八十話 1の神威
「どうなってるのよ!?」
「オレに聞くな!」
炎の魔獣サラマンダー。
ソレと戦い続けて僅か数分で私達は追い詰められていた。
「攻撃が効かない……どうすればいいのよ」
私にとってサラマンダーみたいな体が大きな魔獣は的でしかない。
でも、魔法攻撃が効かないとなれば話は別だ。
炎の癖に水も氷も効かないって、なんなのよ!
「魔剣も効かないしな。なんなんだ、アイツは」
サラマンダーの動きは緩慢で、リュートはあっさりと近づき炎の腕を切り落としたけど、それもすぐに新しい炎で再生されただけだ。
「リュート、ミナ。緑の髪をした勇者を知らないかな?」
「緑?私は知らないけど……」
私が王国を飛び出すまでに召喚された勇者は三十人程。
その中には、そんな人は居なかったハズだ。
「そっか。能力が確認できたら……と思ったんだけど。でも多分、コレは、その勇者の能力だよ」
ケーファーは、その勇者の能力を見たことがあるのか、話を続ける。
「良くわからないけど、死体を操る。そういった能力なんだと思う」
「なっ!?何よ、それ……」
あっていいの?
そんな人として外れた能力が。
でも、確かにそれだと説明がつく。
だって、サラマンダーのコアは最初から壊れているように見えた。
実際に、今はケーファーの助言でコアを攻撃して、更に壊れている。
「……コイツは僕が殺したんだ。だから、間違いない。これは勇者の能力でコアだけ無理矢理生き返らせられたサラマンダーだ」
体もなく、コアだけ生き返らせられ、無限に湧き出る炎で体を作り、自分が何かもわからず暴れているだけの存在。
「……ちゃんと眠らせてあげる」
いくらなんでも、あんまりだ。
「ケイ。コアに能力がかけられているのね?」
「うん。それ以外には考えられないよ」
だからリュートが斬ってもすぐ再生したんだ。
なら、コア本体をやれば……!
「リュート!」
「アレのど真ん中に近づいて斬るのは無理!」
サラマンダーの体は炎そのもの。
通り様に駆けて腕を斬るくらいはできても、体の真ん中にあるコアを斬るのは難しい。
けど、私だって、そんな危ない事を強要したりしない!
「違う!魔法剣!」
リュートは、思い出したかのように慌てて剣を構えた。
カムイが得意とする居合いの構え。
そして、リュートの新しい必殺技の構え。
「神威!!」
リュートの剣に風の鞘が巻き付く。
多少距離が離れてようが関係ない魔法無効化の斬撃。
「斬り裂けぇ!!」
リュートが風の鞘から剣を抜き放つ。
剣は超高速で射出され、風の刃がコアを貫く……ハズだった。
風の刃は僅かに外れ、サラマンダーの右半身を消し飛ばすだけに留まる。
しかも、消し飛んだ半身は予想道りにすぐに再生をする。
「曲がった!?」
私は驚いて声をあげる。
魔法剣神威は私がリュートの為に作った風の魔法剣。
そう易々と何かに影響を受けて反れるような生半可な威力じゃない。
「……熱」
詳しい知識がある訳じゃない。
けど、サラマンダーの周囲の高熱が気流を狂わせてるんだ。
「ミナ!悪い、もう一回だ!」
「う、うん!」
リュートが叫び私はそれに答える。
が、結果は似たようなものだった。
リュートの魔法剣は僅かに反れ、サラマンダーは再生をする。
「私の魔法が、こうも通じないないなんて……!」
自惚れてた。
心のどこかで私の魔法が通じない相手なんてリュート以外にいないと思っていた。
「ミナ!」
突然、ケーファーの叫び声が聞こえた。
前を見てみると、サラマンダーの炎の腕が伸びてきている。
水の魔法で防御……無限に湧き出る炎の前には蒸発させられる。
魔剣……身体強化を使わなきゃ間に合わない。
でも、そんな暇はない。
あれ?私、さっきまでどうしてたんだっけ?
炎はもうすぐそこまできているのに、私は一歩も動けない。
どうしよう。
どうしようどうしよう!?
何もできないままに、いつの間にか吹き飛ばされて地面を転がっていた。
二転三転として気持ち悪い。
でも、良かった。
とりあえず、生きてはいるみたいだ。
痛……いけど、大したことはない。
……けど、体が動かない?
「痛たた……大丈夫か?ミナ」
「へ……?リュート……どうして?」
私は、いつのまにかリュートに強く抱き止められていたみたい。
リュートの力でギュッとされてたんじゃ、体を動かせるハズが……って、そうじゃない!
「リュート!大丈夫なの!?なんで……!」
リュートは、体の至る所に擦り傷を作っている。
それは、さっきまではなかったものだ。
炎の打撃を食らったハズの私に火傷一つないのも不自然すぎる。
リュートが……庇ってくれたんだ。
「あぁ、大丈夫だよ。この服、幻獣の体毛であしらわれてるってのは伊達じゃないな」
リュートが立ちながら笑って、自分の服を見る。
聖殿都市で買ったばかりの白いコートは泥だらけになりながらも、ちゃんと持ち主を守ったみたい。
「でも、傷だらけ……」
「傷だらけって事は不死の王が発動してないって事だ。大した怪我じゃない」
そう言いながらもサラマンダーが飛ばしてきた火球を切り裂く。
「それに前衛が後衛を守るのは当たり前だろ?」
「……ありがと」
色々言いたい事はあるけど、我慢して一言のお礼で済ませる。
今は、まだそんな暇がない。
「大丈夫かい?二人共」
「掠り傷だ。それより……どうする?あれ」
ケーファーも心配そうに近寄ってきた。
サラマンダーは戦闘開始時より、更に二倍程に膨らんでいる。
正直な所、逃げたいけど放っておく訳にもいかないよね。
「リュート。私が隙を作るから、近づいて魔法剣で攻撃して」
「また無茶な……わかったよ。どうせ不死の王があるしな」
リュートは、苦笑いして剣を構える。
けど、そんな痛い目に合わせたくはない。
「大丈夫。必ず攻撃しやすいようにするから」
「……わかった。信じる」
一拍置いて、そう言ったけど、いざとなれば無茶をする気だろうな。
失敗はできない。
「ケイ。私が魔法を使うまで少しサラマンダーを引き付けて欲しいの」
「ふむ。倒さなくていいなら、そのくらいはできるよ。任せて」
その直後にサラマンダーの炎の拳が私達三人に向けて振り下ろされたけど、全員軽々と避けた。
……なんだ。
冷静になれば簡単に避けれるんじゃない。
リュートは……どこにいったか見えないけど、斬りかかりやすい位置に移動してるんだろう。
ケーファーはサラマンダーの前に躍り出ている。
「仲間がいるっていうのはいいね。魔力の消耗を気にしないで戦える。行くよ、サラマンダー!炎には、より強い炎で!炎竜召喚!!」
ケーファーが、そう叫ぶと彼の体から炎が溢れ出て、サラマンダーより一回り大きな竜の形になった。
「すごい……!」
魔力量はともかく、あそこまで繊細な魔法、私には使えない。
以前、戦ったケーファーが、まるで本気じゃなかった事がわかる。
流石、魔王。
「さぁ!僕の炎に勝てるかな?」
目の前ではサラマンダーと炎の竜の近接戦闘が始まっている。
まるで怪獣映画みたいな光景だけど、見とれている暇はない。
私も、私の仕事をしないと!
地面に両手をつけるとヌチャっと音を立てて泥に沈んだ。
さっき、地面を転がった時に気づいた。
この土ならサラマンダーの炎を一時的に押さえれるかもしれない。
地面に手を当てながら目を閉じて集中をする。
うん、予想道り。
これならいける!
地中深く魔力を巡らせ、サラマンダーの足元で爆発させる!
「土、舞い上がれ!回れ、回れ、回れぇ!!」
サラマンダーの足元の地面が爆発し、岩石混じりの竜巻になる。
サラマンダーは慌てたように咆哮をあげるが、足を地面に開いた大穴にとられ逃げる事すらできないでいる。
……っ!
魔力の消費が……!
サラマンダーより遥かに大きな土の竜巻を保ってる今、魔力がみるみるうちに減っていく。
流石にレーザー・カノン程ではないけど、気楽に使えるものじゃない。
けど、その分の効果は!
サラマンダーは土の竜巻に掻き消され、少しずつ小さくなっている。
炎の拳で土をどうにかしようとしているが、逆効果でしかない。
自分の予想以上の成果が出た事に少し嬉しくなる。
耐火粘土。
魔界に近いこの辺りで発掘される火に強い鉱石。
さっき、泥の中を転がった時に偶然リュートの馬車に詰んであるそれと似たような石を見つけた。
だから、地中深くまで魔力を辿らせて探したんだ。
この耐火粘土が多く含まれている地脈を!
最も、相手は無限の炎。
これで終わるとは思えない。
事実、サラマンダーは本能的に、自分に攻撃をしているのが誰かわかるのか、私を狙ってきた。
「きゃっ!?」
幾分小さくなった炎の腕を私目掛けて飛ばしてくる。
さっき私がリュートに庇って貰った攻撃だ。
落ち着けば、避けれる!
横に跳び地面を転がって無様に避ける。
お陰で集中力も切れて、魔法が解けてしまった。
でも、大丈夫。
っていうか、私がせっかく作ったチャンスを無駄にしたら承知しないんだから!
リュートの姿は見えないけど、確信を持って私は呟く。
「「魔法剣神威」」
サラマンダーを挟んで丁度反対側からも同じ言葉が聞こえた。
タイミングはバッチリ。
リュートはすでに風の鞘で居合いの構えになって、サラマンダーの後ろから斬りかかっていた。
私が、この瞬間にちゃんと魔法剣を使うと信用していてくれなきゃ、できないタイミングだ。
炎の弱まったサラマンダーは成す術もなく、リュートに後ろからコアを一刀両断にされた。
◆
「カムイ、すごい雨だ!火が消えるぞ!」
「おぉ!まさしく天の恵み!」
ケーファーが先行し、水竜の悲哀を使い山に雨を降らせていると、小さな洞窟からコガとカムイが出てきた。
「一時はどうなるかと思ったな。これで生きて帰れそうだ」
「蒸し焼きは……蒸し焼きは嫌だ……」
コガは安心したように空を見上げ、カムイは逆に項垂れている。
二人はどう足掻いても倒せないサラマンダーを引き付け、山を逃げ回っていたが、辺りが大火事になり、行動にも限界が近づいていた。
そんな時、幸運にも小さな洞窟を見つけたのだ。
洞窟に逃げ込んだ二人は、カムイの聖殿の盾により、洞窟外に蓋をして絶対的な防御を強いた。
まったく攻撃が通らなく、さりとて洞窟ごと壊す手段のないサラマンダーは、すぐに諦めて何処かへいったが、一面火の海で出るに出れなくなっていた。
しかも、カムイの聖殿の盾は攻撃を防ぐだけの能力。
幸いにも火事の炎は攻撃として認識し防いでくれたが、温度の上昇まではどうにもならず、このままでは死を待つのみだった。
「あの化け物が、あそこまで俺たちを追ってきてたなら、王女も無事だろう」
「あぁ。他の兵も損害は少ないハズだ」
「コガ殿が洞窟を見つけてくれねば、危うかったな」
「お互い様だ。こちらも君の能力に助けられた」
カムイとコガは笑いながら拳をぶつけ合う。その姿は長い時間を共にした親友同士のようだ。
昨日までは任務だから一緒に居た二人であったが、生死を乗り越え、心境の変化でもあったのだろう。
「さて、とりあえず聖殿都市に帰るか。馬も食料もないから手間だぞ」
「何、王女を守れた代償としてはやすいものだ」
二人は、そう言うと魔獣を警戒し走って山をおりだした。
この二人が聖殿都市に着くのはリュート達が、ストロノー牧場へと向かった少し後の話だった。