六十九話 100と魔王と激昂の1
「……悪いんだけど、もう一回言って貰えるか?」
「だから、前にいるの魔王よ」
なんで、こんな場所に。
まず、それを疑問に思ったのは間違いじゃないハズ。
魔王だって言うなら魔界の奥地にでも引っ込んでろ。
「……倒すのか?」
「倒したいの?別にどうでもいいんだけど」
「あ、はい……」
とりあえず、冷静になろう。
前にいるのは魔王。
向こうも此方に……っていうか、ミナにか?
気づいたのか、馬車と付き添いらしき人……多分、人。を待たせて近づいて来る。
以前戦ったって言ってたから、向こうがミナを覚えていても不思議じゃない。
っていうか、オレならトラウマになる。
後に残して来た人達は、とりあえず戦力外って考えていいか。
そうなると魔王が、なんでそんな人間を連れて、ここに居るかだけど……。
さっぱりわからん。
奴隷にしても、連れて帰るなら南だ。
魔界はすぐそこなんだから、ここに居る意味がない。
「んー……敵意は?」
「知らないわよ、そんなの。とりあえず魔力の流れは穏やかだけど、魔王だし攻撃してこようと思えば、すぐできるんじゃない?」
「だよなぁ……」
何にしても判断材料が少なすぎるか。
普段なら、危ない事は避けるべきだけど……。
「話してみるか」
「ん、気をつけてね。大丈夫だと思うけど、一応」
「いざとなったら不死の王があるしなぁ……。ミナこそ自分の身を守ってくれよ?今更一人旅なんて嫌だからな」
ミナは驚いたように硬直した後に、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。
「大丈夫。私はリュートよりも魔王よりも強いもの。でも……ちょっと嬉しかったな」
◆
「はじめまして……魔王さん」
「あはは。やっぱり気づいてたんだ。そうだよね。そっちの子は二度目だしね」
目の前まで来た魔王は至って穏やかに笑う。
ホントにコイツが魔王なのか?
魔力も押さえているようで、今はさっぱりわからない。
「始めに聞いときたいんだけど……敵意は?」
「嬉しいなぁ。そういう風に聞いて来てくれる人、あんまり居ないんだ」
「まぁ、魔王相手だしね……」
「だよね……」
どうやら今まで相当苦労したらしく、心底憂鬱そうに溜め息を吐いている。
「害はないって考えていいのかな?」
「うん。僕の方から人間を襲う事はないよ。流石に襲ってくる人間は別だけどね」
ふむ。
とりあえずは信じてもいいか。
色々聞きたい事はあるが、とりあえず、この場でのお互いの安全は確認されたと思っていいだろう。
そう思った瞬間。
背筋に冷たい感触が流れた。
魔法を使う時に感じる波に似ているが、それとは比較にならないくらい冷たい奔流。
頭から水を被せられたような気分になり警戒して魔王を見ると、彼もオレと同じように驚愕していた。
魔力の大きさに方向感覚が麻痺しかけたが、確かに、この魔力は魔王の放っている物ではない。
むしろ……もっと馴染み深い、いつも傍に居るような感覚が後から…………後?
後に何があったか一瞬考えたけど馬車しかないに決まっている。
そして馬車に居るのは一人と一匹。
恐る恐る振り返ると、そこには耳を閉じ伏せて完全に怯えているケルロンと、黒いオーラに見える程に圧縮された魔力を放出させている魔女がいた。
「……ミナさん?どうしたんですか?」
冷や汗を押さえながら勇気を振り絞って話しかけて見るけど、無視して通り過ぎられる。
さっきまで、魔王なんてどうでも良さそうだったのに一体何があった。
心なしか目や髪の色も普段より、さらに濃い漆黒になっているように見える。
風もないのに漆黒の長髪がなびいてて、非常に怖い。
そんな状況で、なるべく笑顔で話しかけたオレは褒められていいと思う。
無視されたけど。
ミナは魔王の前に立ち話しかける。
「魔王。アンタ自分から人は襲わないって言ったわよね?」
「う、うん……。相手から襲ってきたら別だけど……」
「じゃあさ、それはどうしたの?」
ミナは魔王の顔を指差す。
いや、顔より少し下……首?
魔王の首には、細い布が巻かれている。
アレは……マフラー?
ミナが元の世界の技術で編んだ防寒具。
でもミナが作った物程、綺麗ではなく少し不恰好……って、まかさ!?
「ソレは、この世界では少なくとも、どこにでもある物じゃない。それに、その毛糸は見覚えある……。私と……コレットしか作れない物なのよ!」
マフラーが本当にミナとコレットしか編めないのかはわからない。
けど、確かにコレットである可能性は非常に高い。
だから、ミナは途中から魔王に対して怒ってるのかっ。
オレの頭にもやっと話が入る。
ミナはコレットを可愛がっていた。
そして、コレットの持ち物を魔王が持っているのだから冷静でいられないのだろう。
「返答によっては……消し飛ばすわよ」
ミナが本気で怒ってるのは初めて見たけど、かなり怖い。
普段、オレが怒られてるのは、まだ本気じゃないんだな……。
そんなミナを前にした魔王は恐る恐る口を開く。
「いや、これは、その娘がいた村が襲われて……」
「襲ったの?」
「僕じゃないよ!?」
「じゃあ、誰が?」
「えーと……魔人?」
「やっぱりアンタじゃないの!!」
そう言うとミナは黒い炎の槍を数本空中に創りだす。
何あれ。
とりあえず、非常に危険な物だってのはわかるけど。
「違うんだって!コレは貰っただけだよ!」
「なんでコレットがアンタにソレをあげるのよ!!」
「お願いだから話を聞い……あぁ、もう!!」
話をしてる最中の魔王にミナは容赦なく片手を突き出す。
それに伴い、黒炎の槍が魔王に襲い掛かるが、魔王も翼を広げて空へと回避する。
すごい……!
今代の魔王は黒い翼を用いて空を翔るという噂はあったけど、なんて反応速度だ!
翼を持つ魔獣も少なからずいるが、魔力の補助があるとは言え、空を飛ぶというのはかなりの労力がかかるハズ……だけど、魔王はそれを驚くほど素早くこなしている。
「逃がさない!……重力、強化!!」
「え?ええ!?翼が……重く……!?」
ミナが空中にいる魔王に何かしたようだが、それでも魔王は空へと留まる。
しかし、幾ら空中とは言え先程のミナの魔法が効いているようで動きが鈍い。
「さっさと落ちてきなさい!魔剣召喚!!」
そして空にいる魔王のさらにその上に召喚される数多の魔剣。
それは刃を下に真っ直ぐ降り注ぐ。
流石の魔王も、これには顔色を青くし自分から急降下しながらなんとか魔剣の雨を避けていた。
「おかえり。さよなら」
「ちょ、待って……!えっと、助けて!!」
「オレかよ!?」
地面に落ちた魔王をミナがすごい怖い笑顔で迎える。
右手にはまた黒い炎の塊が生成されてるけど、本当にアレなんなんだろう。
そして、魔王はオレに向かって命乞いをする……けど、アレをどうにかするのかぁ……。
今のミナを敵に回すのは正直嫌な予感しかしない。
嫌な予感しかしないけど……頭に血が上った彼女を好きにさせておいたら、きっと後悔するのは彼女だ。
「はぁ。すっげぇ怖いけど、ミナの為になるならなんとかするか……」
魔王を殺すのを反対する訳じゃないけど、さっきまで興味なかったのに一時期の感情でやって良いとは思えない。
そして少なくとも魔王はコレットを知っている。
もしかしたら、そう悪い関係でもないのかもしれない。
……もし、魔王が本当にコレットに何かしていた場合はオレの手で。
そう覚悟を決めてミナの前に立つ。
「ミナ。ちょっと落ち着け」
「まさかリュートに邪魔されるとは思わなかったんだけど」
「落ち着いたら邪魔しないよ。だから少し冷静になれ」
ミナが少したじろぐ。
右手にある黒炎は消してくれたけど、体中から黒い魔力のオーラが立ち上っているところを見ると、さっぱり冷静じゃない。
「でも、コレットなのよ?あの子の物なのよ。あれは!間違いなく!!」
「だから冷静になって話を聞こう。それから先どうするかは……オレが決める」
そう言ってミナの手を握る。
……って痛えぇ!?
手を握った瞬間激しい痛みに襲われて声がでそうになるけど、なんとか堪える。
魔力のオーラのせいか!?これ!!?
手のひらが焼けるように熱い。
高濃度の魔力に触れて体が拒絶反応を起こしてるのか……?
「痛いでしょ?リュート、お願い。放して?」
ミナは少し悲しそうに言う。
どうやら、この魔力のオーラが人体に有害だってのは理解してるようだ。
握ってるだけで手のひらが爛れる……それが嫌なら放せ?冗談じゃない!
調子に……乗んな!!
オレは痛みを無視してミナの体を抱き寄せる。
手のひらにあった痛みが彼女を抱いて接触している箇所……いや、彼女との距離が近い場所全てに痛みが広がる。
それは魔法じゃないからか、高い抵抗力を持っているハズの装備すら素通りしてくる。
「ちょっと、リュート!痛くないの!?放して……!」
「痛いけど……!とりあえず、落ち着け!今のまま魔王をどうこうして後悔するのはお前だ!」
「っ……。あー、もうわかったわよ!とりあえず放して!」
ミナが両手でオレを突き放す。
本気の力で抱きしめれば、放される事はなかっただろうけど、痛みと、とりあえず了解を得たからオレもおとなしく突き放される。
あー……ヒリヒリする……。
ミナは下を向いて少し肩で息をした後、魔王に向き直る。
「それで……どうしたの。ちゃんと最初っから説明して」
黒いオーラを迸らせたまま、そう言った。
まぁ……問答無用で攻撃するつもりはなくなったしいいか……。
魔王も緊張した面持ちではあるけど、とりあえず放せる状況になったのは理解したようで安堵の溜息を吐き、小さな村と小さな少女コレットに出会った事を語り始める。
「まずさっきから言ってる通り、僕は自分から人に危害を加えるつもりはないよ。あの村に立ち寄ったのは偶然。僕がその村についた時はちょうど近隣の魔獣退治に雇われた傭兵が壊滅して逃げ帰って来てた時だった」
それが、勇者と魔女と魔王の最初の出会いだった。