七十話 100と交渉と魔王の願い
「その話……本当でしょうね?」
「うん。だから女の子と傭兵の人はこの先の小さな村にいるよ」
「んー……魔人が言ってるって事自体うさんくさいけど、理屈は通るか……」
魔王……ケーファーの話した内容は恋人と平穏に暮らす為に試行錯誤を繰り返し、その結果、今の村で仕事を手伝っているというものだった。
向こう側に見える馬車も人間も、それなら納得が行く。
「それにしても魔王が馬車を引いてるなんてな」
笑い種にもならないが、ケーファーは少し恥ずかしいそうに笑うだけで、嫌そうな顔はしていない。
「となると、あの馬車に積んである鉱石は耐火粘土か」
「あ、うん。村長さんがそんな事言ってたよ」
「何、耐火粘土って」
「その名前の通り熱に強い粘土なんだけど……雷にも強いし、ある程度の強度もある。流石に、物理攻撃に耐えれる程じゃないから、盾や鎧にコーティングするのが主な使い道かな。しかも、魔界の近くで採掘されたんなら魔力を帯びてるだろうし、質は良いだろうけど……」
ふむ。
この道を通るって事は十中八九、聖殿都市で売るつもりなんだろう。
でも、それは……。
「魔王。ちょっと向こうの人達と話したいんだけど」
「ケーファーでいいよ。危ないから待ってて貰ってただけだからいいんじゃないかな?」
危ないってのはミナの事か。
正直、反論できないから困る。
ケーファーが手を振ると離れていた人達が近寄ってきた。
「もう大丈夫なのかい?」
「うん。ちゃんと話したから」
……魔王なんだよな?
村の人達はケーファー相手に何の気兼ねもなく話してるように見える。
少なくともオレの知っている歴史上の魔王とは随分違う。
……けど、まぁ、いいや。
今、重要なのは魔王なんかじゃない。
目の前にいる村の人達だ。
「失礼します。この先の村の方々ですか?オレは行商人のリュートと申します」
「……!!ほう、行商人の方ですか」
そう、何故ならオレは商人だから。
◆
「しかし、その値段では聖殿都市での売値よりも三割も低く……」
「この耐火粘土は確かに質は良いものです。しかし聖殿都市は、最高級の品物に溢れています。売れる期間までの滞在費を考えれば決して悪い話ではないと思います」
「確かにそうなんだが……。以前来たときも思ったように売れなくて苦労したものだが……」
「失礼ですが、村自体の労働力に余裕があるとも思えません。ここで売って頂けるなら、ケルベロスの馬車で村までお送りしますよ」
「なぁ、うちらも早く村に帰りたいし長引けば儲けが減るのも事実。村に帰れば仕事は幾らでもあるし、ここで買って貰った方がいいんじゃないか……?」
「ぐっ、そうだな……。リュート、あんたの言う通りだ。ここで買ってくれるなら、その値段で良い!」
「ありがとうございます。では、少々お待ちを」
心の中でガッツポーズをとりながら馬車に戻る。
一割程度安く買えればいいかと思ったが思いの外、交渉はうまく進んだ。
聖殿都市で売る価格と言うのを考慮すれば、他の都市では二割増しで売れるだろう。
耐火粘土と言うのは、優秀な消耗品であるから需要が尽きる事もない。
聖殿都市にある他の装備が異常なだけなのだ。
「リュートって、もしかして、出来る人?」
「何、いきなり」
金貨を取りに馬車に戻るとミナが話しかけてきた。
なんか意外な物をみたような表情してるし。
「いつの間に手持ちのお金、あんなに増えてたの?交渉の時もずっと主導権握ってたし……」
「王女騎士団相手に結構荒稼ぎしたしなぁ。交渉は、向こうは死活問題だから必死なんだよ」
冬になれば聖殿都市に行くのも一苦労だろうしな。
逆に、こっちは売って貰えなくても別に困らない。
「少し安すぎたけどな」
「……?良い事なんじゃないの?」
「目先だけを考えるならな……っと。払って来るからもう少し待っててくれ」
「ん、わかった」
三割は流石に値切りすぎた。
例え、ここを押さえても村の人達が良い顔をしないだろう。
……まさか値段交渉を一切しないで飲むとは思わなかったんだよ。
けど、それならそれで、やり方はある。
「お待たせしました。代金です」
「ありがとう。……少し多くないか?」
「質の良い耐火粘土ですので……多少、色を付けさせて頂きました。代わりに村でもご贔屓頂ければと」
笑顔でそう言うと向こうも、一瞬驚いた後に嬉しそうに笑う。
「ありがとう!これで村長にも胸を張って報告できるよ!」
流石に三割も引かれたとなると不安も残るんだろう。
昔の……商売を始めたばかりのオレなら、こんな事はしなかっただろうけど、余裕ができてからは先の事も見えるようになった。
向こうの村ではランディもコレットも世話になってるみたいだしな。
村からの印象を良くしても損はないだろ。
「ケーファー。今日はそろそろ休まないか?」
「え?僕は良いけど……ちょっと早すぎない?みんななるべく早く村に帰りたいみたいだし……」
村に戻れば幾らでも仕事がある。
仲間の負担を少しでも減らしたいんだろうな。
良い人達だ。
けど……。
「うちの馬車と鉱石を積んだ馬車を連結させるにも少し時間がかかるんだよ。それからだと大した距離は進めないし……それなら、ちょっと豪勢に食事でもどうだ?聖殿都市を出たばかりだし、食料は沢山ある」
ケーファーの目付きが明らかに変わる。
どこか期待していて、でもそれを隠そうとして隠しきれてない。
「う、うーん……。僕だけじゃ決めれないから、みんなと相談してみるよ!」
村の人達は少し離れた所で話し合っていて、こちらの声は聞こえていないようだ。
ケーファーは、歩いてそちらへ向かうが、どう見ても浮き足だっている。
チョロいものだな、魔王も。
「……で、料理って誰が作るの?」
むしろ、魔女が怖いです。
「リュートって、手早く料理するのは上手だけど、余り人をもてなすような物じゃないよね?誰が作るの?」
「いや、ミナさんに作って貰えたら嬉しいなぁと」
ミナは溜め息を吐いて答える。
「別に良いけど勝手に進めないの。一言言ってくれたら私にできる事は断らないから。……多分」
「悪い。ありがとうな」
最後の一言が若干気になるけど、確かに相談くらいはするべきだったか。
そう言うと彼女は機嫌が悪いどころか嬉しそうに悪態をつく。
「良いわよ。言ってくれたら。あーあ、しょうがないなぁ」
そう言ってミナが作ってくれた食事は、いつも通りで、でもどこか華やかな物だった。
彼女曰く、豪華な料理なんて慣れない事よりも、美味しく作れる自信のある料理を揃えたそうだ。
半数くらいは、オレの好みな上に、他の人からも評判で、見栄をはるよりは正解だったろう。
馬車の連結作業で疲れた体に染み渡る。
特にケーファーは、自覚はないみたいだけど、はしゃいでる。
「本当に美味しいなぁ。ルーシーにも食べさせてあげたいよ」
「ルーシーって……前、一緒に居た白い子?」
ケーファーは、ミナの言葉に頷く。
食事前は、緊張感溢れる空気を作って居た二人だけど、食事を食べはじめてからケーファーは、その味に。ミナは褒められて自然体に近くなったみたいだ。
「そういえば二人は以前にも会ってたんだっけ?」
「うん。あの時は……本当に殺されるかと思ったよ」
「私だって酷い目にあったわよ。結果的には良かったけど」
ケーファーが一瞬で落ち込む。
怖かったんだろうなぁ……。
「あの子、なんなの?翼が生えてるし、あの転移魔法も見たことないんだけど」
「ん?天使だよ」
ケーファーの言葉に硬直する。
ミナは余り気にしてないようだけど、天使と言うのは一般的には……。
「天使って……架空の種族だろ?」
「人間にはあんまり知られていないみたいだけど、天使は魔人の天敵だよ。浮島に住んでて人には危害加えないみたいだから、知らない人の方が多いみたいだね」
「にわかには信じられないな……」
「私には、天使も魔人も魔法も同じなんだけど」
そういえばミナの世界には、そう言うのもいなかったんだっけ。
それを考えれば天使が居てもおかしくない……のか?
「でも、天敵ならなんで一緒に居たの?」
「それは……僕とルーシーは特別っていうか……」
「付き合ってるの?」
ミナが一見ありえない言葉を言うけど、ケーファーは否定しない。
「僕とルーシーは小さい頃に一緒に遊んでて……今では彼女と離れるだなんて考えられないんだ」
「魔王と天使の恋人ってのもすごいな……」
流石にありえない。
しかし、ケーファーは改めて自分が魔王である理由を説明した。
「僕が魔王になったのもルーシーと一緒にいる為なんだよ。魔界は争いが多いんだ。みんな、自分の力を誇示したがってるからね。魔王になれば、みんな言う事を聞いてくれるかなって思ったんだけど……戦いが生きてる理由みたいな魔人にとって僕みたいな平和に暮らしたい魔王は都合が悪いらしいんだ……」
「それで未だに魔王軍が大々的には動いてなかったのか……」
「人間と戦争なんてしたら平和なんて物とは無縁だし、天使からも執拗に攻撃されるだろうし……」
……苦労してるんだな、魔人も。
むしろ、この魔王が異端すぎるだけだと思うけど。
「ケーファーは、最終的にはどうしたいんだ?」
「僕はルーシーと普通に暮らせたらそれでいいんだ。今の村の人達はわかってくれてるけど、多分いつまでもいる訳にはいかないんだろうなぁ」
……魔人は世界の敵。
これは三ヵ国の共通認識だ。
幾ら辺境とは言え、ずっと長居すれば噂は広まる。
その時に国々はどんな対応を取るかな。
まぁ、一国くらいは出兵するだろう。
魔界は戦いに明け暮れ人間には敵視される。
ケーファーの願いは少し難しいように思える。
「私……ケーファーを応援……んーん、ケーファーに協力したい」
話を聞いていたミナがぽつりと呟く。
その声は真剣そのものだ。
「誰かの都合で勝手に振り回されるのなんて嫌。誰だって……普通の幸せを掴む権利くらいあって欲しい」