七十七話 初代魔王
蔓の魔人。
遥か昔、不死の王の時代から存在して居た彼女の名前を知るものは今や居ない。
多くの魔人は彼女を婆さんと呼んでいた。
ガルフスとミョルは蔓の魔人に案内され、古びた城の中に入る。
城の中は至るところに蔦が張っており、そこが彼女の領域である事を如実に表していた。
そして、その奥、玉座と言うべき場所は色とりどりの花で満たされ、その中に一人の青年が眠るように横たわっていた。
それを見つけたミョルは宝物を前にした子供のように感嘆とした声をあげる。
「やっぱりあった……!しかも、こんな完全な状態で!!魔王を倒した後、すぐに帰還した勇者達……以降、何度か遠征隊が送られたけど、誰も帰って来なかった。その記述を見て以来、もしかしたらと思ったけど……!」
そんなミョルを横目で見ながらガルフスは蔓の魔人に小さな声で話しかける。
「婆さん、不死の王は死んでないってのは本当か?」
「ええ。何度も言ってるでしょう?不死の王は死なないわ。流石に……心臓を壊されちゃ動けないけどね。でも、死んでない以上は少しずつ治る……ハズなの」
そう言って蔓の魔人は唇を噛む。
不死の王の復活を信じて彼女は、数千年もの間、ただひたすらに待っていた。
事実、死闘の末に傷ついた体はほぼ完全に元通りになっている。
しかし、不死の王が目覚める気配は未だにない。
「あの人間の能力で……何か変わるのかしらね」
魔界でも屈指の実力を持つ蔓の魔人は、そう呟く。
得体の知れない人間を城に入れたのも、余りにも長い時間、無かった変化から来る不安がそうさせたのかもしれない。
初代魔王を操り人形にし、魔人を従えようとするミョル。
ただ戦いたいが為にケーファー以上に強く好戦的な魔人を望むガルフス。
そして……不死の王を蘇らせたい蔓の魔人。
三人の利害は見事一致していた。
「さぁ、動け!不死の王!僕の駒として!」
ミョルが不死の王に手をかざすと黒い糸のような魔力が不死の王に入り込んで行く。
それは対象者の体のみならず、魔力までも操るミョルの能力。
過去にも何人か、同じ能力の勇者はいた。
彼らはパペットマスターと呼ばれ、人形を用いて魔物と戦ったが、ミョルが目を付けたのは死体だった。
結果、今に至る。
そして、ミョルの魔力に応じて不死の王は立ち上がる。
「おお……!!」
「王!」
ガルフスが思わず声をあげ、蔓の魔人は不死の王へと駆け寄る。
「王!やっと……貴方の復活をずっと待っていました!」
しかし、不死の王に反応はない。
目こそ開いているが、横たわっていた時とまるで変わらない様子だ。
「何をやっているんだい?これは僕の操り人形だよ」
「人……形……?」
「そう、人形だ。もっとも生前より少し劣ってる程度の能力を持っているけどね」
ミョルが未熟な為、アンデットは能力を発揮しきれないが、ミョルはそれを認めず、能力の副作用と思っている。
蔓の魔人はミョルを睨み付ける。
「人間。不死の王を蘇らせるのではなかったのか?おい、ガルフス!」
「婆さんが死んでないって言ったんだろーが」
王は体を動かせないだけだ。
蔓の魔人は、しつこくこう言っていた。
ならば、動くようになればとガルフスは考えたが……不死の王がただの操り人形に成り下がったのは、予想はしていたが、不本意な結果だ。
人間を魔王と讃え人間と戦争なんてすれば、彼の名は後世に語られるだろう。
無論、悪い意味で。
「小僧、殺してやる」
「ふ、不死の王とやらの力を試してみるか」
次の瞬間、城中の蔓がミョルに襲いかかる。
「見せてみろ!最強と語られる魔王の力を!」
ミョルの指示通りに不死の王の体は蔓の魔人へと飛びかかる……が、女性の形状をした魔人は、バラバラにほどけていなくなる。
「此処等一帯の蔓が全て私よ?それに貴方……王の事を何もわかってない」
どこからか声が聞こえ、ミョルの体に蔓が絡まる。
「なっ……ちょっと待て!ガ、ガルフス!助けろ!」
「不死の王が復活しないんじゃお前と組んでもなぁ……」
「なあぁっ!?」
ガルフスは退屈そうに動けなくなったミョルを眺める。
「くそっ!不死の王!動け!何故、動かない!」
いつの間にか不死の王が動かせなくなってるのに気づく。
慌てて他の魔獣を操ろうとするが、それらは今さっき蔓の魔人が解体し終えた所だ。
「やっぱり、人間なんて入れるんじゃなかったわね……。楽には殺さない」
そう言って蔓はまた女性の形状となる。
だが、その腕だけは鋭く、槍のような形状をしていた。
「まずは右腕……」
離れた所から蔓の魔人が腕を突き出すと、腕は伸びてミョル目掛けて一直線に飛んだ。
「う、うあ、うわあああぁぁぁ!!」
ミョルは恐怖の余り目を瞑る……が、痛みはいつまでたっても来ない。
恐る恐る目をあけると蔓の槍は寸前で不死の王に捕まれていた。
「は、ははは!!そうだ!不死の王!僕の為に戦え!」
「この人間が!」
「ひっ!?」
高笑いするミョルに今度は四方八方から蔓の槍が向けられる。
動けないミョルにどうにかできる訳がないのは誰が見ても明白だった。
だが、そこで不釣り合いなまでに優しい声が響いた。
「俺とやる気かい?ヨミ」
蔓の魔人が固まる。
ずっとずっと昔に聞いた覚えがある声。
さっきまで、どんな声だったかなんて思い出せなかった。
数千年という時間は、それほどに長かった。
そして、蔓の魔人の名を知っている者は彼以外考えれなかった。
「随分と強くなったみたいだね、ヨミ。あの頃は小さな花だったのに」
金色の髪をなびかせて不死の王が笑う。
その姿は魔王と言うには頼りなく、まるで普通の人間のようだ。
だけど、蔓の魔人……ヨミは知っている。
彼こそが世界を滅ぼしかけた最初の魔王だと。
「王……お待ちして……おりました」
「うん。ごめんね、さっきまで、うまく動けなくて。やっぱり心臓を壊されたら駄目だね。あれから……どのくらい時間がたったの?」
「すごく……すごく長い時間が経ちました」
「そっか。その辺りは追々聞くよ。でも、おかしいなぁ。無効化の魔法を使われても死ななければ100年もあれば、心臓くらい治りそうな物だけど……ん?」
そこまで言って、不死の王は胸に違和感を感じる。
何かが詰まっているような、そんな違和感。
そして、自分の指先に風の魔法を使い、乱暴に自分の胸を貫いた。
「ガハッ……!?コホッ!!」
「王!何を!!」
「大丈夫、大丈夫。俺は不死の王だよ?それより……」
心配そうに顔を覗き込むヨミに笑いかけ、胸から心臓を壊し、取り除いた物をヨミに見せる。
「これは……金属片?」
「魔剣の欠片……かな?まいったなぁ。刺された時に偶然欠けたのかな?これのせいで心臓は治癒されなかったみたいだ」
体の他の部分は生きていたが血が流れない為に機能しない。
そして、肝心の心臓はどうやら、魔剣の欠片のせいで、死んでいる状態が続いたと不死の王は判断した。
彼の不死性は他者にすら影響を及ぼすが、死人には効果がない。
「心臓が治るには後、100年か。長いなぁ」
魔剣によって負わされた傷は不死の王では癒せない。
死んでさえいなければ体が元々持つ治癒力で100年程で再生するので、それを待つしかない。
「ま、彼のお陰で動けるようになったけどね」
不死の王は、そう言いミョルを見る。
ミョルはすっかり怯えた様子でガタガタ震えていた。
「もう用済みだから殺しても良いんだけど、こいつの能力、死んでも切れないのかな?」
もし、能力者の死亡により効果がなくなるなら、また100年の間、眠りにつくことになるが、不死の王としては面倒くさかった。
ヨミを止めたのも、それが理由だ。
「まぁ、いいや。ヨミ、とりあえず生かしといて」
「はい」
ミョルが手に入れようとしてた力は、あっさりと彼の手から離れた。
しかし、不死の王は正直余り強そうに見えない。
「なぁ、アンタ、人間相手に戦うつもりはあるのかい?」
傍観していたガルフスが口を開く。
「ん?君は……あそこの人間と違って少しはやりそうだね。あのね、俺は科学者なんだ」
「科学……?」
それはガルフスにとって聞き慣れない言葉だった。
しかし、ガルフスにとって重要なのは、あくまで戦うか、戦わないかである。
それに対して不死の王は実に都合の良い答えを返した。
「科学の進歩にとって一番良いのは……戦争を起こす事さ」
それは、どこか狂気的で間違った……しかし、ある側面だけを見ると正しくもある意見。
この話を聞いた時はガルフスでさえ、気味が悪いと感じた。
「だから、戦争をして貰うよ。魔族は、その為に作ったんだから」
不死の王。
最初の魔王。
最強と名高き魔王は、そう言い放った。
「面白れぇ。俺も戦いたくて堪らないんだ。アンタが魔王なら文句はねぇ。だけどな……」
ガルフスに魔力が集い、四肢が倍に膨れ上がる。
「弱い奴に従う気はねぇ!いいよな!婆さん!」
戦闘体勢に入ったガルフスにヨミはあっさりと首を縦に振る。
彼女にはわかっていたのだ。
ガルフス程度が勝てるハズがないと。
「はは、すごい魔力だ。流石、魔人。僕の数倍はあるんじゃないかな?」
ガルフスを見て不死の王は愉快そうに笑う。自身の数倍の魔力……それを認めても、その顔から余裕は消えない。
「ふん、試させて貰うぜ!」
ガルフスが自慢の右腕を振るう。
不死の王も片手を出すが、物理的に受け止めれる理由がない。
一瞬、罠かとも警戒したが、罠だろうと真っ正面から踏み潰してきたガルフスにとって、止めるなどいう考えは無かった。
そして手が触れあった瞬間、小さな爆発が起きた。
「グ!?オオオオオ!?」
爆発したのはガルフスの腕そのもの。
何が起きたかもわからず腕の痛みに耐えるガルフスを見て不死の王も驚いていた。
ただし、まったく別の意味で。
「すごいなぁ。今のは君の魔力の流れを少し変えて衝突させたんだけど……まさか、内部からの爆発に耐えるだなんて!」
ガルフスの腕は血が流れ、力なく垂れ下がっていたが、この程度なら自然に治癒するレベルだろう。
何をされたかわからず、目を白黒させるガルフスに不死の王が笑いかける。
「言っただろう?俺は科学者だ。科学的に魔法を使えば……少ない魔力でも最強の剣となる」
不死の王は先程の爆発で折れた腕を自分の目の高さにあげる。
流石の至近距離での爆発には、王の腕も無事ではなかった。
しかし、それはガルフスの見てる前でグニャリと曲がり再生した。
この時ガルフスは、世の中には絶対に勝てない相手がいると悟った。
しかし、不死の王も、この時に知る術はなかった。
彼程ではないが、別の世界で学問を学び、ガルフスの更に数倍の魔力を持つ少女の事を。
◆
「リュート、今回は何泊かするの?」
「いや、流石に今日は泊まるけど食料の買い出しくらいだ。人数が増えたしな」
魔界近くの村を出てリュート達は再び聖殿都市へと来ていた。
とは言っても、今回はあくまで道中にあったというだけでリュート達は聖殿都市に用事はない。
食料も余裕を持っていた為、ケーファーとルーシーの分が増えてもストロノー牧場まで問題はない予定だが、何があるかわからない為、余裕を持っておこうというだけだ。
聖殿都市は横に長い為、都市にはまだ入らず少し北の道を馬車で走る。
すると、前方から軍隊がこちらに向かって行進してきていた。
「あれは……帝国か?」
王国の隊服ではない。
東の連邦には大規模な軍はない為、恐らくは西の帝国だろう。
しかし、彼らはリュートにとっても見慣れない何か筒状の物を背負っている。
そういえば、とリュートは少し前に聞いた帝国の新部隊の存在を思い出した。
その部隊は強化された弓を持っていると聞いた覚えがある。筒状の物が何かはっきりとはわからないが、その形状は遠めからは弓に見えない事もない。
「アイツは……」
そう考えていたリュートの隣でミナがポツリと呟く。
その視線は軍の先頭にいる金髪の男に注がれている。
「リュート!下がって!」
「おい、どうした?」
ミナがいきなり慌ててリュートに声をかける。
魔力をいつでも使えるように開放したのが近くにいるリュートにはピリピリと感じられる。
「ミナ、どうしたんだ?」
リュートはなるべく冷静さを保って話しかける。
それに対して、ミナは周囲に風を纏わせながら、視線を金髪の男から離さずにリュートに伝える。
「あの先頭の男……間違いない。ケネス。二番目の勇者、ケネスよ」
いつでも防御できる姿勢を作ったからかミナは先程よりは余裕のある口調で告げるが、その声から緊張の色は消えていない。
召喚されたうち最初の五人の勇者は強さの順番に数字が若い。
つまり、ケネスという男はカムイより強いという事になる。
その勇者が何故、軍の戦闘に立っているかリュートには判断がつかない。
「アイツは危険よ。私と同じ世界の……違う国から来た勇者。人を殺す事にかけては私以上よ」
力を取り戻してからは、今まで何処か余裕があったミナだったが、今回はそんなものは欠片も見当たらなかった。
77話目にして、やっと話が大きく動き出した所かと思います。
まだ先は続きますが、やっとここまで来たような……。
今回は少し長かったので二話に分けようかとも思いましたが、別視点を三話も連続でやるのはどうかと思い、纏めて投稿しました。
次回はリュート視点、二番目の勇者の登場です。
別視点が続いたから早めに投稿したいけど、どうなるか……。
誤字脱字報告感想等お待ちしております。
あ、後、近々読みきりっぽく短い話を載せるかもしれませんので、もし載せたらそっちも読んで頂けると嬉しいっす。