七十六話 100のその後と魔界の奥地で
あれから数日……ミナとオレの関係は少しだけ変化した。
いつも通りの強気な態度に、いつも通りの言葉使い。
意味不明な事で殴られるのも相変わらずだし、理不尽に怒る時があるのも変わらずだ。
ただし、物理的な距離は明らかに近寄った。
今も彼女は馬車の先頭でケルロンの手綱を握るオレと背中合わせに座り気持ち良さそうに寝ている。
……昨日も一緒に寝たしな。
前は一応、そうならないようにこそしていたが……いや、結果的には大半なっていたが、それは置いとく。
ともかく、今のオレに傍に寄って来てくれるミナを遠ざける意味なんてなくなったしな。
そんな訳で、すやすやと寝息をたてている魔女を背中に感じつつ馬車を止めている訳だが……。
「これでヨシっと……」
ルーシーが地面に何かを埋めた後に、ペシペシと両手で叩いて馴らしている。
「……何、やってるんだ?」
「んー?えっとねー、セラフィックゲートを召喚した後に異空間内の扉を繋げる為に私を埋めてたんだよー」
「セラフィ……?えーと、ケーファー、何」
いつも緩い空気を纏ったルーシーにいきなり難しい言葉を使われた。
とりあえず、考えてもわからなさそうだからケーファーに聞いてみる。
「あはは。つまり、空間転移魔法を使うのに必要な触媒を埋めてたんだよ。自分自身の一部……今のは羽だね」「あの時、私から逃げた魔法ね」
「起きてたのか」
「ん、うとうとしてただけだもの」
どうやらミナは知っているようだ。
前に魔王と戦ったって言ってたから、その時の話か?
「この村には、いつでも帰ってこれるようにしたかったの~」
ルーシーは楽しそうに笑う。
逆にケーファーは心配そうにルーシーをたしなめている。
「羽一枚とは言え、僕達にとっては大事な物なんだから、多用しちゃ駄目だよ?その魔法に助けられてるのも事実だけど、さ」
ケーファーがルーシーの頭を撫でながら話すとルーシーも明るく返事をするが、彼女は必要なら羽を使う事を躊躇わないだろうな。
「にしても、羽一枚がそんなに大事な物なのか?」
「一枚一枚は、そうでもないんだけどね。僕やルーシーは翼で魔力を生成して魔法を使うんだ。だから、羽一枚無くなれば、その分の供給が落ちるし無闇に使えるものじゃないんだ」
「そうか……。翼を切り落とせば魔人とバレないんじゃないかと思ったけど、そうもいかないか」
「怖い事言わないでよ!?……最後の手として考えた事はあるけど」
二度と魔法が使えなくなるだろうにケーファーは笑いながらそう言った。
流石にルーシーの為だけに魔王になっただけはある。
……意味は薄かったみたいだけど。
「とりあえず、そこまでする必要はないよ。早く馬車に戻るぞ。ケルロンが退屈そうに欠伸をしてる」
ここは村から少しだけ離れた田舎道。
移動し始めたが、ルーシーが、少しだけ待って欲しいと言い止まっていた所だ。
しかし、転移魔法とは便利だな……。
ちなみに、ランディは歩けるようにはなったが、まだ本調子ではないらしく、完治するまで村に置いて貰えるように村長に頼んだら快く許可をくれた。
本当は待っているつもりだったんだが、ランディ本人が、邪魔になりたくないからさっさと行け。と言って聞かなかった。
治ったら商会経由で連絡するように念を押したし大丈夫だろ。
コレットもいるしな。
馬車ではケルロンが、やっと出番かとばかりに尻尾を振って張り切っている。
「確か、この辺に……あった。ケーファー、ほれ」
「なんだい、これは?」
大きな布袋を差し出すとケーファーが不思議そうに聞き返してくる。
まぁ、見た目で何かなんてわかるまい。
「翼カバーだ」
「翼……カバー?」
「そうだ。街に近くなったら、それで翼を隠せ」
「余計怪しくない?」
「怪しいな」
「駄目じゃん!?」
おぉ……。
珍しくケーファーがツッコンできた。
確かに翼を隠してたら何か事情があると勘ぐられるだろうな。
有翼人種の珍しい王国なら尚の事だ。
東の連邦には結構居るんだけどなー。
商売で何度か言った事があるけど、向こうは獣人が多い。
工業や技術は西の帝国に、魔法では北の王国に負けているが兵士の個々の身体能力がずば抜けている。
……けど連邦の話は、今は良い。
「良いんだよ。怪しいヤツって思わせておけば。魔王ケーファーだとバレなきゃそれで良い」
「そ、そういいうものかな……」
「聖殿都市に着いたら、フード付きのローブでも欲しい所だな。そうすれば完全に、ただの怪しい有翼人だ」
流石に、翼カバーくらいなら適当に縫えるが、それ以上は無理だ。
「ね、次はどこに行くの?」
背中越しに振り向いてミナが聞いてくる。
「王国でも最大規模の街。大陸屈指の食の都、ストロノー牧場さ」
◆
「やっと、ここまで来れたか。だらしないな、ガルフス。そもそも本当に魔王に会う必要があったのかい?」
「うるせぇ!あの野郎がいれば、魔界のほとんどの奴が確実に言う事を聞くんだよ!」
リュートとミナが村を出た頃、魔界の最南端では四天王ガルフスと死霊術師のミョルが口論をしていた。
「そのうち魔人全てが僕の言う事を聞くようになるって言うのに……。せっかく半年掛けて集めた兵隊も三割くらいになっちゃったじゃないか。それに君も重症だ」
「……このくらい、すぐに治る」
ミョルの言う通り、彼の回りの魔獣のゾンビはケーファーと戦った時に比べ随分減っている。
ガルフスに至っては、ケーファーの魔法によりできた傷がまだ塞がらず蛍光色の血を流していた。
「まぁ、良い。それで、本当に此処にあるんだろうね?」
「ああ。恐らくな」
「絶対になきゃ困るんだ。僕の計画には、必要不可欠なんだよ。僕の能力で……」
「待て。黙れ」
少し苛ついた様子で喋るミョルをガルフスが抑制する。
「……なんだよ」
「此処は、もうアイツの領土なんだ。迂闊な事は口走るな」
「は?領土?何を言ってるんだ。魔人に領土なんて……」
「ところが、私は例外なのよ、坊や」
「……っ!?」
いきなり響いた声にミョルは驚き辺りを見回す。
しかし、植物の蔓のような物が大量に張っているだけで、誰かがいるようには見えない。
「……久しぶりだな。婆さん」
「ガルフス。どうしたんだい?人の子を連れてきて」
「アンタにとっても悪い話じゃない。此処を通してくれ」
「なんだって?」
戸惑うミョルを尻目にガルフスは何者かと会話する。
しかし、豪胆なガルフスにしては、その声は緊張が色濃く出ていた。
やがて、ガルフスの言葉に怒気を隠す事なく、辺りの蔓が動き出し人型を作り出す。
「此処に入れろ?ふざけるんじゃないわよ。此処は魔王様の住居。最後に入った忌々しい勇者とやら以来、私がずっと守って来たのよ?」
蔓は女性の型を作り出しガルフスに指を指して説教をする。
その姿は若く綺麗な女性だが、異様な雰囲気を放っていた。
「魔王の住居?墓の間違いじゃないのか?」
「馬鹿……!!」
姿が見えるようになったからか、ミョルが強気に食って掛かる。
ガルフスが止めに入るが、蔓の女性は意に反した様子もなく、薄ら笑いを浮かべミョルの前に立った。
「違うわよ。だって、あそこには誰の死体もないもの」
「なんだって……?ガルフス!」
「婆さんの言う事は気にするな。それより、婆さん。俺達を此処に入れてくれ。回りをよく見ろ」
ガルフスが必死に蔓の女性に話しかける。
が、蔓の女性は面倒くさそうに対応するだけだ。
「回り?もしかして、よくわからないアンデットの事かい?ガルフス……アンタ、こんなので私を脅してるつもりなの?」
「こんなの?はっ……試してみるか!?」
どうやら女性の言葉はミョルの逆鱗に触れたらしく彼は声をあげ、魔獣を左右に五匹づつ従える。
「やめろ!婆さん、コイツは勇者だ!ゾンビ供はコイツの能力!使えるかもしれねーだろ!?」
「ゾンビが能力……?へぇ、面白い。確かに使えるかもしれないわね……」
蔓の女性はガルフスの言葉を聞いて考え込む。
しかし、その冷静さもミョルは気に入らなかった。
「僕を馬鹿にしてるのか!」
「動かない方がいいわよ。最後の十匹もガラクタにされたいの?」
「はぁ?何を言ってるんだ、お前……」
そこまで言ってミョルはゾンビ兵への魔力による命令回路が回りの10匹にしか繋がってないのを理解した。
「……はぁ!?」
「やめとけ。婆さん相手に勝ち目はない」
辺りを見回すと、さっきまでのそのそと動いていたゾンビ兵が軒並み使い物にならなくなっている。
骨だけになっていたり、バラバラになっていたり、様々な状態でゾンビとしてすら機能しない状態になっている。
「馬鹿な……さっきまでは……」
「ここら一帯の蔓が見えるだろ?アレが全部、婆さんなんだよ」
ミョルは言葉を返す事もできずに黙り込みガルフスの言葉を聞く。
「ケーファーに勝てるとしたら婆さんくらいさ。だが、婆さんは魔王の地位に興味がなく、ずっとここに引きこもってやがる。初代勇者と戦った唯一の生き残り……最古の魔人だよ」
ガルフスの説明が終わると蔓の女性は満足そうに蔓を左右に分けて道を作る。
「入りな。変な行動をすれば即刻殺す。光栄に思うんだね。此処に人が入るのは……数千年ぶりさ」
本編と舞台裏の動きと半々くらいですね
さて、次から、また新章……と、言いますか新しい流れに入ります。
一応、作者本人の中では一章『傷ついた少女』、二章『復活の魔女』、三章『仲間を求めて』、と名前がついてたりします。
あー、章管理もいい加減やらないとorz
さて、次回予告ですが本編は二番目の勇者が出てきます。魔界編は、今回ラストの続き、魔王の住処の話になりますが、どっちを書こうか迷っております。
今回、本編ほとんど進んでないけど、流れ的には魔界を書いた方が良いよーな……。
感想誤字脱字報告等々お待ちしております。