七十九話 100と炎の魔獣
「隊列を整えるよ!各自、騎馬から降りて構え!急いで!!」
ケネスがらしくない怒声を放ち、騎馬隊が小銃と呼ばれた武器を構え整列する。
ミナとケーファーも、その少し後ろに立ち、いつでも攻撃できる準備を整えている。
オレ?
やる事がないから見学です。
「各自訓練通りに!外しても良いけど馬車にだけは当てないで!」
ケネスの部隊が整列し終わると一斉に片膝をつく。
訓練不足なのか、王国の騎士団に比べたら明らかに動きがぎこちないが、新部隊らしいし、こんなものなのかもしれない。
王女が乗っていると思われる馬車は、ウェアウルフの群れに襲われているが、屋根裏でアウゼルが炎を使って迎撃してるお陰でまだ余裕がありそうだ。
それにウェアウルフ達も動きが鈍い。
それでも、歩いて来ていたら間に合っていたかは怪しいが。
「ミナ。もう届くんじゃないか?」
「……馬車巻き込んでいい?苦手なのよね、加減って」
前を向いたままジト目で答えられる。
ミナの魔法で一掃できたらと考えたが馬車ごとになるらしい。
弓の距離に入るのを待つしかないか。
そう思った瞬間、ケネスの短い掛け声が飛んだ。
「撃てっ!!」
妙に乾いた音が響いて、遠くにいるウェアウルフ二匹が地面を転がった。
「この距離であたった!?いや、十人居て二匹なら命中精度は……」
……そんな事じゃない。
今、何があったんだ?
パンッ!
と乾いた音が連続で鳴ったと思えばウェアウルフは転がっていた。
何も見えなかった。
飛距離にしても、弓より遥かに長い。
「第二射、行くよ!撃てっ!」
そして連射速度も早い。
距離が近くなっているせいか、命中率もあがっている。
「ケネスは撃たないのか?」
ふと疑問に思い、そう聞くとケネスは手のひらより少し大きい小銃を見せてくれた。
「ボクの武器はコレなんだよ。取り回しやすいんだけど、小銃程の精度はないんだよね」
精度はないって……まさか、こんな小型な物でも敵を倒せるって言うのか?
……これがミナの居た世界だって言うのなら、どれだけ厳しい戦いを強いられていたんだろう。
もう一度、ケネスの、撃て!という掛け声の後には馬車はすぐそこまで来ていた。
「リュート。頼むよ!銃は近距離でも戦えるけど、遠距離程の優位性はないんだ!」
「あぁ、任せとけ!」
さて、銃の性能に目を奪われてる場合じゃないか。
「ケイ。馬車に張り付いてる3匹を馬車がすれ違う時にやるよ」
「わかった……って、あれ?あの馬車に乗ってる人って」
「行くぞ!」
ケーファーが何か言いかけたけど、気にしてる余裕はない。
突進してくる馬車の両脇をすれ違うようにオレとケーファーは立つ。
少し間違えれば轢かれて酷い目に合うが……不死と魔王だし大丈夫だろ。
「魔剣召喚!」
「風竜の息吹」
オレが右に、ケーファーが左に身を翻し、それぞれの剣を振る。
ケーファーは馬車に飛びかかろうとしていた一匹を両断し、こっちは地を走る二匹を斬り裂いた。
よし!
馬車は無事に抜けた。
後は後続の群れをどうにかするだけだ。
本来なら、これからが大変な所だけど、うちは事情が違う。
「私を抜けるなんて思わない事ね」
後ろにいるミナが髪を書き上げて前に手をかざす……って、もう魔力が集まってやがる!?
「ケイ!逃げ……」
ろ。そう繋げようとしたら、さっきまで隣に居たケーファーが見当たらない。
よく見たら地面に影だけある。
……空かぁ。
いいなぁ、翼。
ミナの魔力をいち早く察知して、すでに退避済みのようだ。
「氷柱、貫け!」
巻き込まれる…!
と思ったがミナの放った魔法はオレの足元に強烈な冷気が走るだけで通り過ぎて行った。
そして、魔獣の群れの前で……爆発した。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
冷たい風が通り過ぎて辺りには濃い靄がかかっている。
靄が晴れると爆発箇所から先は、広範囲をオレの身長の半分程度の長さの氷柱が地面から無数に生えて魔獣を突き刺していた。
不死だし、巻き込まれるかと思ったけど、ミナはちゃんとオレになるべく危害がないように考えてくれたようだ。
「適当に撃っただけだから多分、仕留めきれてない。ケネス、警戒して」
「オッケィ!敵が出てきたら打ち抜くよ!」
ケネスの銃兵隊が構えながらゆっくり前に進んでいく。
あの氷柱の中では遠距離攻撃を得意とするケネスの部隊の方が攻撃に向いてるだろう。
「リュ、リュート!」
「どうした?」
ケーファが空から急降下して慌てて話しかけてきた。
「僕、ちょっと先に行ってるよ!」
「先って……どうしたんだ?」
「えっと、ほら……そうだ!火事!山の方燃えてるんでしょ!?ちょっと消してくるから!」
どうやら、オレともう一人の勇者の会話を聞いてたらしい。
確かに火事は厄介か。
「ありがたいけど、できるのか?」
「うん!僕もこれでも魔王だからね!じゃ、ちょっと行ってくるね!」
「おい、ケ……まぁ、いいか」
向こうで合流できるだろ。
「リュート!助かりましたわ!!」
ケーファーと入れ替わりに金色の長い髪の女性が走り寄ってきた。
所々、掠り傷があるようだが、大きな怪我はなさそうで何よりだ。
「大丈夫か?ロザリー」
「はい。王女も無事ですわ。ただ……」
「リュート!!」
ロザリーが表情を曇らせ俯く。
そして、レーナ王女が走って抱きついてきた。
「レーナ様。ご無事で何よりです」
「ロザリーとアルゼルが守ってくれた……」
アウゼルは馬車の近くで大の字になって転がっている。
普段、クールな彼だが、そこまで疲れたって事だろう。
馬車の手綱を握っていたロザリーより疲労も濃そうだが怪我は少なそうだ。
……だけど、一人足りない。
いや、この部隊には兄さんもいたはずだ。
「カムイとコガが……逃がしてくれたんだ……」
兄さんとカムイが……?
なら、あの二人は……!?
危機的な状況に数人の足止めを用意して軍を逃げる事は珍しくない。
今回みたいに重要人物が居るなら尚更だろう。
しかし……殿部隊の生存率はそう高くはない。
「頼む!リュート!!カムイとコガを助けてやってくれ!!」
助けるって……オレとミナとケーファー、ルーシーの四人でか?
戦力的には間に合うかもしれないけど、どう考えても探す余裕まではない。
でも……行かない訳にはいかない。
「ケネス。すまないが、王女の護送は任せた。オイ達は、このままカムイ達を助けに行く」
ケネスには任務がある。
仕官である以上、それを無視する事はできないだろう。
「何を言ってるんだい?ボクも行くよ」
「でも、お前には国の任務が……」
気持ちはありがたいけど、迷惑をかけるわけにはいかない。
「王女の護送は後続部隊に任せるよ。いいよね?王女様」
「あ、あぁ。他にも部隊がいるのか。帝国の人よ、頼む」
「……いいのか?」
「ボクは元々王女様になんて興味はないからね。一緒に召喚された仲間を助けに来ただけだよ」
ケネスはそう言って、銃兵の元に帰る。
この先の方針を話す気だろう。
オレたち4人とケネス含む三人の勇者、それに銃兵10人。
十分とは言えないが、最低限以上の人数はいる。
「ねぇ」
「ロザリー?どうしたんだ?」
「さっきリュートと一緒に剣を持ってた人って、どこ?」
「あぁ、もう先に言ったよ。連邦の有翼人だからな、空を飛べば短時間なら馬より早い」
「……そう。やっぱり気のせいよね。カムイをお願いね」
「あぁ」
ロザリーは少し納得がいかないようだけど、そのまま立ち去った。
さて、オレ達もケーファーに追いつくか。
◆
リュート達が山の麓に着くと、そこは大雨だった。
他の所は晴れておりケーファーが火事を消すために使った魔法である。
これだけ、大規模な魔法を長時間行使するのは流石魔王と言えるだろう。
「ケイ!」
「リュート……見て、アイツだ」
「あれは……?」
雨の中佇むケーファーをリュート達が見つけ近づくとケーファーは、少し離れた場所を指差す。
そこには、炎の怪物が居た。
「サラマンダー……だと、思うけど僕の知ってるのと少し違う」
「サラマンダー……?」
魔界の火山にいる魔獣はリュートでも聴き覚えがない名前だった。
一方、サラマンダーの事を知っているケーファーでさえも、炎の怪物は自分の知っているソレとは違った。
ケーファーが以前、ここで戦ったサラマンダーは炎を纏った魔獣であるが、今、目の前にいるのは炎の塊が怪物の形を成しているだけの全くの別物だ。
ケーファーがソレをサラマンダーだと思った理由は、単にサラマンダーの炎を制御するコアと呼ばれる心臓が同じ位置にあったからだ。
以前会ったガルフスと一緒に居た少年が連れていたアンデットを思い出すが確証はない。
「何にせよ、あれを放っておく訳にはいかないな」
リュートが炎の魔獣の前に立ちはだかる。
カムイやコガを探すにしても、あんなものが居るんじゃ気が気ではない。
「大きな的ね。当てるのには苦労しなさそうね」
リュートの傍に面倒くさそうにしながらもミナも歩いていく。
「ケネス。周りに居る魔獣は任せる。アレはオレ達が引き受ける!」