その後、ミナをリズの部屋に押し込み、ケーファーとルーシーの部屋も用意して貰った。
妹も、数ある部屋のどこかに居る事だろう。
そしてオレは……酒を片手にニーズヘッグ公爵と向かい合っている。
仕事や大事な話をする時は、いつもこんな感じだ。
「公爵は……天使の存在を信じますか?」
オレは唐突に……しかし、遠回しに要件を切り出す。
「天使か。見た者の話は良く聞くが、大陸のどの場所にも居ない。難しい所だな」
「そう……ですね」
そういえば、ルーシーの故郷って何処なんだ?
魔界か?それくらいしか、大陸で人の手が届いてない場所は無い。
「して、あの二人はまさか、天使だと言うのか?」
公爵は試すように呟く。
その鋭さは流石と言った所か。
オレの話がケーファーとルーシーの事だとわかっていても、『天使』だなんて馬鹿げた単語はそうそう使えない。
「半分は正解です。翼を持った女の子は紛れもなく天使です」
「……にわかには信じがたいが」
恐らく、公爵はまったく信じていない。
ただ、オレの言う事だから耳を貸してくれているのだろう。
そのくらいの信用関係くらいはオレも築いてきたつもりだ。
ただし、オレはこれから、もっと馬鹿げた事を言わなければならない。
天使と違い、存在は確認されている。
それでも、あり得ない。
その中にも少量の嘘……否、隠し事を入れて。
「もう一人の男。ケーファーは……魔人です」
物語の中心はリュートとミナですが、こう見てみるとケーファーも長いですねぇ。
ていうか、何気に一話から出てるし。
リズの婚約者なんかも名前だけは非常に前から出てきてるし、旧キャラやら新キャラやら……。
しかし、色々伏線擬きは張ってるつもりですが、書いてるうちに書けなさそうな内容もでてきて(本来なら西の国や東の国も回る予定でしたが、ぐだるだけになりそうなので削除予定)伏線を回収しきれるのか心配です。
更新がちょっと遅れてますが、終わりが少しずつ見えてきていて作者自身のモチベーションは勝手に上がったりしています。
誤字脱字感想等あれば、よろしくお願いします