八十七話 100の妹
「と、いう訳で……新しい馬車だ!」
「すっごく大きい!!」
「すごいね。屋根までついてる」
そうだろう。
そうだろう。
そろそろ新しい馬車は欲しかったが、予定より随分と良い物が手に入った。
今回の馬車は屋根も完備で雨も平気だし、荷物の積載量も増えている。
オレが自慢気に話しているとミナが、此方に歩いてくる。
ボロい馬車でミナにも苦労を掛けて事だし、きっと喜んでくれるだろう。
「……リュート、お金大丈夫?」
本気で心配そうな目で見られた。
「あぁ、貰ったんだよ。いや、違うか……交換した、だな」
「交換って、こんな高価な物……」
「世の中は意外な物が高く売れるんだよ。今回は、名誉だな」
まぁ、売るつもりもなかったんだが。
次の日に、ストロノーさんの屋敷に招かれたオレは、全ての手柄を銀翼の連中に押し付けた。
商人としての名前ならともかく、傭兵としての名前が売れても困る。
しかし、銀翼も最大手ギルドだ。
目の前に、いきなり美味しそうな餌を出されて警戒しないようでは、生きてはいけない。
外に出た瞬間に詰め寄られた。
事情を話すと納得して貰えたが、信用はして貰えなかった。
そこで、向こうが出してきた話が代価だ。
もし、このまま銀翼が手柄を貰って、後々にオレ達がソレを言えば銀翼の信用は落ちる。
だが、これを取引にしてしまえば、バラした時に銀翼の信用も落ちるが約束を破ったオレ達の信用も地を這う事になる。
ある程度の安心を得られる訳だ。
「そういう訳だが金には困ってないしな。代わり馬車をくれって言ったんだよ」
此方はいらない名誉を押し付け、馬車を得る。
代わりに向こうは名誉と信用を得れる。
真っ当とは言い難い。が、誰も損をしない良い取引だ。
「それにしても、良くこれだけの物をくれたわね」
「愛馬を手放すのは……って、渋ってたんだけどな。うちにはケルロンがいるし、馬車だけで良いと言ったらご覧の通り」
「そっか。その気持ちはわかるな」
ミナは馬車に近寄り、頬を綻ばせる。
「これで雨の日も楽になるわね」
……すいませんでした。
長らくボロ馬車だったしな。
「そんなに雨の日は辛かったの?僕とルーシーは影でジッとしてたけど」
「ケーファーとなら、どこだって楽しいのにねー」
「……そっち程、特殊な状況だと流石に何も言えないけど。ただ、時間がすごく長く感じるのよ。暖は魔法で取れても雨が当たるのは鬱陶しいし」
ケーファーとルーシーは極めて明るく話してるが、敗戦した冒険者と同じような生活だ。
「それで、リュート。ここには、いつまで滞在するんだい?」
「ん?あぁ……」
ケーファーが何の気なしに聞いてきたが実はまだ決まってない。
本来なら売り物と自分達の食料を買い込んで、さっさと王都に向かうべきなんだが……。
「実は食料が値上がっててな。今、買い込んで王都に行っても大した儲けにならない」
「値上がった?」
ケーファーが不思議そうな顔をする。
魔王に物価とかを求めるのが間違いか。
「傭兵連中が豪快に三日三晩飲み食いしてたからな……。かなり消費されたらしい」
「この世界でも、これだけ大きな農場なら蓄えもかなり有るんじゃないの?」
「生産量は多いんだが、出荷される量も多いからな。この街自体で使う消費は本来なら全体の何十分の一だ。が、それが増えて足りなくなった訳だ。遠い地域なら、滞れば高く売れるだろうが……王都は近いからな。売れる値段はそこまで変動しないだろう」
「でも、滞在するにもお金かかるよね。大丈夫?」
なんかミナがお金に対してシビアです。
いや、確かに今まで色々節約してきたし心配してくれてるんだろうけど、本来の商人は結構自由に金を使えるんだよな……。
ケチが多いが。
「少しは値段が上がるだろ。ケルロンなら普通の馬より遥かに早く移動できるから他の商人を出し抜ける。元くらい取れるさ」
「そっか。ならいいけど」
何はともあれ、王都に帰るのは、もう少し先になりそうだ。
◆
王都、玉座の間
「すまない……。
私のせいで……」
王座の横に立つ王女レーナが、涙を堪えるように俯き頭を下げる。
本来なら王族が軽々しく頭を下げるべきではないが、今回の件は王女の判断で引き起こされた物であり、良い経験と判断した王も何も言わない。
王女に向かい片膝を付いている少女が顔をあげて答える。
「いえ、兄さ……コガも王女様を守れたなら本望でしょう。役目を果たした兄を誇りに思います」
間違いなく美少女ではあるが、どこか男性的な凛々しさを併せ持つ少女は、フェトム家の末娘だった。
コガが行方不明との話を聞き屋敷を空けれない両親に代わり、この場にいた。
「コガは騎士の鏡の様な者だった。惜しい人物を無くした物だ。だが、代わり娘を守ってくれた。私から礼を言わせて貰えう」
「勿体なき御言葉」
女性ではあるが、彼女も騎士の家系の出である為、礼儀作法は叩き込まれていた。
むしろ、粗暴な兄二人よりも礼節正しいとも言えるだろう。
そのお陰か、王の話は少女の予想よりも多少長く続いた。
◆
「……疲れました」
玉座の間を出でから、私は一人で呟いた。
何を話したか何て大半覚えていませんどうでもいいです。
私は前髪を弄りながら、一人で愚痴を心の中で漏らす。
コガ兄さんと同じ金色の髪。
けれど、前髪の一部だけは、白黒く濁っている。
女の子としての美しさも濁っているかもしれないですが、私はリュート兄さんと同じ、この前髪が大好きで、それを指で弄るのが癖です。
コガ兄さんが行方不明になって、そろそろ二週間たつらしいです、が、その程度で死んだとか言われても、さらさら信用できません。
コガ兄さんの死亡報告はまだ二回目ですが、そもそもリュート兄さんに至っては四回あります。
なんなんですか?ゾンビですか?
そりゃ私だって最初にリュート兄さんが、ドラゴンに挑んで帰って来なかったと聞いた時は一晩中泣きました。わんわん泣き出したよ、お恥ずかしながら。
その一ヶ月後、実家に借金全て返せるだけの大金と一緒に来ましたけど。
私の涙を返せ、です。
そんな事を考えていると、前から偉そうな人が早足で歩いてきました。
危ない危ない。私、気を抜きすぎです。
ここは、王城なんだから、恥ずかしい真似はできません。
前髪を弄るのを止めて背筋を伸ばしてすれ違い様に礼……と、思ったら、相手が止まりました。
……なんですか?
「失礼だが……もしかして、フェトム家の者かね?」
「は、はい」
緊張して、それ以上の言葉が言えません。
心の準備ができてないのに偉い人に話しかけられても困ります。
「そうか!と言うことはリュートの妹か。ははは、話に聞いていた通りだ」
「リュート……兄さんを知っているのですか?」
本来なら兄さんの事は敬称を付けないのが礼儀だけど、何故か、この人は大丈夫そうな気がした。
「あぁ。リュートには、いつも助けられている。我が名はニーズヘッグだ。よろしく頼む」
その名前を聞いた瞬間、私は、その場に片膝を付いた。
「リュート兄さんが、いつもお世話になっています!」
ニーズヘッグ卿……!?
知らないハズがない。
立場もともかく兄さんからも聞いた事がある。
「そんなに畏まるな。リュートには本当に感謝しているのだ。人の目が無ければ気楽に接してくれて構わない」
「あ、ありがとうございます」
「良ければ名前を教えてはくれんかね」
「し、失礼しました」
私の馬鹿!
緊張の余り、完全に作法を忘れてる。
ニーズヘッグ公爵の器の大きさに救われた様な物です。
「アテイルナ=フェトムと申します。よろしければ……アティとお呼びください。兄さん達は……そう呼ぶので」
「そうか。よろしくな、アティ。と、そうだそうだ。アティ、コガが自力で聖殿都市まで生きて辿り着いたらしいぞ。その事を報告しに行く途中だったのだ」
それ見たことか。
その話を聞いた瞬間そう思いました。
けれど、どこか安心している自分もいて、やっぱり少しだけ不安だったみたいです。
「俺は少し王に会ってこなきゃならん。良かったら……そうだな、すまんが城門あたりで待っていてくれないか?」
「はい?構いませんが……」
「ありがとう!なるべく急ぎ戻ってこよう!」
そう言って公爵はまた早足で行ってしましました。
……まぁ、私もリュート兄さんが、いつ帰って来るかとか聞きたいですし、大人しく城門で待っていましょう。
私が、此処に来た理由は、コガ兄さんの事の他に、もう一つあるのですから。
「またリュート兄さんに婚約の話が出るとは思いませんでした……」
妹として、少し気にかかります。
……妹として、ですよ?
◆
病弱な体。
それが、俺が持って生まれたハンデだった。
少し激しく動いただけで血を吐き、長くは生きられない。
けど、そんな運命に屈する気はない。
知恵を絞りあらゆる学問を学び手を尽くした。
最も個人の力で簡単に運命が覆るハズもなく、無駄に抗っていただけだったが……代わりと言ってはなんだが、奇跡は起きた。
俺は偶然にも不死の体を手に入れたのだ。
「実験は成功だな。しかし、まさか北の国の秘術が、不死人を一人作るだけだとは……」
当時の魔術士はそう言っていた。
その国は作物は育たず、結果、動植物も居なく荒れ果てていた。
まぁ、なんだ。
恩返しと言う訳でもない。
ただ、生きてく為に自身の体を治すと言う目的を別の形で達成した俺はやることがなかった。
そして、知識はあった。
そう、ただの暇つぶしだが……俺は南の国の為に働いた。
少しずつ土を耕し、食物を育て、水路を確保し、国を豊かにするつもりだった。
余りにも原始的な手段だった為に時間はかかるが、それでうまく行くハズだった。
しかし、南の国は滅びた。
少しだけできた水と食べ物を巡り暴動が起きたのだ。
馬鹿な奴らだ。
もう少し……後、季節が一度変わるまでの間まで待てば、生きてる者は全員助かったものを。
これで全て台無しだ。
「……不死の王、よろしいですか?」
「あぁ。……少し寝ていたか」
「はい。目覚めになるまで待とうとも思ったのですが……」
「構わない。ヨミ、どうした?」
「魔界の凡そ六割が不死の王を魔王として認めました。やはり、ガルフスと私が着いたのが大きいようです。ですが……」
「残りは今魔王を倒さないと認めないって所か」
「はい……」
「しかし、居場所もわからないからな。まぁ、いい。それだけ居れば戦争はできるだろう」
「すでに人間界近くまで言っている魔人もいるようです」
「自由にさせておけ。どうせ直ぐに全面戦争だ」
すでに、聖殿都市や冒険者の間では、手強い魔人の出没が話題になっている。
少しずつだが、戦争は近づいていた。
お久しぶりです。
非常に時間がかかってしまいました。すみません。
繋ぎの話を書くのが難しいですorz
しかしながら、少しずつ終わりが近づいて来ています。
まだ少しかかりますし、わかりにくいとは思いますが。
もうすぐ連載して二年になりますし、目標としては今年中にちゃんとした形で終わらせたいと思います